ブックレット『部落問題の解決』

ブックレット『部落問題の解決』

データが示す 「部落」? そんなものはない
部落差別解消推進法は特別対策復活の根拠にはならない
府も法務省も  新たな差別を生む「人や地域を特定した調査はしない」

■ 頒価 500円 2024.1.10.発行
 A5版/並製/128ページ
 書店では販売していません。
 申込は 大阪教育文化センターまで
 TEL 06-6768-5773  FAX 06-6768-2527

■専門用語を使わずに、平易な言葉で、部落問題のそもそもを説明。
 部落問題解決の到達点や「部落差別解消推進法」について、行政のデータや資料を豊富に引用。
 本書で示した「そもそも論」や客観的なデータは部落問題の解決に確信が持てるものです。

■本の内容
はじめに
第1部 部落問題とは その解決とは
1.部落問題とは何か
2.部落問題の解決とは何か
3.部落差別は根拠のない差別
  垣根をとりはらうことで解決
4.部落の歴史 起源を考える
第2部 大阪府人権局の調査が明らかにしたもの
1.対象地域の人口減と構成の変化
2.対象地域は多様、ひとくくりにできない
3.課題が集中している地域は対象地域以外にもある
4.対象地域で見られる課題は、必ずしも全てが
  部落差別の結果と捉えることはできない 
5.人や地域を特定した調査はできない
第3部 部落差別解消推進法のトリセツ
1.部落差別解消推進法成立への経緯
2.条文の検討
3.附帯決議は部落差別解消の姿勢を問う試金石
  歴史の到達点はゆるぎない
第4部 「新たな差別」を許さない
1.部落差別解消推進法は
  特別対策復活の根拠にはならない
2.部落問題解決の到達点を踏まえよう
3.新しい差別との闘い
第5部 資料
大阪府人権局『旧同和対策事業対象地域の課題について』
法務省(依命通知)「法務省権調第123号」
部落差別解消推進法・附帯決議

旧同和対策事業対象地域の課題について(大阪府)

平成28年1月22日

旧同和対策事業対象地域の課題について
―実態把握の結果及び専門委員の意見を踏まえて―

大阪府府民文化部人権局

<この内容は以下からダウンロードできます>

 旧同和対策事業対象地域の課題について(Word版)(大阪府HP)

 旧同和対策事業対象地域の課題について(PDF版)(当サイト)

1.はじめに

 (1) 経緯

 平成13年9月の大阪府同和対策審議会答申「大阪府における今後の同和行政のあり方について」(以下「平成13年答申」という。)及び平成20年2月の大阪府同和問題解決推進審議会提言に基づき、大阪府は同和問題の解決に向けて一般施策による取組みを進めてきている。
 
 旧同和対策事業対象地域1(以下「対象地域」という。)に見られる課題については、平成13年答申において、特別措置としての同和対策事業により「かつての劣悪な状況は大きく改善された」ものの、「進学率、中退問題など教育の課題、失業率の高さ、不安定就労など労働の課題等が残されているとともに、府民の差別意識の解消が十分に進んでおらず、部落差別事象も跡を絶たない状況である」と指摘されている。また、「住民の転出入が多く、特に学歴の高い層や若年層が転出し、低所得層、母子世帯、障害者など、行政上の施策等による自立支援を必要とする人びとが来住している動向がみられる。」とされている。

 (2)実態把握の実施

 大阪府では、平成13年答申で指摘された、対象地域に見られる生活実態面の課題がどのように推移しているのかを把握し、適切かつ効果的な一般施策の取組みを進めていくために、行政機関が福祉や教育等の様々な行政施策を実施する中で既に保有しているデータを集計・分析する「行政データを活用した実態把握」を平成17年度及び同23年度に対象地域が存在する市町2(以下「関係市町」という。)とともに実施した。
 その結果、対象地域では関係市町の全体と比較して生活保護受給率が高いこと、大学進学率が低いことなど、依然として課題が見られることがわかった。
 
 しかし、平成13年答申で指摘された課題のうち、失業率の高さ、不安定就労など「労働の課題」については、「行政データを活用した実態把握」では関連するデータがなく、十分に把握できなかった。

 そこで、平成22年の国勢調査データを集計・分析し、行政データでは十分に把握できなかった課題の推移を把握することを目的として、「国勢調査を活用した実態把握」を実施した。

 その結果として、対象地域では、大阪府全域と比較して非正規労働者の割合が高いこと、完全失業者の割合が高いことなど、依然として課題が見られることがわかった。

 (3)実態把握の結果に対する学識者の意見の聴取

 これらの実態把握の結果については、大阪府同和問題解決推進審議会において数次にわたって報告してきたところである。

 実態把握の結果からは、対象地域等に見られる生活実態面の課題について、一定の傾向を示すデータが把握できたが、今後の大阪府の取組みの参考とするために、これらのデータや対象地域の課題など、実態把握の結果をどのように捉えるべきかについて、同和問題や差別論を専門とする学識者を大阪府同和問題解決推進審議会の専門委員に委嘱して幅広く意見を聴取した。

2.実態把握の概要及び専門委員からの意見聴取

 大阪府が今回実施した実態把握及び専門委員からの意見聴取の概要は、次のとおりである。

 (1)実態把握の概要

 ①行政データを活用した実態把握

 大阪府及び関係市町が、福祉や教育等、様々な行政施策を実施する中で既に保有しているデータを活用して、以下に記載する項目について、平成23年度における対象地域に係るデータと関係市町の全体のデータの集計を行ったものである。また、平成12年度に実施した実態等調査3(以下「平成12年調査」という。)及び平成17年度に実施した「行政データを活用した実態把握」の結果等と比較・分析を行っている4

  【項目】
   1)年齢階層別人口構造(男女別)
   2)世帯の状況
   3)住民税課税人口の状況
   4)生活保護受給世帯の状況
   5)障がい者手帳所持者の状況
   6)福祉医療助成受給者の状況
   7)介護保険制度 要介護認定者の状況
   8)ホームヘルパー及びガイドヘルパー派遣世帯の状況
   9)認可保育所入所児童の状況
   10)乳幼児健診未受診児の状況
   11)市町立中学校 進学等の状況
   12)市町立小・中学校 長欠児童・生徒の状況
   13)市町立小・中学校 就学援助利用の状況
   14)府立高等学校 進学等の状況(※)
   15)府立高等学校 中退の状況 (※)

    (※)14)、15)の項目については、対象地域と府全体の状況を比較している。

 ②国勢調査を活用した実態把握

 平成22年の国勢調査データを活用して、以下に記載する項目について、対象地域に係る数値と大阪府全域に係る数値の集計及び分析を行ったものである。

 また、以下の項目のうち可能なものについて、平成12年調査の集計結果との経年比較5を行っている。

 また、平成13年答申における「これまでの同和地区のさまざまな課題は同和地区固有の課題としてとらえることが可能であったが、同和地区における人口流動化、とりわけさまざまな課題を有する人びとの来住の結果、同和地区に現れる課題は、現代社会が抱えるさまざまな課題と共通しており、それらが同和地区に集中的に現れているとみることができる」との指摘について、生活実態面の課題の集中が対象地域以外にも見られるのかどうかを検証するため、「基準該当地域」の考え方6を導入している7

 さらに、対象地域における生活課題の状況が住宅エリアや商工業エリアなどの地域の状況によって異なるのかどうかについて把握するため、対象地域を都市計画法上の区域区分、用途地域により9つに類型化し、大阪府全域と比較した。また、対象地域の特徴を見るため、対象地域に隣接する地域のうち、対象地域と同じ地域類型となっている地域を抽出し、それぞれ対象地域と比較している8

  【項目】
   1)人口・世帯の状況
    1-1)世帯員の年齢構成
    1-2)家族類型(経年比較)
    1-3)世帯類型(経年比較)
   2)教育の状況
    2-1)世帯員の学歴構成(経年比較)(男性)(女性)(年齢階層別)
   3)労働の状況
    3-1)労働力状態(経年比較)
    3-2)労働力率(年齢階層別)
    3-3)就業率(年齢階層別)
    3-4)完全失業率(年齢階層別)
    3-5)従業上の地位(経年比較)(年齢階層別・男性)(年齢階層別・女性)
    3-6)職業構成(年齢階層別)

   4)住まいの状況
    4-1)住宅の所有形態(経年比較)
   5)移動者(転入者)の状況
    5-1)移動者(転入者)の状況
    5-2)現住地居住期間と世帯類型
    5-3)現住地居住期間と学歴構成
    5-4)現住地居住期間と従業上の地位
    5-5)現住地居住期間と住宅の所有形態

 (2)専門委員からの意見聴取

  ①専門委員の選任
 大阪府同和問題解決推進審議会規則第4条9に基づき、同和問題や差別論に関する学識者の中から、以下の4名を同審議会専門委員として委嘱し、実態把握の結果をどのように捉えるべきかについて意見を聴取した。

    氏名   所属
 髙田 一宏  大阪大学大学院人間科学研究科准教授
 灘本 昌久  京都産業大学文化学部教授
 西田 芳正  大阪府立大学地域保健学域教育福祉学類教授
 三浦 耕吉郎 関西学院大学社会学部教授
                                                                                     (50音順・敬称略)
 
  ②意見聴取の内容
    以下の論点を設定し、それぞれの項目について意見聴取を実施した。

  ≪論点≫
    人口の流動化が進み、「対象地域」を取り巻く状況が大きく変化する中で、今日において対象地域に生じている課題をどう捉えるべきか。

  ≪実施日時及び内容≫

    年月日    項目        備考
第1回 平成27年6月15日      全体会合
   ・実態把握の結果の受け止め方

第2回 平成27年8月11日~24日   個別に実施
   ・今回の実態把握の評価
   ・対象地域に課題が集中する要因
   ・対象地域とそれ以外の地域における、課題が集中する要因の違いの有無
   ・対象地域における生活実態面の課題と部落差別との関わり
   ・専門委員が想定する地域、個人を特定した調査
   ・今日における対象地域の課題の捉え方

第3回 平成27年10月27日~11月6日  個別に実施
   ・第2回聴取意見の確認
   ・実態把握及び専門委員の意見を踏まえた取りまとめについて

3.実態把握の結果及び専門委員の意見から推認できること  

 「行政データを活用した実態把握」及び「国勢調査を活用した実態把握」の結果ならびに専門委員から聴取した意見から、下記のことが推認できる。

 ○対象地域で見られる課題の現れ方は多様であり、一括りにすることはできない。
 ○対象地域と同様の課題の集中が、対象地域以外にも見られる。
 ○対象地域で見られる課題は、必ずしも全てが部落差別の結果と捉えることはできない。

 具体的には次のとおりである。

対象地域で見られる課題の現れ方は多様であり、一括りにすることはできない。

① 対象地域に依然として課題が見られる

 国勢調査等を活用した実態把握の結果からは、対象地域に、大阪府全域と比べて様々な点で依然として生活実態面の課題があることが確認できる。

 例を挙げると、表1-1から、対象地域では大阪府全域と比べて、最終学歴が小・中学校卒の割合が高い一方で、大学・大学院卒の割合が低い。また、対象地域では完全失業者の割合及び非正規雇用比率は大阪府全域と比べて高いことがわかる。

