地域改善対策啓発推進指針

(出典:「同和行政史」p434 総務省大臣官房地域改善対策室 平成14年)

地域改善対策啓発推進指針について

(通知)

昭和62年3月18日 総地第43号
各都道府県知事,各指定都市市長宛
総務庁長官官房地域改善対策室長通知

 標記については,昭和59年の地域改善協議会意見具申において,啓発推進のための指針の策定を行うべきとの提言がなされたところであるが,この度,別添のとおり,その指針を取りまとめたので送付する。

 ついては,今後の啓発活動の推進に当たっては本指針を参考として一層の工夫を願いたい。

 なお,第3章の啓発の具体例については,後日,通知する予定である。

(別添)

1.昭和44年の同和対策事業特別措置法(法律第60号)及び昭和57年の地域改善対策特別措置法(法律第16号)に基つく同和対策事業及び地域改善対策事業の推進により,同和問題の現状は「同和地区住民の社会的経済的地位の向上を拒む諸要因の解消という目標に次第に近づいてきたといえる」〔昭和59年6月19日に地域改善対策協議会(以下「地対協」という。)から提出された意見具申(以下「59年意見具申」という。)〕状況になってきた。このことは,昭和61年8月5日に公表された地対協基本問題検討部会の報告(以下「部会報告」という。)及び昭和61年12月11日の地対協意見具申(以下「61年意見具申」という。)においても,昭和60年11月30日現在で実施された地域啓発等実態把握(以下「実態把握」という。)の結果を踏まえつつ,「同和地区と一般地域との格差は,平均的にみれば,相当程度是正されたといえる。」と再確認されている。

2 一方,心理的差別の解消は,「内外における人権尊重の風潮の高まり,各種の啓発施策及び同和教育の実施,実態面の劣悪さの改善等によりその解消が進んできている。」ものの,「差別意識の解消は,現在,十分な状況とは言い難く」「啓発活動は,今後における地域改善対策の重点課題」(いずれも61年意見具申)である。

3 しかし,心理的差別を解消するための啓発は,今日,後述する理由(第1章の1参照)により,極めて複雑な状況下に置かれており,明快な論理に基づく指針の必要性が痛感されるところである。

4 かかる状況下に,59年意見具申においては,国において啓発推進のための指針の策定を行うべきであるとの提言がなされており,これを受けて総務庁長官官房地域改善対策室は,昭和60年12月17日に啓発推進指針策定委員会を開催し,同委員会に専門的観点からの検討を依頼した。同委員会は,同日以来昭和61年9月25日まで計7回にわたり啓発推進指針の検討を行った。本指針は同委員会の専門的意見を参考としつつ,59年意見具申,部会報告及び61年意見具申をも踏まえ,地域改善対策室で取りまとめたものである。

5 本指針の性格は次のとおりである。

(1) 地域改善対策の啓発に関しては,既に関係行政機関等において相当の経験が積み重ねられているので,その経験を踏まえた上での反省すべき点に主として意を用いた。その際,従来の常識とされていたことについても,根本的に再検討を行った。例えば,啓発のテーマで従来取り上げられなかったものも,必要なものは積極的に取り上げることとした。内容についても思い切った発想の転換を行っている。

(2) しかし,本指針を拠りどころに初めて啓発を実施する者もあると考えられるので,それらの実施主体については,第3章の具体例(別冊)〔略〕で配慮することにした。

(3) 本指針の想定している啓発の実施主体は,国,地方公共団体,教育機関,企業,その他諸々の団体及び国民個々人である。指針は,これら実施主体に共通的なものを主としているが,特定の実施主体だけを想定しているものについては,文脈上それが分かるように配慮している。
 本指針は,必要に応じ随時改定して常に最新の状況に即応した指針とすることを予定している。

第1章 啓発の目的,テーマ及び内容

1 啓発の目的は何か

 地域改善対策として啓発を行う目的は何か。この問いに対する答えは一見自明のようであるが,効果的な啓発実行の第一歩は,その目的を的確に把握することである。
 地域改善対策の啓発の目的は,次の二つに大別することができる。

(1) 同和関係者に対する差別意識の解消

(2) 同和関係者の自立向上精神のかん養

 同和関係者に対する差別意識は,今日では複雑な様相を呈している。 61年意見具申でも指摘されているとおり,「同和地区の実態が大幅に改善され,実態の劣悪性が差別的な偏見を生むという一般的な状況がなくなっているにもかかわらず,差別意識の解消が必ずしも十分進んできていない背景としては,昔ながらの非合理な因習的な差別意識が現在でも一部に根強く残されていることとともに,今日,差別意識の解消を阻害し,また,新たな差別意識を生む様々な新しい要因が存在していることが挙げられる。」。その新しい要因として行政の主体性の欠如,同和関係者の自立,向上の精神のかん養の視点の軽視,えせ同和行為の横行,同和問題についての自由な意見の潜在化傾向が挙げられている。この新たな差別意識の解消も,今日の啓発の重要な目的の一つである。

 一方,同和関係者の自立向上精神のかん養は,それ自体啓発の大きな目的とされなければ,同和問題の解決は望めない。これまで,同和関係者の自立向上精神のかん養のための啓発は比較的軽視されてきたが,この面でも行政は,主体性を発揮して取り組む必要がある。

 なお,啓発活動の具体的に目指すところは,部落差別に関する心理的土壌を変えることである。国民の中には,まれにではあるが,同和関係者に対する偏見に凝り固まって,あらゆる啓発活動を受け付けない者も存在するが,このようなものが全く無くならない限り,啓発活動は無意味であると考えることは,極めて狭い見方である。このような者が社会から浮き上った存在となり,その存在がかえって差別意識の愚かさを一般の人々に感じさせるような社会の雰囲気を作ることこそが啓発の目指すところである。