 表1-2から、対象地域では全体10に比べて住民税非課税人口の割合、生活保護受給世帯の割合及び府立高校生の中退率が高く、大学・短大進学率が低くなっている。

 なお、経年比較では、大学・短大進学率や中退率は改善傾向にある。また、対象地域で数値が悪化した項目は全体でも悪化しており、対象地域で数値が改善した項目は全体でも改善を示している。

対象地域の課題_表1-1
対象地域の課題_表1-2

② 対象地域の課題の現れ方は地域類型により一律ではない

 「国勢調査を活用した実態把握」において、対象地域における生活課題の状況が住宅エリアや商工業エリアなどの地域の状況によって異なるのかどうかについて把握するために、対象地域を都市計画法上の区域区分・用途地域別に、表2-1のとおり9つに類型化した。

対象地域の課題_表2-1 対象地域を類型化して、それぞれの項目を見てみると「第一種・第二種中高層住居専用地域」、「第一種・第二種住居地域」及び「準工業地域」については、対象地域全体の課題の傾向とほぼ同様の傾向となっているが、対象地域全体の傾向と大きく異なる傾向を示す用途地域もあることがわかる。

 例として、表2-2にあるとおり、居住者の学歴構成では、「近隣商業地域」や「商業地域」における大学・大学院卒業者の比率が、「第一種・第二種住居地域」、「準工業地域」や「工業地域」に比べて2倍程度となっている。

 また、労働者の非正規雇用比率では、「工業地域」や「市街化調整区域」は、「第一種・第二種中高層住居専用地域」や「第一種・第二種住居地域」よりも低く、大阪府全域と比べても同等程度であることなどが挙げられる。

 このように、対象地域の中でも、地域類型により課題の現れ方は一律ではない。大阪はまちの状況が地域によって、もともと多様であり、こうしたことが、課題の現れ方に反映されていると言える。

対象地域の課題_表2-2

※ 「第一種・第二種低層住居専用地域」及び「準住居地域」は人口規模が小さいため、数値は参考として記載。

③ 対象地域間で課題の状況にはばらつきがある

 「国勢調査を活用した実態把握」において「基準該当地域」の考え方を導入するに当たって、高等教育修了者比率や完全失業率など、表3-1に示す6つの指標を抽出基準として設定している。

対象地域の課題_表3-1
 この抽出基準を対象地域自身にあてはめた場合、表3-2にあるとおり、指標が6つとも該当する地域の人口規模が対象地域全体の10.3%、5つ該当する地域が18.1%12を占める一方で、まったく該当しない地域が19.0%13、1つだけ該当する地域が21.0%14を占めており、対象地域の間でも、課題の状況や課題につながる要素には、ばらつきがある。
対象地域の課題_表3-2

対象地域と同様の課題の集中が、対象地域以外にも見られる。

①対象地域以外で見られる課題の集中

 国勢調査を活用した実態把握においては、対象地域と同様の生活実態面の課題の集中が対象地域以外にも見られるのかどうかを検証するため、p11の表3-1にある6つの指標を抽出基準に用いて、いずれか3つ以上の指標に該当する地域を抽出し、合計したものを「基準該当地域」として15対象地域と比較した。

 その結果を見ると、表4にあるとおり、対象地域の人口規模が約8万人であるのに対して、基準該当地域では人口規模が約41万人となっている。

 このことから、対象地域と同様の課題の集中が、対象地域以外にも見られることが確認できる。

対象地域の課題_表4

②考えられる背景

 実態把握の結果をみると、表5にあるとおり、対象地域において「公営の借家16」に居住する世帯の割合が40.7%、基準該当地域においては45.5%を占めており、大阪府全域において「公営の借家」に居住する人の割合6.3%と比較して、6~7倍の構成比となっていることが確認できた。

 公営住宅や改良住宅は、対象地域をはじめとした多くの地域における生活環境の改善に寄与するとともに、住宅に困窮する低額所得者のセーフティネットとしての役割17を果たしている。

 ただ、制度上、公営住宅の入居者は、収入額に制限があり、収入超過者18又は高額所得者19と認定された場合、住宅を明渡すことを求められる。また、新たに入居する人も低額所得者である。このため、公営住宅や改良住宅が多く整備されている地域においては、結果として、生活実態面の課題を有する人が多く居住することとなり、このことが、課題の集中が見られる背景のひとつと考えられる。
 対象地域の課題_表5

対象地域で見られる課題は、必ずしも全てが部落差別の結果と捉えることはできない。

①対象地域の人口の流動化

 平成12年調査において対象地域の居住者の出生地について調査しており、表6-1にあるとおり、平成12年当時で対象地域の出身でない来住者が36.7%を占めていた。

対象地域の課題_表6-1 また、国勢調査を活用した実態把握でまとめた対象地域の現住地居住期間別の世帯員数を見ると、表6-2にあるとおり、現住地の居住期間が10年未満の住民が約25,000人、対象地域人口の32.0%となっている。

 これには同一対象地域内で転居した場合も含んでいるが、この10年間に対象地域外から移動してきた人が多いと考えることができる。

 一方で、こうした対象地域外からの移動を含めた対象地域の人口は、平成22年に79,411人となっており、平成12年の95,468人から約16,000人減少している。この減少には自然減も含まれているが、この10年間で対象地域の人口がかなり流出したと考えることができる。

対象地域の課題_表6-2 さらに、平成12年調査では「出生地が現住地区」としている人の割合が47.1%であるのに対し、国勢調査を活用した実態把握では、対象地域で出生時から現住地に居住している人の割合は8.6%となっており、大阪府全域の8.8%とほぼ同じである。

 平成12年調査と実態把握では調査方法が異なるため20厳密な比較は困難であるが、対象地域で人口が減少していることを踏まえると、対象地域で出生時から居住している人は大幅に減少していると考えられる。

 これらのことを踏まえると、対象地域の人口の流動化がかなり進んでいると考えられる。

②対象地域の住民の意識

 専門委員の意見によると、対象地域に住んでいることを知っていても、同和問題に関係がないと思っている人もいれば、そもそも住んでいるところが対象地域であるということを知らない人もいる。

 なお、特別対策が実施されていた時期に行われた平成12年調査においても、表7にあるとおり、調査対象者の38.1%が「自分は対象地域出身者であるとは思わない」と回答していた。

対象地域の課題_表7③実態把握の限界

 専門委員の意見によると、歴史的経緯を考慮すれば、対象地域に見られる生活実態面の課題には、部落差別から何らかの影響を受けているものもあると考えられるが、実際に影響があるのか、あるとすればその影響が具体的にどのようなもので、どの程度のものかということは、この実態把握ではわからない。
 
 このように、部落差別の影響の有無や程度などはわからないものの、上記の対象地域の人口の流動化や、住民の意識の状況を踏まえると、対象地域に見られる生活実態面の課題は、必ずしも全てが部落差別の結果と捉えることはできないものと考えられる。

◆参考:対象地域における部落差別の影響の把握について

 対象地域に見られる生活実態面の課題に対する部落差別の影響を把握するには、対象地域の住民を対象として調査対象者を抽出し、それらの対象者に対して調査の趣旨及び居住地が対象地域であることを明示した上で、対象地域出身者であることの自己認識、被差別体験の有無及び生活実態面の課題と被差別体験の関連を聴く必要がある。

 しかしながら、対象地域の所在地名は大阪府個人情報保護条例において、社会的差別の原因となるおそれのある個人情報として取り扱われており、原則として収集禁止とされているほか、個人情報の外部への提供が原則として禁止されている(※)。

 特別対策としての同和対策事業が終了した現在においては、調査対象者に対して、居住地が対象地域であることを教示し、対象地域出身者であるか否か、差別体験があるか否か等のセンシティブな情報を収集する調査を実施することは困難である。

 また、大阪府部落差別事象に係る調査等の規制等に関する条例では、興信所、探偵社業者及び土地調査等を行う者に対して対象地域に関する調査・報告を規制している21

 大阪府は本条例の規制対象ではないが、特別対策としての同和対策事業が終了した現在において、条例により差別防止の観点から規制している行為(対象地域の調査・報告等)を、規制当局である大阪府が行うことは不適切である。
 
 ※ 大阪府個人情報保護条例(抜粋)

【第7条第5項】
 実施機関は、次に掲げる個人情報(中略)を収集してはならない。ただし、(中略)審議会の意見を聴いた上で、個人情報取扱事務の目的を達成するために当該個人情報が必要であり、かつ、欠くことができないと実施機関が認めるときは、この限りでない。
一 (略)
二 社会的差別の原因となるおそれのある個人情報

【第8条】
 実施機関は、個人情報取扱事務の目的以外に個人情報(中略)を、当該実施機関内において利用し、又は当該実施機関以外のものに提供してはならない。
2 前項の規定にかかわらず、実施機関は、次の各号のいずれかに該当するときは、個人情報取扱事務の目的以外に個人情報を当該実施機関内において利用し、又は当該実施機関以外のものに提供することができる。ただし、(中略)本人又は第三者の権利利益を不当に侵害するおそれがあると認められるときは、この限りでない。
一~八  (略)
九 前各号に掲げる場合のほか、審議会の意見を聴いた上で、公益上の必要その他相当な理由があると実施機関が認めるとき。

4.実態把握に関連した専門委員からの主な意見

 意見聴取においては、既に記述した以外にも、専門委員から実態把握、部落差別等に関連して様々な意見があった。概要は次のとおりである。

 (1)実態把握に関する主な意見

・ 対象地域に見られる生活実態面の課題への部落差別の影響を把握しようとするのであれば、対象地域の住民に対して、被差別体験の有無や転出入の理由等を聞き取るような調査が必要と考える。
・ 部落差別意識と差別的言動の問題は残っており、生活実態面の課題に関しても、これらの影響がなくなったとまでは言い切れない。それを解明するには、行政が行うのは難しいかもしれないが、詳しい調査が必要だと思う。
・ 差別をなくす目的があるとはいえ、対象地域を特定した調査をするということは、対象地域であることを知らない人にも対象地域であることを教示することになり、かえって差別を引き起こすおそれがある。
・ 特別対策が終了した今、行政が対象地域の住民を特定して調査することは難しいだろう。
・ 行政としては、生活、教育、健康の確保といったレベルの実態把握ができていれば十分ではないか。
・ この実態把握では平成12年調査にあったような部落差別と課題の因果関係についてのデータが収集できないため、対象地域に見られる課題と部落差別との因果関係の有無について言及することはできない。

 (2)生活実態面の課題に対する大阪府の施策に関する主な意見

・ 生活実態面の課題に関しては、対象地域以外にも課題の集中が見られることから、対象地域も含めて広く対策することが必要と考える。
・ 同和問題に限って格差是正策や貧困対策をするというのではなく、全ての人を カバーする施策を行うことが基本で、その上で特に状況が厳しいところに手厚い対策が必要と考える。
・ 生活困窮者の多い地域においては、NPO等が主体となった、住民と行政をつなぐ地域拠点があった方がいい。
・ 大阪府全域と対象地域の状況を比較すると、若い世代において格差がかなり残っているということは重要なポイントである。

 (3)部落差別に関する主な意見

・ 対象地域の人の生活史に関する調査をすると、日常的にそれほど差別は受けていない人や、居住地が対象地域であることを知らない人も多い。
・ 部落差別の原因は江戸時代の身分差別にあるという見解で同和対策事業が行われてきたが、今になって、部落差別の原因を中世にさかのぼる人や、近代になって出てきたというようにみる人もいて、同和問題が生み出される原因の解明がまだなされていないと考える。
・ 近代以降、都市部の部落では流動化が激しくなっており、昔ながらの仕事、血筋(身分)、地域が一体となった部落差別は現在では存在しない。しかし、部落差別とマイノリティや貧困などの問題とが混じり合っており、それによって地域が社会的排除の対象とされていることが「部落問題」であると考える。その意味からすると、「対象地域の課題は必ずしも全てが部落差別の結果と捉えられない」という表現は適切でないと思う。
・ 基準該当地域のような、対象地域と同様に生活上の困難を抱えている地域は昔から存在していた。また、当時から、対象地域の課題の中には、部落差別によるものと、他の地域とも共通する貧困等の課題が混在していた。したがって、平成13年答申の「これまでの同和地区のさまざまな課題は同和地区固有の課題であった」という認識は妥当性を欠いていたと考える。
・ 大阪では、被差別部落の産業が比較的残っている印象がある。被差別部落の産業があると、生活の安定という点ではいいが、そこが部落だという周囲の視線は残りやすい。

 (4)対象地域における人口流動化に関する主な意見

・ 改良住宅や公営住宅の整備により、対象地域の環境改善が進んだことは良かったが、いろいろな階層や年齢層の人が定住できず、結果的に対象地域に低額所得者が集住するようになってしまっている。
・ 現住地居住期間10年未満の住民の割合を対象地域と大阪府全域で比べると、対象地域の割合が低くなっており、最近10年間で、大阪府全域に比べて対象地域に移動してきた住民の割合が低いと考えられる。また、対象地域の人口も減少していることから、今回の実態把握から指摘できることは、人口の流出入というよりも、対象地域外への人口の流出だと思う。
・ 対象地域の公営住宅でも、駅に近いなど利便性の高いところは外部から人が入ってきているが、利便性の低いところはあまり人が入ってきていない。公営住宅も一括りにすることはできない。
・ 改良住宅は、公営住宅と異なり、制度上、本来は住民が永続的に入居可能なものとして整備されたが、後に改良住宅にも導入された公営住宅と同様の家賃体系が、所得水準の上昇した住民の流出を促したと言える。

---------------------
1 平成13年度まで特別措置としての同和対策事業を実施してきた地域(平成12年度に大阪府が実施した「同和問題の解決に向けた実態等調査」の対象地域)。
2 技術的理由等により、一部市町のデータが含まれていない。
3 平成12年5月に、大阪府が実施した「同和問題の解決に向けた実態等調査(生活実態調査)」。対象地域における満15歳以上の者の中から、層化無作為抽出法により、調査対象者として10,000人を抽出し、調査・集計したもの。
4 この調査結果については、平成25年2月に同和問題解決推進審議会で報告。
5 国勢調査は悉皆調査、平成12年調査は抽出調査であり、調査方法が異なるため厳密な比較は困難であるが、おおよその傾向を見るため「経年比較」として示している。
6 有識者の知見を得て6つの指標を設定し、いずれか3つ以上の指標に該当する地域を抽出し、合計したものを「基準該当地域」として対象地域と比較している。p11及びp12参照。
7 この段落までの内容については、第一次報告として平成26年9月に同和問題解決推進審議会で報告。
8 この段落の内容については、第二次報告として平成27年2月に同和問題解決推進審議会で報告。
9 規則第4条「審議会に、専門の事項を調査審議させるため必要があるときは、専門委員若干人を置くことができる。」
10 各項目の比較対象としての「全体」については、p3参照。
11 制度の変更がなされていることから、数値の増減について単純比較は困難である。
12 指標数5の累積28.4%-指標数6の累積10.3%から算出。
13 指標数0の累積100%-指標数1の累積81.0%から算出。
14 指標数1の累積81.0%-指標数2の累積60.0%から算出。
15 「基準該当地域」は、課題の集中が対象地域だけに現れているかを検証するための調査上の手法として導入したものであり、特定の地域を指し示すものではない。
16 「公営の借家」には、公営住宅と改良住宅(住宅地区改良法に基づく住宅地区改良事業等により建設された住宅)が含まれる。
17 公営住宅法第1条「この法律は、国及び地方公共団体が協力して、健康で文化的な生活を営むに足りる住宅を整備し、これを住宅に困窮する低額所得者に対して低廉な家賃で賃貸し、又は転貸することにより、国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的とする。」
18 公営住宅法第28条第1項 「公営住宅の入居者は、当該公営住宅に引き続き三年以上入居している場合において政令で定める基準を超える収入のあるときは、当該公営住宅を明け渡すように努めなければならない。」
19 公営住宅法第29条第1項 「事業主体は、公営住宅の入居者が当該公営住宅に引き続き五年以上入居している場合において最近二年間引き続き政令で定める基準を超える高額の収入のあるときは、その者に対し、期限を定めて、当該公営住宅の明渡しを請求することができる。」
20 平成12年調査は抽出調査であり、出生地が現住の対象地域か否かを聞いているが、実態把握は悉皆調査である国勢調査に基づいており、現住地の居住期間から推定している。
21 大阪府部落差別事象に係る調査等の規制等に関する条例第5、第7及び第12条。

◆参考:対象地域における部落差別の影響の把握について

(注)これは大阪府府民文化部人権局「旧同和対策事業対象地域の課題について」p.16(2016.1.22.)に掲載されているものです。人や地域を特定した調査をしてはならないことを明らかにした貴重な内容です。

◆参考:対象地域における部落差別の影響の把握について

 対象地域に見られる生活実態面の課題に対する部落差別の影響を把握するには、対象地域の住民を対象として調査対象者を抽出し、それらの対象者に対して調査の趣旨及び居住地が対象地域であることを明示した上で、対象地域出身者であることの自己認識、被差別体験の有無及び生活実態面の課題と被差別体験の関連を聴く必要がある。
 
 しかしながら、対象地域の所在地名は大阪府個人情報保護条例において、社会的差別の原因となるおそれのある個人情報として取り扱われており、原則として収集禁止とされているほか、個人情報の外部への提供が原則として禁止されている(※)。
 特別対策としての同和対策事業が終了した現在においては、調査対象者に対して、居住地が対象地域であることを教示し、対象地域出身者であるか否か、差別体験があるか否か等のセンシティブな情報を収集する調査を実施することは困難である。
 
 また、大阪府部落差別事象に係る調査等の規制等に関する条例では、興信所、探偵社業者及び土地調査等を行う者に対して対象地域に関する調査・報告を規制している21。
 大阪府は本条例の規制対象ではないが、特別対策としての同和対策事業が終了した現在において、条例により差別防止の観点から規制している行為(対象地域の調査・報告等)を、規制当局である大阪府が行うことは不適切である。
 
 ※ 大阪府個人情報保護条例(抜粋)
 
 
 

同和関係特別対策の終了に伴う総務⼤⾂談話

出典:同和関係特別対策の終了に伴う総務⼤⾂談話(国会図書館インターネット資料収集保存事業)

報道資料

平成14(2002)年3⽉29⽇
総務省

同和関係特別対策の終了に伴う総務⼤⾂談話

 政府は、同和問題の早期解決を図るため、昭和44年以来33年間、三度にわたり制定された特別措置法に基づく特別対策を中⼼に、関係諸施策を積極的に推進してまいりました。今般、最後の特別措置法「地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律」が3⽉末⽇をもって失効しますので、同和地区・同和関係者を対象とする特別対策は終了いたします。

 同和関係の特別対策は、昭和40年の同和対策審議会答申の趣旨等を踏まえ、同和地区の経済的な低位性と劣悪な⽣活環境を、期限を限った迅速な取組によって早急に改善することを目的として実施されてきたものであり、その推進を通じて、同和問題の解決、すなわち部落差別の解消を図るものでありました。

 国、地⽅公共団体の⻑年の取組により、劣悪な⽣活環境が差別を再⽣産するような状況は今や⼤きく改善され、また、差別意識解消に向けた教育や啓発も様々な創意⼯夫の下に推進されてまいりました。このように同和地区を取り巻く状況が⼤きく変化したこと等を踏まえ、国の特別対策はすべて終了することとなったものであり、今後は、これまで特別対策の対象とされた地域においても他の地域と同様に必要とされる施策を適宜適切に実施していくことになります。

 また、新しい⼈権救済制度の確⽴、⼈権教育・啓発に関する基本計画の策定により、様々な⼈権課題に対応するための⼈権擁護の施策を総合的に推進する等所要の取組に努めてまいる所存であります。

 ここに、これまでの地⽅公共団体を始めとする関係各位の御尽⼒・御協⼒に対し、感謝と敬意を表します。

部落差別の解消の推進に関する法律・附帯決議

部落差別の解消の推進に関する法律

(平成28年法律第109号)
平成28年12月16日施行

(目的)
第一条 この法律は、現在もなお部落差別が存在するとともに、情報化の進展に伴って部落差別に関する状況の変化が生じていることを踏まえ、全ての国民に基本的人権の享有を保障する日本国憲法の理念にのっとり、部落差別は許されないものであるとの認識の下にこれを解消することが重要な課題であることに鑑み、部落差別の解消に関し、基本理念を定め、並びに国及び地方公共団体の責務を明らかにするとともに、相談体制の充実等について定めることにより、部落差別の解消を推進し、もって部落差別のない社会を実現することを目的とする。

(基本理念)
第二条 部落差別の解消に関する施策は、全ての国民が等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重されるものであるとの理念にのっとり、部落差別を解消する必要性に対する国民一人一人の理解を深めるよう努めることにより、部落差別のない社会を実現することを旨として、行われなければならない。

(国及び地方公共団体の責務)
第三条 国は、前条の基本理念にのっとり、部落差別の解消に関する施策を講ずるとともに、地方公共団体が講ずる部落差別の解消に関する施策を推進するために必要な情報の提供、指導及び助言を行う責務を有する。
2 地方公共団体は、前条の基本理念にのっとり、部落差別の解消に関し、国との適切な役割分担を踏まえて、国及び他の地方公共団体との連携を図りつつ、その地域の実情に応じた施策を講ずるよう努めるものとする。

(相談体制の充実)
第四条 国は、部落差別に関する相談に的確に応ずるための体制の充実を図るものとする。

2 地方公共団体は、国との適切な役割分担を踏まえて、その地域の実情に応じ、部落差別に関する相談に的確に応ずるための体制の充実を図るよう努めるものとする。

(教育及び啓発)
第五条 国は、部落差別を解消するため、必要な教育及び啓発を行うものとする。

2 地方公共団体は、国との適切な役割分担を踏まえて、その地域の実情に応じ、部落差別を解消するため、必要な教育及び啓発を行うよう努めるものとする。

(部落差別の実態に係る調査)
第六条 国は、部落差別の解消に関する施策の実施に資するため、地方公共団体の協力を得て、部落差別の実態に係る調査を行うものとする。

  附則
 この法律は、公布の日から施行する。

衆議院法務委員会における附帯決議(平成28年11月16日)