2 啓発のテーマと内容

 啓発の目的が明確に自覚されれば,その目的を実現するための様々なテーマと内容がおのずから考えられる。以下,従来の啓発テーマと内容を反省しつつ主なテーマと内容について触れる。

(1) 従来の啓発のテーマと内容の問題点

ア 啓発のテーマが限定されていること

 従来の啓発のテーマと内容の問題点としては,まず第1に,テーマが極めて限定されていることが挙げられる。適当な啓発の方法さえ選べば,同和問題の解決のために必要なあらゆる事項が啓発のテーマとなり得るのであり,啓発のテーマについても発想の転換が求められている。

イ 啓発内容が画一的であること

 第2の問題点としては,従来の啓発の内容が極めて画一的であったことである。従来の啓発は,同和対策審議会(以下「同対審」という。)を主な資料とし,同和地域発生の背景と成立の経過,同和問題は基本的人権にかかわる問題であること,そして,その早急な解決は国の責務であり同時に国民的課題であることなどを内容としたものが大部分であった。その結果,「従来の行政による啓発活動の進め方に画一的で新鮮味に欠ける面がみられたことは,国民に同和問題に対するまたかという意識を生じさせる」(59年意見具申)などの現象が生まれた。啓発内容についても抜本的改善が必要である。

ウ 啓発のテーマと内容の選択に主体性が欠けていること

 第3の問題点は,啓発のテーマの選択とその内容に関して,啓発主体の主体性の欠如が往々にしてみられることである。国,地方公共団体,機関,民間企業等の啓発の主体は,民間運動団体の反発が仮にあったとしても,同和問題の解決のために必要な啓発は断固これを行うというき然たる態度がなければ,国民に受け入れられる効果的な啓発を行うことはできない。

エ 民間運動団体の行う啓発の問題点

 今日,民間運動団体は,各種の出版物の発行,研修会,各種行事等の実施,大会の開催等を行っており,その啓発に果たす役割は極めて大きいと考えられる。しかし,民間運動団体の行う意識的,無意識的啓発活動の中には同和問題解決に逆行する結果をもたらしているものがある。例えば,59年意見具申でも指摘されているところであるが,行政施策の必要性を強調するため,同和地区や同和関係者の社会的低位状態を強調し過ぎることは,かえって心理的差別を助長させてしまう結果をもたらすおそれがある。

 また,一部の民間運動団体が自他への教育と位置付けている確認・糾弾行為も,被糾弾者を大衆の面前に引き出すことによって,また,時には大勢で激しく非難することによって,被糾弾者のみならず,一般国民に,こわいという意識とともに,接触を避けた方が賢明という意識を助長している傾向が見られる。これは,部会報告でも明らかにされているように,それが始められた頃の社会環境と今日のそれでは極めて大きな違いがあるにもかかわらず,一部の団体においては運動理念及び形態が従来のままである,ということに起因するとみられる。同和問題解決のためには,民間運動団体の啓発の在り方についても再検討が望まれる。

(2) 啓発のテーマと内容

 今後の啓発のテーマと内容としては,次のようなものが重要である。

ア 地域改善対策の今日的課題に関する事項

 61年意見具申において「同和問題解決のために成し遂げるべき極めて重要な今日的課題」として挙げられた四つの課題の実現のためには,積極的な啓発が必要である。このうち,同和関係者の自立・向上精神のかん養については後述するので,ここでは他の三つの課題について触れる。

(ア) 行政の主体性の確立

 部会報告では,地域改善行政においては,特に行政の主体性を確立することが重要であり,その姿勢が貫かれなければ,新たな差別感を行政機関自らが創り出すこととなり,同和問題の解決に逆行する結果となると厳しく指摘している。また,61年意見具申でも「行政機関は,その基本姿勢として,常に主体性を保持し,き然として地域改善対策等の適正な執行を行わなければならない。そのためには,行政機関は,今日,改めて民間運動団体との関係について見直すことが必要である。」と指摘している。この問題は極めて重要であるので,国は都道府県及び市町村に対して,都道府県は市町村に対して,この点に関する啓発を部会報告及び61年意見具申並びに本指針を参考としつつ積極的に行う必要がある。

 なお,市町村は都道府県及び国に対して,都道府県は国に対して,主体性の確立に問題ありと考える点については,積極的に指摘すべきことも当然必要であろう。

 さらに,民間運動団体の運動目標等をそのまま行政の行う啓発素材として取り入れているものが一部の地方公共団体の啓発にみられるが,行政の主体性の確立の観点から自粛すべきである。

(イ) えせ同和行為の排除

 えせ同和行為は,これまでなされてきた啓発の効果を一挙にくつがえし,同和関係者及び民間運動団体に対する国民のイメージを傷つけることが甚だしく,同和問題に対する誤った意識を植え付ける大きな原因となっていると61年意見具申において指摘されている。えせ同和行為は,同和問題解決のために断固排除する必要がある。そのためには,啓発においてもこれを積極的に取り上げる必要がある。啓発の内容としては61年意見具申及び部会報告でも明らかにされているように,①えせ同和行為の定義②団体等からの不当な要求については,断固として断り,また,不法な行為については,警察当局に通報する等厳格に対処する必要があること等望ましい対処の仕方③不法行為に対しては的確な警察措置が採られている現実を明らかにすること等が重要である。

 なお,民間運動団体の指導者の多くは,差別を口実にわずかな金品ももらうことは運動の趣旨に反するので,そのような者がいれば,団体の一員であっても,即刻警察に通報してほしいとの厳しい姿勢をもっている。このことは,民間運動団体内部においても周知され,えせ同和行為排除のための自律機能や自浄能力を高める努力に結びつけられる必要があるとともに,あらゆる啓発主体によって企業や国民等に周知される必要がある。