 政府は、本法に基づく部落差別の解消に関する施策について、世代間の理解の差や地域社会の実情を広く踏まえたものとなるよう留意するとともに、本法の目的である部落差別の解消の推進による部落差別のない社会の実現に向けて、適正かつ丁寧な運用に努めること。

参議院法務委員会における附帯決議(平成28年12月8日)

 国及び地方公共団体は、本法に基づく部落差別の解消に関する施策を実施するに当たり、地域社会の実情を踏まえつつ、次の事項について格段の配慮をすべきである。

一 部落差別のない社会の実現に向けては、部落差別を解消する必要性に対する国民の理解を深めるよう努めることはもとより、過去の民間運動団体の行き過ぎた言動等、部落差別の解消を阻害していた要因を踏まえ、これに対する対策を講ずることも併せて、総合的に施策を実施すること。

二 教育及び啓発を実施するに当たっては、当該教育及び啓発により新たな差別を生むことがないように留意しつつ、それが真に部落差別の解消に資するものとなるよう、その内容、手法等に配慮すること。

三 国は、部落差別の解消に関する施策の実施に資するための部落差別の実態に係る調査を実施するに当たっては、当該調査により新たな差別を生むことがないように留意しつつ、それが真に部落差別の解消に資するものとなるよう、その内容、手法等について慎重に検討すること。

「確認・糾弾」についての法務省の見解

1989年10月

「確認・糾弾」についての法務省の見解

法務省人権擁護局

確認・糾弾会について

1、はじめに

 部落解放同盟(以下「解同」という。)は、結成以来一貫して糾弾を部落解放闘争の基本に置いてきている。この資料は、この基本に基づいて解同の行う確認・糾弾会についての当局の見解をまとめたものである。

 そもそも、国の行政機関は、基本的には、民間運動団体の行動についての意見を述べるべき立場にないものである。しかし、差別の解消という行政目的を達成する上で障害となっているものがあるとすれば、これを取り除くよう提言すべきことは当然である。このような認識のもとに、法務省の人権擁護機関は確認・糾弾会に関する見解を表明してきている。

2、沿革

 糾弾は、大正十一年の全国水平社創立大会における大会決議に基づいて行われてきたものである。当時は、厳しい部落差別があったにもかかわらず、その解消に向けての施策がほとんど行われなかったため、差別に苦しむ同和地区住民が、集団で差別行為を行為を行ったとされる者の方に押しかけ、又はこれを呼び出し、その差別行為を徹底的に糾弾するという形で行われ、個人糾弾に重点が置かれていた。それは、更に当該個人の属する組織を対象とする闘争へと進展し、戦後は部落差別の解消のための積極的な施策を求める行政闘争へと進んだ。

3、現在行われている確認・糾弾会についての解同の見解

(1) 目的

 解同は、確認・糾弾会について概ね次のように説明している。

 確認・糾弾会は、被差別者が、差別者の行った事実及びその差別性の有無を確定し、差別の本質を明らかにした上で(確認)、差別者の反省を求め、これに抗議し、教育して人間変革を求める(糾弾)とともに、その追及を通じて、関係者、行政機関などに差別の本質と当面解決を迫らねばならない課題を深く理解させる場である。

(2) 運営

 解同中央本部には、中央執行委員会総闘争本部に糾弾闘争本部と事務局が置かれ、それが自ら確認・糾弾会を実施し、また地方組織が実施するのを指導している。

 確認・糾弾会の運営については、概ね次のとおり見解を述べている。(注1)

ア、確認の段階では、確認内容に客観性を持たせるために、可能な限り自治体行政、教育関係者人権擁護機関及び差別事件の当事者の所属する組織、機関の関係者の出席を求める。

イ、糾弾
(ア) 糾弾要綱を作成し、これに従って糾弾する。
(イ) 確認に立ち会った関係者に立ち会ってもらう。
(ウ) 厳しい雰囲気となるのは当然である。しかし、その厳しさは野次と怒号によるものではない。揶揄、嘲弄などによる「腹いせ」をするものであってはならない。
(エ) 進行係の指示と許可により整然と発言する。
(オ) 事件解決主義に陥ってはならない。幹部が個人的な話し合いを進めるべきではない。個人的接触は組織的了承を得た後に行う。
(カ) 差別者が糾弾会に出席しない場合は、糾弾要綱を公表し、行政指導を行わせたりして、差別者に対する批判の世論をまきおこす中で社会的責任をとらせる。

4、地対協意見具申と法務省の取組

 昭和六十一年十二月の地対協意見具申は、確認・糾弾会について「いわゆる確認・糾弾行為は、差別の不合理性についての社会的認識を高める効果があったことは否定できないが、被害者集団によって行われるものであり、行き過ぎて、被糾弾者の人権への配慮に欠けたものとなる可能性を本来持っている。また、何が差別かということを民間運動団体が主観的な立場から、恣意的に判断し、抗議行動の可能性をほのめかしつつ、さ細なことにも抗議することは、同和問題の言論について国民に警戒心を植え付け、この問題に対する意見の表明を抑制してしまっている。」として、同和問題について自由な意見交換のできる環境づくりが同和問題解決のため不可欠である旨指摘している。そして、「差別事件は、司法機関や法務局等の人権擁護のための公的機関による中立公正な処理にゆだねることが法定手続きの保障等の基本的人権の尊重を重視する憲法の精神に沿ったものである。」旨提言した。法務省は、この提言を真摯に受け止め、その趣旨に沿った取組に鋭意努力してきたところである。

5、当局の見解

 現実の確認・糾弾会は、3で述べた解同の見解のとおりに行われているとは限らない。(注2)仮に解同の見解に従って行われている場合でも、なお、次のような種々の問題があると考える。

(1) 基本的な問題点

ア 確認・糾弾会は、いわゆる被害者集団が多数の威力を背景に差別したとされる者に対して抗議等を行うものであるから、被糾弾者がこれに異議を述べ、事実の存否、内容を争うこともままならず、また、その性質上行き過ぎて被糾弾者の人権への配慮に欠けたものとなる可能性を本来持っている。

イ 確認・糾弾会においては、被糾弾者の人権擁護に対する手続的保障がない。すなわち、被糾弾者の弁護人的役割を果たす者がいない上、被害者集団が検察官と裁判官の両方の役割を果たしており、差別の判定機関としての公正・中立性が望めず、何が差別かということの判断を始め、主観的な立場から、恣意的な判断がなされる可能性が高い。

ウ 被糾弾者には、確認・糾弾会の完結時についての目途が与えられない。反省文や決意表明書の提出、研修の実施(同和問題企業連絡会等への加入、賛助金等の支払い)等々確認・糾弾行為を終結させるための謝罪行為が恣意的に求められ、これに応じることを余儀なくされる。

(2) その他の問題点

ア 何が差別かということを主観的な立場から、恣意的に判断されて、確認・糾弾会の開催が決定され、それへの出席が求められる。

イ 確認・糾弾会に出席する法的義務はなく、その場に出るか否かはあくまでも本人の自由意思によるべきであり、解同もその出席は被糾弾者の自由意思に基づくものであり強要はしていないとしている。しかし、現実には解同は、出席を拒否する鮫糾弾者に対して、差別者は当然確認・糾弾会に出席すべきであるとし、あるいはこれを開き直りであるとして、直接、間接に強い圧力をかけ、被糾弾者を結局、出席せざるを得ない状況に追い込むことが多く、その出席が被糾弾者の自由意思に基づくものであるとされても、真の自由意思によるものかに疑問がある場合が多い。

ウ 被糾弾者に対する確認・糾弾会の開催は、「同和問題はこわい問題である」との意識を一般的に植え付け、人々が地域・職場などのあらゆる場面で同和問題について自由な意見交換をすることを差し控えさせてしまったと言える。

エ 行政機関に対して確認・糾弾会への出席が強要されているが、これは行政の公正・中立性を損ない適正な行政の推進の障害となっている。

 以上のとおりの様々な問題点にかんがみると、確認・糾弾会は、同和問題の啓発には適さないといわざるをえない。このため、法務省の人権擁護機関は、差別をしたとされる者(被糾弾者)から確認・糾弾会への出席について相談を受けた場合は言うまでもなく、相談を受けない場合にも必要に応じて、「確認・糾弾会には出席すべきでない」、「出席する必要はない」等と指導をしてきている。

6、確認・糾弾会に付随する論点

(1) 被害者によらない啓発

 解同は、心の痛みを受けたことのない者が差別事件を的確に理解することはできないと主張することがあるが、あたかも交通事故に関する損害賠償請求事件において、死者の遺族の受けた苦痛あるいは傷害を受けた者自身の苦痛の評価を自らは交通事故の経験のない中立公正な裁判官が行うことができるように、人権擁護機関も中立公正の機関としてこれをなしうるものであり、またしなければならないものである。

(2) 被害者に対する謝罪

 解同は、差別をした者が被害者に対して謝罪すべきであるとして確認・糾弾会への出席を求めるのであるが、差別行為者が被害者に対し謝罪をするかどうか、またどのように謝罪をするかは、個人的、道義的な問題である。一般に、部落差別事件は、同時に、同和関係者全体にも心の痛みを与えるとして、これらの人々も被害者であるといわれることがあるが、同和関係者全体に謝罪するということは事実上不可能なことである。運動団体の行う確認・糾弾会への出席が同和関係者全体への謝罪となるものではなく、また、特定運動団体が同和関係者全体を代表しているものとも考えられない。差別行為者のなすべき謝罪は、本人が同和問題の本質を理解し、二度とそのような行為を繰り返さないことを心に誓いこれを実行していくことであろう。

(3) 話合い

  解同は、差別事件を起こしたと考える者に対して「話合い」に応じるよう要請をする例が多いが、この「話合い」は確認・糾弾会を意味するか、又はそれにつながる最初の接触の場となるものと解されるので、このような要請を受けた者に対してはその旨説明すべきものと考える。

(4) 糾弾権(八鹿高校等刑事事件大阪高裁判決)

 解同は「確認・糾弾」の闘争戦術は法学の概念でいうところの「自力救済」の論理にかなうと主張し(一九八七年一般運動方針)、または、八鹿高校刑事事件に関する昭和六三年三月二九日大阪高裁判決が確認・糾弾権を認めた旨述べている。しかしながら、同判決は、確認・糾弾行為については「糾弾は、もとより実定法上認められた権利ではない(中略)、一種の自救行為として是認できる余地がある。」と述べているのであって、一般的・包括的に糾弾行為を自救行為として是認したものではなく、まして「糾弾する権利」を認めたものではない。(注3)

注1 部落解放中央委貝会見解「差別糾弾闘争のあり方について」部落解放二五七号六四ページ

注2 「……我が同盟の中にも徹底的糾弾を相手を恐れおののかすために使う一部の人がいますが、これはいけません」山中多美男「差別糾弾入門」部落解放一九八六年臨時号第二五四号

注3 法務省人権擁護局人権擁護管理官室「八鹿高校等事件控訴審判決について」人権通信一三三号六五ぺージ

(本資料は、法務省が、人権擁護委員の意思統一のための資料として、人権擁護委員会を通じて配布したもの)

Web掲載に当たっての底本:「表現の自由と部落問題」(部落問題研究所 1993年)