(ウ) 自由な意見交換のできる環境づくり

「同和問題について自由な意見交換ができる環境がないことは,差別意識解消の促進を妨げている決定的要因となっている。」と61年意見具申でも指摘されているとおり,この課題の重要さはいくら強調しても強調し過ぎることはないであろう。

 国及び地方公共団体は,国民,民間運動団体,企業及びジャーナリズムにこの課題が達成されることの重要性を積極的に啓発するとともに,
これを妨げるものを断固として退ける姿勢が,言論の自由を守る上からも極めて重要であることの周知に努めなければならない。

 また,国及び地方公共団体は,率先して同和問題に関し,自由な意見を発表する必要がある。トラブルの発生を恐れるあまり,一部民間運動団体に事前に内容の了承を得てからでなければ,啓発文書の公表や研修会等の講師の選定等ができないようなことが慣習化されている行政機関は,61年意見具申の精神に立って,この際それを改める必要がある。そうでなければ国民の信頼を得られる啓発を行うことはできないであろう。

 民間運動団体も,事前のチェックを慣行化させているとすれば,それは組織的圧力による言論の自由の抑圧であり憲法第21条の精神にそわないものであるので,改められるべきであろう。啓発内容の批判があれば,事後に言論により堂々と行うべきである。その批判の態度と質によって,国民の当該民間運動団体に対する評価は,あるいは高まり,あるいは低くなるであろう。言論の自由は徹底的に尊重されなければならない。

 言論の自由を軽視すれば,同和問題の解決が国民的課題となることは困難である。

 また,言論に対して,言論による批判に徹しないで集団による圧力に安易に訴えるならば,世論の有形無形の批判を受け,前述の新たな差別意識を助長することになることを民間運動団体も十分理解すべきであり,国及び地方公共団体はこれらに関する啓発に努める必要がある。

(エ) 差別及び確認・糾弾に関する考え方

 同和問題における差別とは何か,これまでの差別事件といわれるものにはいかなるものがあり,いかに解決されたか。解決方法等における問題点,今後の改善の方向等についても,タブー視することなく,61年意見具申及び部会報告の内容を参考としつつ積極的に啓発の内容に取り入れるベきである。
 確認・糾弾に関する考え方については,部会報告に明確な見解が示されているので,その内容を次の(オ)のように,分かりやすく記述して啓発に努めることが必要である。さらに,確認・糾弾に関する判例の内容を紹介することも重要な啓発となる。

(オ) 差別事件の処理の在り方

 ある個人又は企業等が差別発言等の差別事件を起こしたとき,その個人・企業等はいかにすべきかを啓発することも,59年意見具申及び61年意見具申並びに部会報告で指摘されている「こわい問題,面倒な問題である」との意識の発生を防ぎ,新たな差別の発生を防ぐ上で重要である。この場合,啓発すべき内容としては次のようなものが適当である。

 差別事件を起こしたと指摘された個人,企業等は,法務省設置法により権限を付与された法務省人権擁護局並びに法務局及び地方法務局の人権擁護(部)課(以下「人権擁護行政機関」という。)の人権審判事件調査処理規程(昭和59年8月31日法務省権調訓第383号)に基づいた事件処理等に従うことが法の趣旨に忠実であることである。

 したがって,個人,民間運動団体等から差別事件を起こしたとして迫及を受けた場合,所轄の人権擁護行政機に訴えてくれれば,その事件処理に従う旨を追及者に告げることが肝要である。相手がそれに応じない場合は,自ら所轄の人擁護行政機関に出頭し,同機関の事件処理等に服する旨を申告することができる。このようにすれば,法に基づく妥当な事件処理が行われることになるのである。

 今一つのみちとしては,全く任意に民間運動団体の主催する確認会,糾弾会に出席することが考えられる。 この場合,出席が本人の自由意思によるものであり,出席しない場合は,民間運動団体の激しい抗議行動が予想される等の強制的要素がないことが重要である。また,集団による心理的圧迫がないこと(出席者を糾弾側,被糾弾側同数とし,かつ少人数に絞ること等の工夫が必要である。),確認糾弾の場を権威を持って取り仕切ることができる中立の立場の仲裁者が居ること,プライバシーの問題が無い場合は,第三者にも公開されて冷静な客観的議論ができる環境が保証されていることの各要件がすべて満たされている必要がある。

 しかし,このような理想的な確認・糾弾会が開かれることは,これまで皆無に近かった。前述の法の定めるところに従った人権擁護行政機関の事件処理によることが適当であるとされるゆえんである。

(カ) ねたみ意識,逆差別意識等に関する掘り下げた論議

 ねたみ意識,逆差別意識等の問題については,地域改善対策が公平の原理を無視して実施されているのではないかという地区周辺住民等の疑念がその中にあるのであれば,それを一方的に批判することなく,地域改善対策事業の実態と必要性について掘り下げた論議を展開して十分啓発に努める必要がある。それを怠れば,新たな差別意識を助長すること
になるからである。

 もちろん,この啓発の前提として,地方公共団体の独自の施策の中に一般対策と不均衡を生ずる過度な優遇施策等公平の観点から合理的に説期できないような施策があれば,それを廃止した上で啓発しなければ,国民の納得は得られないであろう。

イ 因習的な差別意識及び新たな差別意識の解消に関する事項
(ア) 差別解消のための逆説的要素に配慮すること

 結婚,雇用,日常の付き合い,友人関係等における差別を無くすことは,これまでの啓発において最も多く取り上げられてきたテーマである。ポスター,パンフレット,冊子,スライド,映画,講演,交流の場の設定等あらゆる方法でこのテーマは取り上げられてきたが,またかという意識が生じてきたのもこの分野のテーマである。