特別対策を終了する理由

(出典:「同和行政史」 第1編 同和行政の変遷 P78・P79 
発行 総務省大臣官房地域改善対策室 平成14年3月)

特別対策を終了する理由

 特別対策を終了する理由は何であろうか。主な理由としては次の三つがある。

 第一は、国、地方自治体等の長年の取り組みによって、同和地区を取り巻く状況は大きく変化したことである。

 総務庁が平成5年度に実施した同和地区実態把握等調査(以下「総務庁実態調査」という。)結果によると、住宅、道路等の物的な生活環境については改善が進み、全体的には、同和地区と周辺地域との格差はみられなくなっている。

 これによって、同和対策審議会答申等で指摘されていた物的な生活環境の劣悪さが差別を再生産するような状況は改善されてきた。

 差別意識解消に向けた教育・啓発も様々な創意工夫の下に推進されてきた。その結果、例えば、同和関係者が同和関係者以外の者と結婚するケースは大幅に増加の傾向を示しており、差別意識も確実に解消されてきていることがうかがえる。

 第二は、このように同和地区が大きく変化した状況で特別対策をなお継続していくことは、同和問題の解決に必ずしも有効とは考えられないことである。

 行政施策は、本来、全国民に受益が及ぶように講じられるべきものであり、国民の一部を対象とする特別対策はあくまでも例外的なものである。その上、施策の適応上、地区や住民を行政が公的に区別して実施する特別対策の手法が、差別の解消という同和行政の目的と調和しがたい側面があることも否定できない。

 こうしたことから、同和関係特別対策は永続的に講じられるものではなく、期限を限った迅速な事業の実施のためのものとして始められたことは前述の通りであり、全ての特別措置法は時限法とされてきた。

 また、特別対策は差別と貧困の悪循環を断ち切ることを目的として始められたものであるが、全国の同和地区を全て一律に低位なものとみていくことは、同和地区に対するマイナスのイメージの固定化につながりかねず、こうした点からも特別対策をいつまでも継続していくことは問題の解決に有効とは考えられない。また、総務庁実態調査によると、教育、就労、産業などの面でなお格差が存在しているところもみられるが、なお存在している格差の背景には様々な要因があり、特別対策によって短期間で集中的に解消することは困難と考えられる。そのため、施策ニーズに対しては、特別対策の事業を継続するよりも、通常の施策を課題に応じて的確に活用していくことのほうが望ましいものと考えられる。

 第三は、経済成長に伴う産業構造の変化、都市か等によって大きな人口移動が起こり、同和地区においても同和関係者の転出と非同和関係者の転入が増加した。このような、大規模な人口変動の状況下では、同和地区・同和関係者に対象を限定した施策を継続することは実務上困難になってきていることである。

地域改善対策啓発推進指針

(出典:「同和行政史」p434 総務省大臣官房地域改善対策室 平成14年)

地域改善対策啓発推進指針について

(通知)

昭和62年3月18日 総地第43号
各都道府県知事,各指定都市市長宛
総務庁長官官房地域改善対策室長通知

 標記については,昭和59年の地域改善協議会意見具申において,啓発推進のための指針の策定を行うべきとの提言がなされたところであるが,この度,別添のとおり,その指針を取りまとめたので送付する。

 ついては,今後の啓発活動の推進に当たっては本指針を参考として一層の工夫を願いたい。

 なお,第3章の啓発の具体例については,後日,通知する予定である。

(別添)

1.昭和44年の同和対策事業特別措置法(法律第60号)及び昭和57年の地域改善対策特別措置法(法律第16号)に基つく同和対策事業及び地域改善対策事業の推進により,同和問題の現状は「同和地区住民の社会的経済的地位の向上を拒む諸要因の解消という目標に次第に近づいてきたといえる」〔昭和59年6月19日に地域改善対策協議会(以下「地対協」という。)から提出された意見具申(以下「59年意見具申」という。)〕状況になってきた。このことは,昭和61年8月5日に公表された地対協基本問題検討部会の報告(以下「部会報告」という。)及び昭和61年12月11日の地対協意見具申(以下「61年意見具申」という。)においても,昭和60年11月30日現在で実施された地域啓発等実態把握(以下「実態把握」という。)の結果を踏まえつつ,「同和地区と一般地域との格差は,平均的にみれば,相当程度是正されたといえる。」と再確認されている。

2 一方,心理的差別の解消は,「内外における人権尊重の風潮の高まり,各種の啓発施策及び同和教育の実施,実態面の劣悪さの改善等によりその解消が進んできている。」ものの,「差別意識の解消は,現在,十分な状況とは言い難く」「啓発活動は,今後における地域改善対策の重点課題」(いずれも61年意見具申)である。

3 しかし,心理的差別を解消するための啓発は,今日,後述する理由(第1章の1参照)により,極めて複雑な状況下に置かれており,明快な論理に基づく指針の必要性が痛感されるところである。

4 かかる状況下に,59年意見具申においては,国において啓発推進のための指針の策定を行うべきであるとの提言がなされており,これを受けて総務庁長官官房地域改善対策室は,昭和60年12月17日に啓発推進指針策定委員会を開催し,同委員会に専門的観点からの検討を依頼した。同委員会は,同日以来昭和61年9月25日まで計7回にわたり啓発推進指針の検討を行った。本指針は同委員会の専門的意見を参考としつつ,59年意見具申,部会報告及び61年意見具申をも踏まえ,地域改善対策室で取りまとめたものである。

5 本指針の性格は次のとおりである。

(1) 地域改善対策の啓発に関しては,既に関係行政機関等において相当の経験が積み重ねられているので,その経験を踏まえた上での反省すべき点に主として意を用いた。その際,従来の常識とされていたことについても,根本的に再検討を行った。例えば,啓発のテーマで従来取り上げられなかったものも,必要なものは積極的に取り上げることとした。内容についても思い切った発想の転換を行っている。

(2) しかし,本指針を拠りどころに初めて啓発を実施する者もあると考えられるので,それらの実施主体については,第3章の具体例(別冊)〔略〕で配慮することにした。

(3) 本指針の想定している啓発の実施主体は,国,地方公共団体,教育機関,企業,その他諸々の団体及び国民個々人である。指針は,これら実施主体に共通的なものを主としているが,特定の実施主体だけを想定しているものについては,文脈上それが分かるように配慮している。
 本指針は,必要に応じ随時改定して常に最新の状況に即応した指針とすることを予定している。

第1章 啓発の目的,テーマ及び内容

1 啓発の目的は何か

 地域改善対策として啓発を行う目的は何か。この問いに対する答えは一見自明のようであるが,効果的な啓発実行の第一歩は,その目的を的確に把握することである。
 地域改善対策の啓発の目的は,次の二つに大別することができる。

(1) 同和関係者に対する差別意識の解消

(2) 同和関係者の自立向上精神のかん養

 同和関係者に対する差別意識は,今日では複雑な様相を呈している。 61年意見具申でも指摘されているとおり,「同和地区の実態が大幅に改善され,実態の劣悪性が差別的な偏見を生むという一般的な状況がなくなっているにもかかわらず,差別意識の解消が必ずしも十分進んできていない背景としては,昔ながらの非合理な因習的な差別意識が現在でも一部に根強く残されていることとともに,今日,差別意識の解消を阻害し,また,新たな差別意識を生む様々な新しい要因が存在していることが挙げられる。」。その新しい要因として行政の主体性の欠如,同和関係者の自立,向上の精神のかん養の視点の軽視,えせ同和行為の横行,同和問題についての自由な意見の潜在化傾向が挙げられている。この新たな差別意識の解消も,今日の啓発の重要な目的の一つである。

 一方,同和関係者の自立向上精神のかん養は,それ自体啓発の大きな目的とされなければ,同和問題の解決は望めない。これまで,同和関係者の自立向上精神のかん養のための啓発は比較的軽視されてきたが,この面でも行政は,主体性を発揮して取り組む必要がある。

 なお,啓発活動の具体的に目指すところは,部落差別に関する心理的土壌を変えることである。国民の中には,まれにではあるが,同和関係者に対する偏見に凝り固まって,あらゆる啓発活動を受け付けない者も存在するが,このようなものが全く無くならない限り,啓発活動は無意味であると考えることは,極めて狭い見方である。このような者が社会から浮き上った存在となり,その存在がかえって差別意識の愚かさを一般の人々に感じさせるような社会の雰囲気を作ることこそが啓発の目指すところである。

2 啓発のテーマと内容

 啓発の目的が明確に自覚されれば,その目的を実現するための様々なテーマと内容がおのずから考えられる。以下,従来の啓発テーマと内容を反省しつつ主なテーマと内容について触れる。

(1) 従来の啓発のテーマと内容の問題点

ア 啓発のテーマが限定されていること

 従来の啓発のテーマと内容の問題点としては,まず第1に,テーマが極めて限定されていることが挙げられる。適当な啓発の方法さえ選べば,同和問題の解決のために必要なあらゆる事項が啓発のテーマとなり得るのであり,啓発のテーマについても発想の転換が求められている。

イ 啓発内容が画一的であること

 第2の問題点としては,従来の啓発の内容が極めて画一的であったことである。従来の啓発は,同和対策審議会(以下「同対審」という。)を主な資料とし,同和地域発生の背景と成立の経過,同和問題は基本的人権にかかわる問題であること,そして,その早急な解決は国の責務であり同時に国民的課題であることなどを内容としたものが大部分であった。その結果,「従来の行政による啓発活動の進め方に画一的で新鮮味に欠ける面がみられたことは,国民に同和問題に対するまたかという意識を生じさせる」(59年意見具申)などの現象が生まれた。啓発内容についても抜本的改善が必要である。

ウ 啓発のテーマと内容の選択に主体性が欠けていること

 第3の問題点は,啓発のテーマの選択とその内容に関して,啓発主体の主体性の欠如が往々にしてみられることである。国,地方公共団体,機関,民間企業等の啓発の主体は,民間運動団体の反発が仮にあったとしても,同和問題の解決のために必要な啓発は断固これを行うというき然たる態度がなければ,国民に受け入れられる効果的な啓発を行うことはできない。

エ 民間運動団体の行う啓発の問題点

 今日,民間運動団体は,各種の出版物の発行,研修会,各種行事等の実施,大会の開催等を行っており,その啓発に果たす役割は極めて大きいと考えられる。しかし,民間運動団体の行う意識的,無意識的啓発活動の中には同和問題解決に逆行する結果をもたらしているものがある。例えば,59年意見具申でも指摘されているところであるが,行政施策の必要性を強調するため,同和地区や同和関係者の社会的低位状態を強調し過ぎることは,かえって心理的差別を助長させてしまう結果をもたらすおそれがある。

 また,一部の民間運動団体が自他への教育と位置付けている確認・糾弾行為も,被糾弾者を大衆の面前に引き出すことによって,また,時には大勢で激しく非難することによって,被糾弾者のみならず,一般国民に,こわいという意識とともに,接触を避けた方が賢明という意識を助長している傾向が見られる。これは,部会報告でも明らかにされているように,それが始められた頃の社会環境と今日のそれでは極めて大きな違いがあるにもかかわらず,一部の団体においては運動理念及び形態が従来のままである,ということに起因するとみられる。同和問題解決のためには,民間運動団体の啓発の在り方についても再検討が望まれる。