 今後工夫すべきは,啓発の内容である。人の心の奥深く切り込み得る内容とする工夫が,これまでの啓発では十分でなかったと言ってよいのではなかろうか。

 例えば,最も解決が難しいとされる結婚における差別についてみてみよう。一般国民が同和関係者との結婚をためらう理由は何かが実証的に分析され,かつ率直に語られているだろうか。差別的だとの批判を受けることを恐れて,意識的,無意識的に避けてきたのが,これまでの啓発の主流ではなかったろうか。

 人が漠然たる差別感の存在に気付いた場合,それがたとえ啓発教育によって初めて教えられたものであっても,自分も差別されるようになることを避けようという傾向も出て来ることが,遺憾ながら少なくなかったと考えられる。人権意識を我が国において不動のものにするため,また,いわれなき差別に苦しめられる人を無くすというヒューマニズムに富んだ目的のため,これからの啓発は,自分が不利な立場に置かれるかも知れないことを恐れず,信念を貫き通すことが,人間らしい勇気のある,尊敬に値する行動であることをはっきりと伝えることが必要である。世間の目を恐れ,心ならずも差別することは,勇気の無い,人間として恥ずべきことであることも,明確に伝える必要がある。

 また,実態把握において現在同和地区に住んでいる人のうち同和関係者と同和関係者以外の者との結婚は,年齢階層別に顕著に増加しており,30歳未満ではその割合は約6割となっている。この例にもみられるとおり,世の中は急速に変わっている。しかし,自分だけが差別解消のために頑張ってもどうしようもないと思っている人が,かなりみられるが(実態把握では約30%),実は,そう思って消極的にではあるが差別している人が,少なくとも若い人々の間では,既に少数者であることも実態把握の結果として明らかにされている。ヒューマニズムにあふれる確固たる一人一人の個人の今少しの勇気が世の中を明るく変革していくのだということを,データを示しつつ力強く啓発する必要がある。

 この,結婚,雇用,付き合い等の問題については,しかし,同時に民間運動団体の側にも強い自己制御力を求める広い意味での啓発が行われなければ,一般国民に信頼される啓発とはならないであろう。

 すなわち,この問題は感情の伴う微妙な問題であり,パラドックス(逆説)を含む問題である。差別があったとして,激しく非難し抗議を繰り返したならば,相手の差別感は無くなるであろうか。答えは往々にして否である。相手は恐怖の念又は反感を抱くことが多く,因習的差別感と新たな差別感が心の中に潜在化し,固定化してしまうことが多いのは,残念ながら事実である。

 抗議は納得の行く内容と方法で行われ,相手に尊敬の念を生ぜしめるようなものでなければ,良い効果は生まない。差別事件を起こしたとしても,その人は個人としては無力なのであるから,差別解消という大義名分を掲げて,組織や集団の力を背景に大勢で非難するということでは,部会報告でも指摘されているとおり,私的制裁以外の何物でもないと言われても仕方がないであろう。これは,人々の尊敬を得る道ではない。

 もしも良心的な人々の尊敬を得ることを軽視し,恐怖感の利用を肯定するならば,それは明らかに民間運動団体の行き過ぎであり,61年意見具申でも指摘されているとおり,同和問題はこわい問題であり,避けた方が良いとの意識を発生させ,えせ同和行為の横行の背景となる。今,それぞれの民間運動団体の構成員は,一人一人良心に照らして考えるべき時ではないだろうか。行政はそのような正当な勇気とヒューマニズムに満ちた問いかけを民間運動団体に対して行うべきである。それがひとつの重要な啓発であり,それを抜きにしては,ほとんどすべてがおざなりな啓発になってしまうだろう。差別事件は人権問題として,人権擁護行政機関,又は司法機関の裁きにゆだねるというのが国の法の定めるところであり,この法治国家のルールを民間運動団体も自己制御力を持って守ることが,新たな差別感の一要素を解消するために是非必要であることは,61年意見具申でも指摘されているところである。

 したがって,憲法の趣旨に従い,法を率先して遵守すべき国又は地方公共団体の職員が確認・糾弾の場に出席し,差別事件の処理を私的制裁にゆだねるがごとき印象を一般国民に与えていることは,行政職員として好ましくないことである。さらには,確認・糾弾については,民間運動団体の間にも厳しい批判があるところであり,このような場に行政職員が出席することは,行政の中立性の要請からみても,望ましくないことは明らかである。行政職員が憲法の趣旨に忠実な法の遵守と中立性の堅持を第一義とすることなく啓発を行っても,国民の心からの受容を期待し難いのは当然である。行政が姿勢を正さずして,真の啓発はあり得ない。

(イ) 同和関係者であるか否かにこだわることの非合理性,前近代性を強調すること

 憲法第14条は,「すべて国民は,法の下に平等であつて,人種,信条,性別,社会的身分又は門地により,政治的,経済的又は社会的関係において,差別されない。」と規定している。

 これは,直接的には法の領域の問題ではあるが,私人間の道徳的領域の問題としても,この原則は,国民の間に広く浸透し定着しつつある。

 江戸時代の身分制度に今日こだわることの非合理性,前近代性は広く一般の人々の受け入れつつあるところであるので,「なぜ同和問題についてのみ,あなたは,昔の身分制度にこだわるのですか」という問いかけは,人々の反省を呼び起こすのに有効であろう。

 また,同和関係者も自ら同和関係者であるか否かにこだわらないという信念を固めることが重要である。同和関係者であることにこだわった人々の侮べつの意思表示があったときに,節度ある抗議をすることは,やむを得ないが,すべての人が過去の身分へのこだわりを捨て,平等な一個人として互いに尊重し合うことこそ重要である。これらのことを啓発内容として取り入れる工夫が重要である。

(ウ) 人権問題の一環としての位置付けを明確にすること

 同和関係者に対する差別意識の解消は,すべての人の人権を尊重する精神の徹底という問題の一部である。したがって,同和関係者に対する差別事件は,各種の人権侵犯事件の一つである。

 このことは,明白に意識される必要がある。このことが明らかに理解されれば,同和問題についても他の人権侵犯事件と同じく,人権擁護機関,又は司法機関において,人権侵犯の程度に応じ,それにふさわしい処理がなされるべきものであることが容易に理解される。

 61年意見具申においても,同和関係の差別事件は公的機関の処理にゆだねられるべきであるとしている。そうすることによって新たな差別の発生が抑制されるのであるから,これは,同和問題解決のために最も重要なことの一つであると言えよう。これらのことを分かりやすく,啓発の素材として取り込み,国民,企業,民間運動団体等に周知させることが重要である。

ウ 同和関係者の自立向上精神のかん養に関する事項

 同和関係者の自立向上精神のかん養に関する啓発は,二重の意味で重要である。

 第1に,自立向上を成し遂げた同和関係者は,多少の心理的差別が仮にあったとしてもこれを跳ね返して立派に生きることができる。

 第2に,自立向上精神に富み,社会のルールをきちっと守って努力する同和関係者は,一般国民から信頼を得,心理的差別解消に大きく寄与する。

 自立向上精神のかん養を目的とする啓発は,これまで比較的実施されることが少なかった。その理由としては,第1に効果的啓発内容を作ることが相当困難であること,第2に民間運動団体の反発を予想して行政が積極的に取り組まなかったことが考えられる。

 今後は,国及び地方公共団体は,自立向上精神のかん養に効果的な啓発内容を鋭意工夫する必要がある。また,61年意見具申にもあるように,この点に関する民間運動団体の積極的な取組が望まれる。

 このテーマに関し,積極的に活用されるべき事例としては,次のようなものが一例として挙げられる。

 心理的差別の解消は,通常,人口の流動が多い都市よりも,比較的少ない町村において行うことがより困難である。しかし,ある町で同和問題をほぼ完全に解決したところがある。 その大きな要因の一つが同和関係者が自立向上の意欲に富み,子弟の教育に熱心であり,かつ,社会のルールを守り,自己の向上のために努力していることを,町の一般の人々が理解したことにあったという。この事例の中に同和問題解決の重要なかぎがあると考えられる。多くの同和関係者は,この事例のごとく立派な人々である。一般国民が一部の問題事例によって抱くことの多い悪いイメージを,このような良い事例を積極的に活用すること及び問題事例の適正化を進めることによって変えてゆくことが重要である。

 なお,61年意見具申にも指摘されているとおり,「個人給付的施策の安易な適用や同和関係者を過度に優遇する施策の実施は,むしろ同和関係者の自立,向上を阻害する面を持っているとともに,国民に不公平感を招来している。」。このような個人給付的施策は国において見直しが行われているが,地方公共団体の独自の個人給付的事業についても見直しを行うとともにこれらの見直しの趣旨を十分啓発することが重要である。

 民間運動団体は,差別解消を叫ぶためにも,自立し,更に向上していく努力を重視すべきである。自立向上の努力を重ねている者は,自らの心の誇りを育てることができる。自らの誇りを大切にすることの重要性も啓発のテーマとすべきである。

エ 部落の歴史,実態調査結果等に関する事項

 部落問題に関する知識,情報等も従来から啓発のテーマとして取り上げられてきているが,今後も積極的に取り上げる必要があろう。

 このテーマに関する従来の啓発の問題点は,その知識,情報を得て何を学ぶべきかを明確に意識し,伝えている啓発が少ないということである。

 例えば,部落の歴史及び差別感の生じてきた由来を情報として提供することはなぜ部落問題の解決に役立つのか,その筋道をはっきり説明しないと,単なる物知りをつくるための情報,あるいは“正しい歴史を知らない”という糾弾の材料を提供するだけに終わってしまう。甚だしきは,同和関係者は徳川幕府の政策の犠牲者の子孫であるから補償されてしかるべきだという論に短絡しかねない。明白にしておく必要があることは,地域改善対策は,徳川幕府の政策の犠牲者の補償を行うという要素は何らないことである。

 部会報告にもあるとおり・地域改善対策事業は,現行憲法が目的とする福祉国家の理念に基づいて実施されるものであり,過去及び現在の差別に対する補償として実施するものではないことを啓発を実施する際にも明白に意識する必要がある。

 同和関係者に対する差別意識の歴史を啓発する目的は次のとおりである。すなわち,一般の人が理由のよく分からないままに差別意識を抱いているのは,かかる歴史的事実に由来するのであり,同和関係者に対して無意識的に悪いイメージを持つことも差別感を持つことも,歴史的に継承された偏見であり,現在の事実に照らしてみれば明らかに間違っていること,そしてその間違ったイメージで人を差別することは現行憲法の理念である個々人の人権尊重というヒューマニズムに反することであることを明白に表現することを忘れてはならない。

 なお,部落の歴史以外の知識,情報としては,部落に関する実態調査の結果,地域改善対策事業の内容,同対審の答申,地対協の意見具申,部会報告の内容等があるが,地域の実態の改善状況,国民の意識の変化の動向等について事実をして雄弁に語らしめることを念頭に置きつつ,分かりやすく啓発の内容として取り上げることが重要である。