(2) 啓発のテーマと内容

 今後の啓発のテーマと内容としては,次のようなものが重要である。

ア 地域改善対策の今日的課題に関する事項

 61年意見具申において「同和問題解決のために成し遂げるべき極めて重要な今日的課題」として挙げられた四つの課題の実現のためには,積極的な啓発が必要である。このうち,同和関係者の自立・向上精神のかん養については後述するので,ここでは他の三つの課題について触れる。

(ア) 行政の主体性の確立

 部会報告では,地域改善行政においては,特に行政の主体性を確立することが重要であり,その姿勢が貫かれなければ,新たな差別感を行政機関自らが創り出すこととなり,同和問題の解決に逆行する結果となると厳しく指摘している。また,61年意見具申でも「行政機関は,その基本姿勢として,常に主体性を保持し,き然として地域改善対策等の適正な執行を行わなければならない。そのためには,行政機関は,今日,改めて民間運動団体との関係について見直すことが必要である。」と指摘している。この問題は極めて重要であるので,国は都道府県及び市町村に対して,都道府県は市町村に対して,この点に関する啓発を部会報告及び61年意見具申並びに本指針を参考としつつ積極的に行う必要がある。

 なお,市町村は都道府県及び国に対して,都道府県は国に対して,主体性の確立に問題ありと考える点については,積極的に指摘すべきことも当然必要であろう。

 さらに,民間運動団体の運動目標等をそのまま行政の行う啓発素材として取り入れているものが一部の地方公共団体の啓発にみられるが,行政の主体性の確立の観点から自粛すべきである。

(イ) えせ同和行為の排除

 えせ同和行為は,これまでなされてきた啓発の効果を一挙にくつがえし,同和関係者及び民間運動団体に対する国民のイメージを傷つけることが甚だしく,同和問題に対する誤った意識を植え付ける大きな原因となっていると61年意見具申において指摘されている。えせ同和行為は,同和問題解決のために断固排除する必要がある。そのためには,啓発においてもこれを積極的に取り上げる必要がある。啓発の内容としては61年意見具申及び部会報告でも明らかにされているように,①えせ同和行為の定義②団体等からの不当な要求については,断固として断り,また,不法な行為については,警察当局に通報する等厳格に対処する必要があること等望ましい対処の仕方③不法行為に対しては的確な警察措置が採られている現実を明らかにすること等が重要である。

 なお,民間運動団体の指導者の多くは,差別を口実にわずかな金品ももらうことは運動の趣旨に反するので,そのような者がいれば,団体の一員であっても,即刻警察に通報してほしいとの厳しい姿勢をもっている。このことは,民間運動団体内部においても周知され,えせ同和行為排除のための自律機能や自浄能力を高める努力に結びつけられる必要があるとともに,あらゆる啓発主体によって企業や国民等に周知される必要がある。

(ウ) 自由な意見交換のできる環境づくり

「同和問題について自由な意見交換ができる環境がないことは,差別意識解消の促進を妨げている決定的要因となっている。」と61年意見具申でも指摘されているとおり,この課題の重要さはいくら強調しても強調し過ぎることはないであろう。

 国及び地方公共団体は,国民,民間運動団体,企業及びジャーナリズムにこの課題が達成されることの重要性を積極的に啓発するとともに,
これを妨げるものを断固として退ける姿勢が,言論の自由を守る上からも極めて重要であることの周知に努めなければならない。

 また,国及び地方公共団体は,率先して同和問題に関し,自由な意見を発表する必要がある。トラブルの発生を恐れるあまり,一部民間運動団体に事前に内容の了承を得てからでなければ,啓発文書の公表や研修会等の講師の選定等ができないようなことが慣習化されている行政機関は,61年意見具申の精神に立って,この際それを改める必要がある。そうでなければ国民の信頼を得られる啓発を行うことはできないであろう。

 民間運動団体も,事前のチェックを慣行化させているとすれば,それは組織的圧力による言論の自由の抑圧であり憲法第21条の精神にそわないものであるので,改められるべきであろう。啓発内容の批判があれば,事後に言論により堂々と行うべきである。その批判の態度と質によって,国民の当該民間運動団体に対する評価は,あるいは高まり,あるいは低くなるであろう。言論の自由は徹底的に尊重されなければならない。

 言論の自由を軽視すれば,同和問題の解決が国民的課題となることは困難である。

 また,言論に対して,言論による批判に徹しないで集団による圧力に安易に訴えるならば,世論の有形無形の批判を受け,前述の新たな差別意識を助長することになることを民間運動団体も十分理解すべきであり,国及び地方公共団体はこれらに関する啓発に努める必要がある。

(エ) 差別及び確認・糾弾に関する考え方

 同和問題における差別とは何か,これまでの差別事件といわれるものにはいかなるものがあり,いかに解決されたか。解決方法等における問題点,今後の改善の方向等についても,タブー視することなく,61年意見具申及び部会報告の内容を参考としつつ積極的に啓発の内容に取り入れるベきである。
 確認・糾弾に関する考え方については,部会報告に明確な見解が示されているので,その内容を次の(オ)のように,分かりやすく記述して啓発に努めることが必要である。さらに,確認・糾弾に関する判例の内容を紹介することも重要な啓発となる。

(オ) 差別事件の処理の在り方

 ある個人又は企業等が差別発言等の差別事件を起こしたとき,その個人・企業等はいかにすべきかを啓発することも,59年意見具申及び61年意見具申並びに部会報告で指摘されている「こわい問題,面倒な問題である」との意識の発生を防ぎ,新たな差別の発生を防ぐ上で重要である。この場合,啓発すべき内容としては次のようなものが適当である。

 差別事件を起こしたと指摘された個人,企業等は,法務省設置法により権限を付与された法務省人権擁護局並びに法務局及び地方法務局の人権擁護(部)課(以下「人権擁護行政機関」という。)の人権審判事件調査処理規程(昭和59年8月31日法務省権調訓第383号)に基づいた事件処理等に従うことが法の趣旨に忠実であることである。

 したがって,個人,民間運動団体等から差別事件を起こしたとして迫及を受けた場合,所轄の人権擁護行政機に訴えてくれれば,その事件処理に従う旨を追及者に告げることが肝要である。相手がそれに応じない場合は,自ら所轄の人擁護行政機関に出頭し,同機関の事件処理等に服する旨を申告することができる。このようにすれば,法に基づく妥当な事件処理が行われることになるのである。

 今一つのみちとしては,全く任意に民間運動団体の主催する確認会,糾弾会に出席することが考えられる。 この場合,出席が本人の自由意思によるものであり,出席しない場合は,民間運動団体の激しい抗議行動が予想される等の強制的要素がないことが重要である。また,集団による心理的圧迫がないこと(出席者を糾弾側,被糾弾側同数とし,かつ少人数に絞ること等の工夫が必要である。),確認糾弾の場を権威を持って取り仕切ることができる中立の立場の仲裁者が居ること,プライバシーの問題が無い場合は,第三者にも公開されて冷静な客観的議論ができる環境が保証されていることの各要件がすべて満たされている必要がある。

 しかし,このような理想的な確認・糾弾会が開かれることは,これまで皆無に近かった。前述の法の定めるところに従った人権擁護行政機関の事件処理によることが適当であるとされるゆえんである。

(カ) ねたみ意識,逆差別意識等に関する掘り下げた論議

 ねたみ意識,逆差別意識等の問題については,地域改善対策が公平の原理を無視して実施されているのではないかという地区周辺住民等の疑念がその中にあるのであれば,それを一方的に批判することなく,地域改善対策事業の実態と必要性について掘り下げた論議を展開して十分啓発に努める必要がある。それを怠れば,新たな差別意識を助長すること
になるからである。

 もちろん,この啓発の前提として,地方公共団体の独自の施策の中に一般対策と不均衡を生ずる過度な優遇施策等公平の観点から合理的に説期できないような施策があれば,それを廃止した上で啓発しなければ,国民の納得は得られないであろう。

イ 因習的な差別意識及び新たな差別意識の解消に関する事項
(ア) 差別解消のための逆説的要素に配慮すること

 結婚,雇用,日常の付き合い,友人関係等における差別を無くすことは,これまでの啓発において最も多く取り上げられてきたテーマである。ポスター,パンフレット,冊子,スライド,映画,講演,交流の場の設定等あらゆる方法でこのテーマは取り上げられてきたが,またかという意識が生じてきたのもこの分野のテーマである。

 今後工夫すべきは,啓発の内容である。人の心の奥深く切り込み得る内容とする工夫が,これまでの啓発では十分でなかったと言ってよいのではなかろうか。

 例えば,最も解決が難しいとされる結婚における差別についてみてみよう。一般国民が同和関係者との結婚をためらう理由は何かが実証的に分析され,かつ率直に語られているだろうか。差別的だとの批判を受けることを恐れて,意識的,無意識的に避けてきたのが,これまでの啓発の主流ではなかったろうか。

 人が漠然たる差別感の存在に気付いた場合,それがたとえ啓発教育によって初めて教えられたものであっても,自分も差別されるようになることを避けようという傾向も出て来ることが,遺憾ながら少なくなかったと考えられる。人権意識を我が国において不動のものにするため,また,いわれなき差別に苦しめられる人を無くすというヒューマニズムに富んだ目的のため,これからの啓発は,自分が不利な立場に置かれるかも知れないことを恐れず,信念を貫き通すことが,人間らしい勇気のある,尊敬に値する行動であることをはっきりと伝えることが必要である。世間の目を恐れ,心ならずも差別することは,勇気の無い,人間として恥ずべきことであることも,明確に伝える必要がある。

 また,実態把握において現在同和地区に住んでいる人のうち同和関係者と同和関係者以外の者との結婚は,年齢階層別に顕著に増加しており,30歳未満ではその割合は約6割となっている。この例にもみられるとおり,世の中は急速に変わっている。しかし,自分だけが差別解消のために頑張ってもどうしようもないと思っている人が,かなりみられるが(実態把握では約30%),実は,そう思って消極的にではあるが差別している人が,少なくとも若い人々の間では,既に少数者であることも実態把握の結果として明らかにされている。ヒューマニズムにあふれる確固たる一人一人の個人の今少しの勇気が世の中を明るく変革していくのだということを,データを示しつつ力強く啓発する必要がある。

 この,結婚,雇用,付き合い等の問題については,しかし,同時に民間運動団体の側にも強い自己制御力を求める広い意味での啓発が行われなければ,一般国民に信頼される啓発とはならないであろう。

 すなわち,この問題は感情の伴う微妙な問題であり,パラドックス(逆説)を含む問題である。差別があったとして,激しく非難し抗議を繰り返したならば,相手の差別感は無くなるであろうか。答えは往々にして否である。相手は恐怖の念又は反感を抱くことが多く,因習的差別感と新たな差別感が心の中に潜在化し,固定化してしまうことが多いのは,残念ながら事実である。

 抗議は納得の行く内容と方法で行われ,相手に尊敬の念を生ぜしめるようなものでなければ,良い効果は生まない。差別事件を起こしたとしても,その人は個人としては無力なのであるから,差別解消という大義名分を掲げて,組織や集団の力を背景に大勢で非難するということでは,部会報告でも指摘されているとおり,私的制裁以外の何物でもないと言われても仕方がないであろう。これは,人々の尊敬を得る道ではない。