第2章 啓発の主体,対象及び方法

1 啓発の主体と対象

 啓発の主体と対象については59年意見具申に詳しい記述があるので,同意見具申が詳しく言及していない点の指摘のみにとどめたい。

(1) 啓発の主体の範囲を更に拡大すること

 59年意見具申は,啓発の主体となるベき組織として,学校,地域社会,職場,事業主団体,労働者団体及び行政機関を挙げている。その他には,宗教団体・政党等の政治団体,各種協同組合及びその全国連合会,弁護士,医師,税理士等の職種別の都道府県又は全国レベルの組織等様々な団体が啓発の主体となることができる。

 これらの実施主体は,あくまで自発的に啓発に取り組む姿勢を持つに至ることが重要である。そのためには,行政機関としては,本啓発指針に示したような因習的な差別意識と新たな差別意識の双方の解消を可能とする広い視野を持ち,批判を恐れない勇気のある啓発の指導者を養成するとともに,適切な啓発の素材を準備し,かつ,かかる指導者や啓発の素材の存在を周知させる必要がある。

(2) 啓発の対象が主体となることこそ重要

 前記の啓発の主体となる組織において啓発の対象はそれぞれ,生徒,地域社会の住民,職場の職員,事業主,労働者,公務員,信者等である。59年意見具申において「最終的な啓発の主体は国民である」と言われているとおり,啓発の対象である国民が,自分は同和関係者とその他の人を決して差別はしないという決意を固め,自分自身に世間体を気にする弱い心があれば,それを決然と抑えるとともに,必要に応じて,身近な人々,友人及び親族を粘り強く説得する啓発の主体となることが重要である。

 総論には賛成,だが各論として具体的に自分の身に降りかかったときは反対という,かなり広く見られる態度を打ち破るためには,地域改善対策行政担当者は次のようなことに配意することが重要である。

 まず,第1に,地域改善対策行政関係者及び啓発指導者が自ら啓発の主体となる態度を心の底から確立することである。その上で一般の人々の理解と差別意識の解消を忍耐強く求めることが必要である。これらのことを可能にするためには,えせ同和行為,民間運動団体の組織力を圧力とした問題行動,一部同和関係者の自立向上のための努力の不足などが,みられる場合には,その点を率直に批判できる環境がなければならない。行政は,自らの持てる力を十分活用し,何をおいてもこの自由な意見交換のできる環境を確立しなければすべての啓発の努力はむなしいと言っても過言ではないであろう。

 第2に,啓発の対象者が積極的に議論に参画できる場を確保することである。現に各地でそのような試みが行われているが,自由な発言を保障したところ民間運動団体の立場からみて差別的と思われる発言が相次いだので,民間運動団体の怒りを買ってやめざるを得なかったという事例がみられる。

 しかし,自由な発言を保障する限り,とことんまで保障しなければならず,自らの耳に痛い批判や民間運動団体からみれば差別を拡大助長するとみられ、る発言も保障しなければ,本音で問題を語り合うことはできない。本音で耳「に痛い批判,目先の利害に響く発言も許し合い,忍耐強くお互いに歩み寄りをしなくては,本問題の解決はない。国民と民間運動団体双方の忍耐強い協力を求めるとともに,行政は,断固として自由な意見交換のできる環境を確立しなければならない。

 第3に,同和関係者と一般の人々との交流の機会を頻繁に設け,お互いに尊敬し合い,信頼し合えることを経験として会得することが有効であろう。この場合,小さな間違いやささいな差別的表現は許し合う,寛容さと忍耐強さが双方に求められる。特に,組織された運動団体は,未組織の個人と比較した場合,圧倒的強さを有するのであるから,寛容と忍耐に徹することが望まれる。

 いずれの場合も,パラドックス(逆説)に注意しなければならない。今日の状況においては,差別を激しく糾弾することは,新しい差別を生ぜしめ,差別の解消を迷路に追い込む。一見差別的に見える表現,差別的に見える考え方にも寛容と忍耐を示して節度ある説得又は抗議を行ってこそ,民間運動団体と同和関係者に対する一般国民の信頼と尊敬を得ることができる。そうしてこそ,差別する心の奥深くに切り込み,差別を解消する一筋のけわしい道を切り開くことができるのである。

(3)教育の場における啓発の実施

教育の場における啓発の実施については,重要であるので,特に触れることとしたい。

ア 義務教育期における教育

 この時期は,善悪の判断の基礎が固まる時期であるので,何が正しいことで,何が間違っていることかを教えることが重要である。個人としての自分自身の大切さばかりでなく,他人を大切にし,他人の立場に立って考える態度や習慣を身につけるよう十分に教え,基本的人権尊重の教育が徹底して行われるようにすることが,同和問題解決にとって重要な意義を持っているのである。

 なお,61年意見具申に述べられているように,同和問題そのものについては歴史の教育と並行して教えるなど児童。生徒の発達段階に十分考慮して行われるべきである。

イ 高校・大学等における教育

 この時期は,より円熟したものの見方が育つ時期であり,同和問題に関する歴史的事実及び現代社会における社会学的分析と考察を教えることによって,広い見地から同和問題を考える力を養うことが重要である。

 この場合,従来一部に見られたような同対審答申の記述を絶対視し,他の見方はすべて否定することは避けなければならない。あらゆる見方を実証的に分析する学問的アプローチが重要であり,ここでも自由な意見交換の環境が保障されなければならない。

ウ 差別発言等を契機に学校教育の場に糾弾闘争その他の民間運動団体の圧力等を持ち込まないこと

 学校教育において留意すべきことは,同和教育の過程においてすら,いわゆる差別発言事件が起きることがあるが,その対処方法を確立することである。

 児童・生徒の差別発言は,先生から注意を与え皆が間違いを正し合うことで十分である。差別事件に限らず,どのような場合にも教育の場へ民間運動団体の圧力等を持ち込まないよう,団体は自粛することが望ましい。団体の自粛がない場合には,教育委員会及び学校は,断固その圧力等を排除すべきである。部会報告にもあるとおり,団体の行為が違法行為に該当するときは,警察の協力を求めることが重要である。

2 啓発の方法

(1) これまでの方法の反省と今後の方向

 これまでの啓発は,国の委託等によって主として地方公共団体で行われてきた。その啓発の方法としては,ポスター,はがき,パンフレット,講演会,懇談会,交流会,スライド,ビデオ,テレビ等あらゆるものが既に試みられているが,今後の技術革新によって普及する新しい方法も積極的に取り入れていく精神は重要である。

 さらに,従来の方法の活用方法も見直していく必要がある。本指針に示されたような視野の広い複雑な問題については,比較的長い時間帯を活用できるラジオ番組の活用も見直されてよかろう。また,広い視野で問題を深くとらえ,勇気を持って語り得る講師の養成が急務であるが,当面,その数が限定されているとすれば,テープを活用して講演を聞き,それを基にディスカッションをする方式も採用されてよかろう。

 また,同和問題というテーマに固執せず,興味深いコミュニティー活動や
行事を企画し,住民の広い参加と交流を促進することも極めて有効である。

 さらに,活字離れの世代に対しては,漫画や劇画の活用も有効であろう。ただし,その内容が本指針の示すごとく広い視野に基づいた率直なものでなければ,ワンパターンな画一性を嫌う若者の心をとらえるものとはならないであろう。

(2) 国自らが行う啓発の抜本的改善

同和問題の解決のため,国自らの行う啓発は現在のところ比較的限定されている。既存のものは事なかれ主義に陥っていて,画一的で面白みに欠け,主体的勇気に欠けるものが多い。今後,国の関係行政機関は,両意見具申,部会報告及び本指針の内容を参考にして,率先垂範して全国的に活用可能な啓発媒体の作成,情報資料の収集・提供等の国が行うにふさわしい啓発の推進に努めることが望まれる。

(3)ジャーナリズムに対する情報提供

 61年意見具申でも述べられているように,行政は,プライバシーの保護に配慮しつつ積極的にジャーナリズムに情報,資料を提供するよう努力する必要がある。ジャーナリズムでこの問題が広く取り上げられ,かつ,掘り下げた考察が行われることが最高の啓発活動の一つであるからである。

第3章 啓発の具体例(別冊)〔略〕

地対協基本問題検討部会報告について

地対協基本問題検討部会報告について

1986年8月10日
 全国部落解放運動連合会

 総務庁の地域改善対策協議会基本問題検討部会は、八月五日の総会で、「部会報告書」を発表しました。

 この報告書は、地対協が一昨年六月に行なった「意見具申」の精神をうけつぎ、その論点をより鮮明にしたものであるとともに、全解連が昨年九月に発表した「地対法後の同和行政のあり方についての全解連の見解」(以下、全解連見解)の主旨を反映したものであるところに意義があります。

 その内容の特徴点は次の通りです。

 第一に、部会報告は、これまで同和行政のより処とされてきた同対審答申について、その後の同和地区の実態の改善や同対審答申では触れられていなかった新たな問題の発生等を検討し、「この答申を現在においても絶対視して、その一言一句にこだわる硬直的な傾向のみられる」ことを戒め、「改めて二十余年という時の光に照してその意義を認識していく必要がある」と述べています。

 これは、「解同」の「部落解放基本法」制定の要求に対して「これらの要求の特徴は、同和対策事業十六年間の功罪を不問に付し、総括をぬきにするとともに、部落の現状認識を恣意的に解釈しようとするものであって、到底国民の合意が得られるものでない」と批判している「全解連見解」と同じく、科学的・実証的な立場で今日の問題を論じようとするものであるところに価値があります。

 第二に、部会報告は、今日における「同和問題解決の基礎的条件」として、「同和関係者の自立、向上を阻害し、また、同和問題の国民的理解を妨げている諸要因の解消」をあげています。そしてその要因として、①非合理的な偏見の残滓②部落内外の交流の不足③運動団体の行きすぎた活動④行政の主体性の欠如⑤えせ同和行為の横行等を指摘するとともに、その是正の重要性を強調しています。これ等はみな、「全解運見解」の中で逐一克明にしているところです。

 第三に、部会報告は、部落住民の自立のためには、「同和関係者自らが自立、向上の意欲を持ち、自主的な努力を行うことが不可欠である」と述べるとともに、この「同和関係者の自主的な努力を支援し、その自立を促すこと」が行政の果すべき基本的な役割であるとし地域改善対策事業等は、当然この住民の「自立に寄与するものでなければならない」と、その役割を明確にした上で、「合理性が疑問視される給付や特例」の見直しを提起しています。

 これは、「自立こそ部落解放への橋渡しである」とし、そのために意欲・情熱・展望・勇気を持ってとり組むこと、不公正乱脈な同和行政の是正を要求している全解連の主張と一致するものです。

 第四に、部会報告は、えせ同和行為の横行を国民の理解を妨げる大きな要因とするとともに、民間運動団体の確認・糾弾という誤った行動の是正を求めています。しかも「解同」等の確認・糾弾は、法律や判例に照して「他人に何らかの義務を課する」根拠のないことを明らかにし、その存在意義を否定する立場を明確にしています。さらに差別行為の法規制問題について、政策論・法律論を展開してこれを退けていることはさきの地対協意見具申から見て、前進的なものとして評価されます。