 もしも良心的な人々の尊敬を得ることを軽視し,恐怖感の利用を肯定するならば,それは明らかに民間運動団体の行き過ぎであり,61年意見具申でも指摘されているとおり,同和問題はこわい問題であり,避けた方が良いとの意識を発生させ,えせ同和行為の横行の背景となる。今,それぞれの民間運動団体の構成員は,一人一人良心に照らして考えるべき時ではないだろうか。行政はそのような正当な勇気とヒューマニズムに満ちた問いかけを民間運動団体に対して行うべきである。それがひとつの重要な啓発であり,それを抜きにしては,ほとんどすべてがおざなりな啓発になってしまうだろう。差別事件は人権問題として,人権擁護行政機関,又は司法機関の裁きにゆだねるというのが国の法の定めるところであり,この法治国家のルールを民間運動団体も自己制御力を持って守ることが,新たな差別感の一要素を解消するために是非必要であることは,61年意見具申でも指摘されているところである。

 したがって,憲法の趣旨に従い,法を率先して遵守すべき国又は地方公共団体の職員が確認・糾弾の場に出席し,差別事件の処理を私的制裁にゆだねるがごとき印象を一般国民に与えていることは,行政職員として好ましくないことである。さらには,確認・糾弾については,民間運動団体の間にも厳しい批判があるところであり,このような場に行政職員が出席することは,行政の中立性の要請からみても,望ましくないことは明らかである。行政職員が憲法の趣旨に忠実な法の遵守と中立性の堅持を第一義とすることなく啓発を行っても,国民の心からの受容を期待し難いのは当然である。行政が姿勢を正さずして,真の啓発はあり得ない。

(イ) 同和関係者であるか否かにこだわることの非合理性,前近代性を強調すること

 憲法第14条は,「すべて国民は,法の下に平等であつて,人種,信条,性別,社会的身分又は門地により,政治的,経済的又は社会的関係において,差別されない。」と規定している。

 これは,直接的には法の領域の問題ではあるが,私人間の道徳的領域の問題としても,この原則は,国民の間に広く浸透し定着しつつある。

 江戸時代の身分制度に今日こだわることの非合理性,前近代性は広く一般の人々の受け入れつつあるところであるので,「なぜ同和問題についてのみ,あなたは,昔の身分制度にこだわるのですか」という問いかけは,人々の反省を呼び起こすのに有効であろう。

 また,同和関係者も自ら同和関係者であるか否かにこだわらないという信念を固めることが重要である。同和関係者であることにこだわった人々の侮べつの意思表示があったときに,節度ある抗議をすることは,やむを得ないが,すべての人が過去の身分へのこだわりを捨て,平等な一個人として互いに尊重し合うことこそ重要である。これらのことを啓発内容として取り入れる工夫が重要である。

(ウ) 人権問題の一環としての位置付けを明確にすること

 同和関係者に対する差別意識の解消は,すべての人の人権を尊重する精神の徹底という問題の一部である。したがって,同和関係者に対する差別事件は,各種の人権侵犯事件の一つである。

 このことは,明白に意識される必要がある。このことが明らかに理解されれば,同和問題についても他の人権侵犯事件と同じく,人権擁護機関,又は司法機関において,人権侵犯の程度に応じ,それにふさわしい処理がなされるべきものであることが容易に理解される。

 61年意見具申においても,同和関係の差別事件は公的機関の処理にゆだねられるべきであるとしている。そうすることによって新たな差別の発生が抑制されるのであるから,これは,同和問題解決のために最も重要なことの一つであると言えよう。これらのことを分かりやすく,啓発の素材として取り込み,国民,企業,民間運動団体等に周知させることが重要である。

ウ 同和関係者の自立向上精神のかん養に関する事項

 同和関係者の自立向上精神のかん養に関する啓発は,二重の意味で重要である。

 第1に,自立向上を成し遂げた同和関係者は,多少の心理的差別が仮にあったとしてもこれを跳ね返して立派に生きることができる。

 第2に,自立向上精神に富み,社会のルールをきちっと守って努力する同和関係者は,一般国民から信頼を得,心理的差別解消に大きく寄与する。

 自立向上精神のかん養を目的とする啓発は,これまで比較的実施されることが少なかった。その理由としては,第1に効果的啓発内容を作ることが相当困難であること,第2に民間運動団体の反発を予想して行政が積極的に取り組まなかったことが考えられる。

 今後は,国及び地方公共団体は,自立向上精神のかん養に効果的な啓発内容を鋭意工夫する必要がある。また,61年意見具申にもあるように,この点に関する民間運動団体の積極的な取組が望まれる。

 このテーマに関し,積極的に活用されるべき事例としては,次のようなものが一例として挙げられる。

 心理的差別の解消は,通常,人口の流動が多い都市よりも,比較的少ない町村において行うことがより困難である。しかし,ある町で同和問題をほぼ完全に解決したところがある。 その大きな要因の一つが同和関係者が自立向上の意欲に富み,子弟の教育に熱心であり,かつ,社会のルールを守り,自己の向上のために努力していることを,町の一般の人々が理解したことにあったという。この事例の中に同和問題解決の重要なかぎがあると考えられる。多くの同和関係者は,この事例のごとく立派な人々である。一般国民が一部の問題事例によって抱くことの多い悪いイメージを,このような良い事例を積極的に活用すること及び問題事例の適正化を進めることによって変えてゆくことが重要である。

 なお,61年意見具申にも指摘されているとおり,「個人給付的施策の安易な適用や同和関係者を過度に優遇する施策の実施は,むしろ同和関係者の自立,向上を阻害する面を持っているとともに,国民に不公平感を招来している。」。このような個人給付的施策は国において見直しが行われているが,地方公共団体の独自の個人給付的事業についても見直しを行うとともにこれらの見直しの趣旨を十分啓発することが重要である。

 民間運動団体は,差別解消を叫ぶためにも,自立し,更に向上していく努力を重視すべきである。自立向上の努力を重ねている者は,自らの心の誇りを育てることができる。自らの誇りを大切にすることの重要性も啓発のテーマとすべきである。

エ 部落の歴史,実態調査結果等に関する事項

 部落問題に関する知識,情報等も従来から啓発のテーマとして取り上げられてきているが,今後も積極的に取り上げる必要があろう。

 このテーマに関する従来の啓発の問題点は,その知識,情報を得て何を学ぶべきかを明確に意識し,伝えている啓発が少ないということである。

 例えば,部落の歴史及び差別感の生じてきた由来を情報として提供することはなぜ部落問題の解決に役立つのか,その筋道をはっきり説明しないと,単なる物知りをつくるための情報,あるいは“正しい歴史を知らない”という糾弾の材料を提供するだけに終わってしまう。甚だしきは,同和関係者は徳川幕府の政策の犠牲者の子孫であるから補償されてしかるべきだという論に短絡しかねない。明白にしておく必要があることは,地域改善対策は,徳川幕府の政策の犠牲者の補償を行うという要素は何らないことである。

 部会報告にもあるとおり・地域改善対策事業は,現行憲法が目的とする福祉国家の理念に基づいて実施されるものであり,過去及び現在の差別に対する補償として実施するものではないことを啓発を実施する際にも明白に意識する必要がある。

 同和関係者に対する差別意識の歴史を啓発する目的は次のとおりである。すなわち,一般の人が理由のよく分からないままに差別意識を抱いているのは,かかる歴史的事実に由来するのであり,同和関係者に対して無意識的に悪いイメージを持つことも差別感を持つことも,歴史的に継承された偏見であり,現在の事実に照らしてみれば明らかに間違っていること,そしてその間違ったイメージで人を差別することは現行憲法の理念である個々人の人権尊重というヒューマニズムに反することであることを明白に表現することを忘れてはならない。

 なお,部落の歴史以外の知識,情報としては,部落に関する実態調査の結果,地域改善対策事業の内容,同対審の答申,地対協の意見具申,部会報告の内容等があるが,地域の実態の改善状況,国民の意識の変化の動向等について事実をして雄弁に語らしめることを念頭に置きつつ,分かりやすく啓発の内容として取り上げることが重要である。

第2章 啓発の主体,対象及び方法

1 啓発の主体と対象

 啓発の主体と対象については59年意見具申に詳しい記述があるので,同意見具申が詳しく言及していない点の指摘のみにとどめたい。

(1) 啓発の主体の範囲を更に拡大すること

 59年意見具申は,啓発の主体となるベき組織として,学校,地域社会,職場,事業主団体,労働者団体及び行政機関を挙げている。その他には,宗教団体・政党等の政治団体,各種協同組合及びその全国連合会,弁護士,医師,税理士等の職種別の都道府県又は全国レベルの組織等様々な団体が啓発の主体となることができる。

 これらの実施主体は,あくまで自発的に啓発に取り組む姿勢を持つに至ることが重要である。そのためには,行政機関としては,本啓発指針に示したような因習的な差別意識と新たな差別意識の双方の解消を可能とする広い視野を持ち,批判を恐れない勇気のある啓発の指導者を養成するとともに,適切な啓発の素材を準備し,かつ,かかる指導者や啓発の素材の存在を周知させる必要がある。

(2) 啓発の対象が主体となることこそ重要

 前記の啓発の主体となる組織において啓発の対象はそれぞれ,生徒,地域社会の住民,職場の職員,事業主,労働者,公務員,信者等である。59年意見具申において「最終的な啓発の主体は国民である」と言われているとおり,啓発の対象である国民が,自分は同和関係者とその他の人を決して差別はしないという決意を固め,自分自身に世間体を気にする弱い心があれば,それを決然と抑えるとともに,必要に応じて,身近な人々,友人及び親族を粘り強く説得する啓発の主体となることが重要である。

 総論には賛成,だが各論として具体的に自分の身に降りかかったときは反対という,かなり広く見られる態度を打ち破るためには,地域改善対策行政担当者は次のようなことに配意することが重要である。

 まず,第1に,地域改善対策行政関係者及び啓発指導者が自ら啓発の主体となる態度を心の底から確立することである。その上で一般の人々の理解と差別意識の解消を忍耐強く求めることが必要である。これらのことを可能にするためには,えせ同和行為,民間運動団体の組織力を圧力とした問題行動,一部同和関係者の自立向上のための努力の不足などが,みられる場合には,その点を率直に批判できる環境がなければならない。行政は,自らの持てる力を十分活用し,何をおいてもこの自由な意見交換のできる環境を確立しなければすべての啓発の努力はむなしいと言っても過言ではないであろう。

 第2に,啓発の対象者が積極的に議論に参画できる場を確保することである。現に各地でそのような試みが行われているが,自由な発言を保障したところ民間運動団体の立場からみて差別的と思われる発言が相次いだので,民間運動団体の怒りを買ってやめざるを得なかったという事例がみられる。

 しかし,自由な発言を保障する限り,とことんまで保障しなければならず,自らの耳に痛い批判や民間運動団体からみれば差別を拡大助長するとみられ、る発言も保障しなければ,本音で問題を語り合うことはできない。本音で耳「に痛い批判,目先の利害に響く発言も許し合い,忍耐強くお互いに歩み寄りをしなくては,本問題の解決はない。国民と民間運動団体双方の忍耐強い協力を求めるとともに,行政は,断固として自由な意見交換のできる環境を確立しなければならない。

 第3に,同和関係者と一般の人々との交流の機会を頻繁に設け,お互いに尊敬し合い,信頼し合えることを経験として会得することが有効であろう。この場合,小さな間違いやささいな差別的表現は許し合う,寛容さと忍耐強さが双方に求められる。特に,組織された運動団体は,未組織の個人と比較した場合,圧倒的強さを有するのであるから,寛容と忍耐に徹することが望まれる。

 いずれの場合も,パラドックス(逆説)に注意しなければならない。今日の状況においては,差別を激しく糾弾することは,新しい差別を生ぜしめ,差別の解消を迷路に追い込む。一見差別的に見える表現,差別的に見える考え方にも寛容と忍耐を示して節度ある説得又は抗議を行ってこそ,民間運動団体と同和関係者に対する一般国民の信頼と尊敬を得ることができる。そうしてこそ,差別する心の奥深くに切り込み,差別を解消する一筋のけわしい道を切り開くことができるのである。

(3)教育の場における啓発の実施

教育の場における啓発の実施については,重要であるので,特に触れることとしたい。

ア 義務教育期における教育

 この時期は,善悪の判断の基礎が固まる時期であるので,何が正しいことで,何が間違っていることかを教えることが重要である。個人としての自分自身の大切さばかりでなく,他人を大切にし,他人の立場に立って考える態度や習慣を身につけるよう十分に教え,基本的人権尊重の教育が徹底して行われるようにすることが,同和問題解決にとって重要な意義を持っているのである。

 なお,61年意見具申に述べられているように,同和問題そのものについては歴史の教育と並行して教えるなど児童。生徒の発達段階に十分考慮して行われるべきである。

イ 高校・大学等における教育

 この時期は,より円熟したものの見方が育つ時期であり,同和問題に関する歴史的事実及び現代社会における社会学的分析と考察を教えることによって,広い見地から同和問題を考える力を養うことが重要である。

 この場合,従来一部に見られたような同対審答申の記述を絶対視し,他の見方はすべて否定することは避けなければならない。あらゆる見方を実証的に分析する学問的アプローチが重要であり,ここでも自由な意見交換の環境が保障されなければならない。

ウ 差別発言等を契機に学校教育の場に糾弾闘争その他の民間運動団体の圧力等を持ち込まないこと

 学校教育において留意すべきことは,同和教育の過程においてすら,いわゆる差別発言事件が起きることがあるが,その対処方法を確立することである。

 児童・生徒の差別発言は,先生から注意を与え皆が間違いを正し合うことで十分である。差別事件に限らず,どのような場合にも教育の場へ民間運動団体の圧力等を持ち込まないよう,団体は自粛することが望ましい。団体の自粛がない場合には,教育委員会及び学校は,断固その圧力等を排除すべきである。部会報告にもあるとおり,団体の行為が違法行為に該当するときは,警察の協力を求めることが重要である。

2 啓発の方法

(1) これまでの方法の反省と今後の方向

 これまでの啓発は,国の委託等によって主として地方公共団体で行われてきた。その啓発の方法としては,ポスター,はがき,パンフレット,講演会,懇談会,交流会,スライド,ビデオ,テレビ等あらゆるものが既に試みられているが,今後の技術革新によって普及する新しい方法も積極的に取り入れていく精神は重要である。

 さらに,従来の方法の活用方法も見直していく必要がある。本指針に示されたような視野の広い複雑な問題については,比較的長い時間帯を活用できるラジオ番組の活用も見直されてよかろう。また,広い視野で問題を深くとらえ,勇気を持って語り得る講師の養成が急務であるが,当面,その数が限定されているとすれば,テープを活用して講演を聞き,それを基にディスカッションをする方式も採用されてよかろう。

 また,同和問題というテーマに固執せず,興味深いコミュニティー活動や
行事を企画し,住民の広い参加と交流を促進することも極めて有効である。

 さらに,活字離れの世代に対しては,漫画や劇画の活用も有効であろう。ただし,その内容が本指針の示すごとく広い視野に基づいた率直なものでなければ,ワンパターンな画一性を嫌う若者の心をとらえるものとはならないであろう。

(2) 国自らが行う啓発の抜本的改善

同和問題の解決のため,国自らの行う啓発は現在のところ比較的限定されている。既存のものは事なかれ主義に陥っていて,画一的で面白みに欠け,主体的勇気に欠けるものが多い。今後,国の関係行政機関は,両意見具申,部会報告及び本指針の内容を参考にして,率先垂範して全国的に活用可能な啓発媒体の作成,情報資料の収集・提供等の国が行うにふさわしい啓発の推進に努めることが望まれる。

(3)ジャーナリズムに対する情報提供

 61年意見具申でも述べられているように,行政は,プライバシーの保護に配慮しつつ積極的にジャーナリズムに情報,資料を提供するよう努力する必要がある。ジャーナリズムでこの問題が広く取り上げられ,かつ,掘り下げた考察が行われることが最高の啓発活動の一つであるからである。

第3章 啓発の具体例(別冊)〔略〕

「部落差別の解消の推進に関する法律案」制定に反対する決議 部落問題研究所

「部落差別の解消の推進に関する法律案」制定に反対する決議

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 自民党が中心となって、「部落差別の解消の推進に関する法律案」(以下、「部落差別解消推進法案」)を制定しようとしている。同法案は、「部落差別」の定義もしないままに、「部落差別の実態に係る調査」を行い(第6条)、国・地方公共団体をして「部落差別の解消に関する」施策を講ずることを「責務Jとする(第3条)とし、さらに、国・地方公共団体に部落差別に関する相談体制の充実(第4条)、部落差別解消のために教育・啓発を行なうことを求める(第5条)としている。

 周知のように部落問題対策(同和対策)は、1969年同和対策事業特別措置法制定以来2002年3月まで30年以上にわたり、様々な取組みが実施されてきた。要した経費は国・地方あわせて約16兆円という。この結果、所管省である総務省地域改善対策室は、「特別対策を終了し一般対策に移行する主な理由」として、①これまでの膨大な事業の実施によって同和地区を取り巻く状況は大きく変化、②特別対策をなお続けていくことは、差別解消に必ずしも有効ではない。③人口移動が激しい状況の中で、同和地区・同和関係者に対象を限定した施策を続けることは実務上困難、をあげた(平成13・2001年1月26日「今後の同和行政について」)。

 また、「同和関係特別対策の終了に伴う総務大臣談話」(平成14・2002年3月29日)においても、「園、地方公共団体の長年の取組により、劣悪な生活環境が差別を再生産するような状況は今や大きく改善され、また、差別意識解消に向けた教育や啓発も様々な創意工夫の下に推進されてまいりました」と状況の激変を確認している。部落問題研究所は、創立60周年記念事業として「部落問題解決過程の研究」に取組んできたが、その中で戦後高度経済成長の過程を通して部落問題解決は大きく前進し、それは不可逆な歩みであることを確認してきた。 これらをふまえてみても、総務省の指摘は首肯できるところである。

 このような客観的な事実があるにもかかわらず、自民党などは、新たに「部落差別解消推進法」を制定し、「部落差別の実態」調査を行なうという。そもそも今から20年余り前の全国調査(総務庁「平成5年度同和地区実態把握等調査」)によってみても同和地区住民のうち58.7%が同和関係以外人口、つまり「部落」以外の住民なのである。このような状態で「部落差別の実態」の調査が果たして可能であろうか。新たに法律により「部落差別の実態」調査を実施するということは、「部落」と「部落」外との壁がほとんどなくなった状態になっているのに、新たに壁を築くことであり、2002年3月に「特別法」失効とともに消滅した「同和地区」(部落)を法制上復活させるということであって、しかも同法案が時限法でないことからすれば、半永久的にそれを存続させるという企てに他ならない。

 以上述べたように、部落問題解決過程の到達点に照らしてみても、総務省自身の指摘によっても、「部落差別解消推進法Jを必要とする立法事実は存在せず、その必要は認められないというにとどまらず、部落問題の最終的解決に逆行する立法を看過することは出来ない。

 以上により、部落差別解消推進法制定に反対するものである。

2016年5月29日
公益社団 法人部落問題研究所
2016年度定時総会

部落差別の解消の推進に関する法律案に断固反対する声明 自由法曹団

部落差別の解消の推進に関する法律案に断固反対する声明

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2016年5月19日、自民、公明、民進の3党は、部落差別の解消の推進に関する法律案(以下「本法律案」という。)を衆議院に提出した。同月20日には衆議院法務委員会で趣旨説明がなされ、25日に同委員会で強行可決される見通しである。

 本法律案は、部落問題の解決の障壁となるものであり、基本的人権をまもり民主主義をつよめることを目指す法律家団体である自由法曹団は、この法律案に断固反対する。

部落差別問題については、1982年、同和対策特別措置法が廃止され、その後を継ぐ地域改善対策特別措置法も廃止され、2002年に同和対策事業は終結した。

 これは、部落差別の特徴的な形態である劣悪な住環境等が、各種の同和事業の遂行によって改善傾向にあり、また、職業の自由、居住移転の自由、結婚の自由の侵害という事態も大きく減少するなど、身分的障壁を取り除き、社会的な交流が拡大する方向へと進み、部落解放の客観的条件が大きく成熟したことによるものである。そうだとすれば、着実に解決に向かっている現状においては、本法律案には立法事実がなく、時代錯誤であると言わざるをえない。のみならず、むしろ部落問題による差別、偏見を固定化、永続化し、部落問題の解決のための大きな障壁になり有害である。

 また、本法律案は、えせ同和団体の利権あさりの手がかりとなりうるものであり、過度の糾弾による人権侵害や不公正な行政が行われた負の歴史をふまえていないものと言わざるをえない。

本法律案は、「部落差別の解消を推進し、もって部落差別のない社会を実現することを目的とする。」としているが、部落差別の定義規定がなく、何をもって部落差別とするのかが曖昧なままである。本法律案は、部落差別の解消に国、地方公共団体の責務を定め、相談体制の充実、必要な教育啓発を行う努力義務等を規定しているが、何をもって部落差別とするかが曖昧なままであれば、あまりに広範な施策が実施されることになりかねず、その施策によって施策の対象となる人々とそうでない人々の間に垣根をつくり、ひいては部落差別問題を再燃させることにつながりかねない。

 また、本法律案は、国は、部落差別の解消に関する施策の実施に資するため、地方公共団体の協力を得て、部落差別の実態に係る調査を行うものとしている。しかし、これによって新たな差別を掘り起こすことになり、本法律が恒久法であることを踏まえると、調査を続けることによって、部落差別問題を固定化、永久化することにつながりかねない。本法律案は、「情報化の進展に伴って部落差別に関する状況の変化が生じていること」が立法理由として説明されているが、ネットへの差別的書き込みなどはプロバイダ責任制限法(特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律)に基づき、プロバイダに対して削除請求するなど、既存の法律で対応することが可能である。

以上の理由から自由法曹団は、本法律案に断固として反対する。

2016年5月24日
自由法曹団     
団長 荒井新二