 第五に、部会報告は、地対法後の同和行政について、原則的には一般行政への移行をめざしながらも、「真に必要なものは地対法失効後においても実施して行く必要がある」とし、これは、「事業の完了と自立・融含をめざす新たな時限立法」の制定を要求している「全解連見解」を反映したものであるところに積極的な意義がうかがえます。

 しかしこの部会報告は①真に必要な事業や、同和関係者の自立、向上という内容が明確にされていないこと②今日のように政治反動が強化されている下で、自立の条件の後退や事業の打ち切り、引き下げ等の危険のあることについて論外におしやっていること③同和行政の見直しや是正についても、行政責務として具体化し、どう実行するかが明確でなく、過去の例のように空念仏に終る危惧があること等、他にも問題があることは否定できません。

 私たち全解連にとって民主勢力とともに、この報告書の前進面を拡め定着させるとともに、その弱点を克服して民主主義と部落解放の前進をかちとるために、主体的な取りくみをすることが今後の課題です。

地対協「報告書」「意見具申」の評価と「大阪府同和教育基本計画」批判

同和教育の民主的前進のために

地対協「報告書」・「意見具申」の評価と「大阪府同和教育基本計画」批判について

大阪教職員組合 教育文化部

討議資料 「大阪教育」号外 1987年2月10日

はじめに

 部落解放同盟(「解同」)やそれにゆ着した行政による教育への介入をきびしく批判する政府機関の報告書と意見具申が出されました。総務庁の諮問機関である地域改善対策協議会(地対協)が、八月五日に発表した「基本問題検討部会報告書」とそれを踏まえて十二月十一日に政府に提出した「今後における地域改善対策について(意見具申)」がそれです。これらは、公正民主の同和教育行政を求める国民世論を反映したもので、大阪府・市政や教育委員会に痛打を与えるものです。

 大阪では依然として、児童・生徒の主として未熟さや不十分さからくる言動を「差別だ」と決めつけて、子どもや親、教師を糾弾したり暴力をふるうといった事件があとをたちません。また、解放教育副読本「にんげん」の配布が強制されたり、「にんげん」実践研修会への参加強要など、「にんげん」を使わなければ同和教育でないといった雰囲気が教育現場に持ち込まれたりしています。そして一般校の二倍を超える教員が同和校に配置されるといった同和加配が続けられています。これらは、一民間運動団体にすぎない「解同」にゆ着した大阪府・市や教育委員会が、その運動を強引に教育現場に持ち込んできたことによるものです。

 今回の部会報告書と意見具申は、こうした「解同」の暴力的な「確認・糾弾行為」や教育介入などが同和問題の解決を阻害していると指摘しており、大阪府・市や教育委員会など行政当局は改めてきびしい反省を求あられています。

 ところが大阪府教委は、この二つの文書の趣旨にまったく逆行し、偏向同和教育をさらにすすめる「大阪府同和教育基本計画」なるものを策定しました。

 大教組は、このような状況をふまえ、自主的民主的な同和教育の真の発展を願う立場から、これらの文書に対する基本的な見解を明らかにし、職場での討議を要請するものです。

一、地対協報告書・意見具申の意義

 報告書と意見具申は、幾つかの弱点を含みながらも、全体としてみれば、部落問題の真の解決を求める民主勢力の運動や、同和行政の公正民主化を願う広範な国民世論を反映した内容となっています。
差別は解決の方向に向かっている

 意見具申は部会報告書を踏まえ、今日、部落の生活環境や住民の生活実態が著しく改善された結果、「同和地区と一般地域との格差は、平均的にみれば相当程度是正された」と指摘。心理的差別についても「その解消が進んできている」としています。

 例えば、法律が制定施行されて以来十七年間に政府が投入した同和対策事業費は二兆六千億円、大阪府下では一兆二千億円にのぼっています。この結果、例えば住居の広さや畳数は全国水準とほぼ同等、高校進学率は三〇%台であったのが八八%台にまで飛躍的に向上してきています。地区外住民との婚姻は今では六割強にのぼっています。これは、憲法施行後の四十年の間に、基本的人権を守り発展させる労働者。民主勢力、国民のたたかいが紆余曲折や不十分さを含みながらも前進し、この力と、部落内外の民主勢力の差別解消をめざすたたかいによって、部落差別が解決の方向に向かっていることを示すものです。

 「差別は拡大再生産している」として同和行政を肥大化させてきた「解同」の主張が、こうした成果や実態には目を向けず、同和対策事業を半永久的に続けさせて利権あさりを「拡大再生産」しようとする虚構でしかないことを、報告書と意見具申は実証しています。

同和問題解決の基礎条件

 同和問題の解決を阻害している要因を具体的に指摘した報告書にもとついて、意見具申は「これまでの行政機関の姿勢や民間運動団体の行動形態等に起因する新しい諸問題」が「同和問題の解決を困難にし、複雑にしている」として、同和問題解決の今日的課題を幾つか指摘しています。

①「確認・糾弾行為」は、自由な意見交換を阻害する

 報告書と意見具申は、同和問題をタブー視することなく、自由に意見を公表し討論することが、同和問題解決の前提条件であることを明らかにしています。そして、それを阻害する大きな要因に「民間運動団体」の基本的人権を無視した「確認・糾弾行為」があると指摘しています。ここでいう「民間運動団体」が部落解放同盟をさしていることは言うまでもありません。

 報告書は、「民間運動団体の確認・糾弾という激しい行動形態が、国民に同和問題はこわい問題、面倒な問題であるとの意識を植え付け」、行政機関や新聞社、放送局、出版社等、ジャーナリズムなども、「確認・糾弾」を恐れて自由な発言や広報活動を行っていないと指摘し、「同和問題について自由な意見交換のできる環境づくり」を提言しています。

②「糾弾権」を明確に否定

 報告書は、「本来的には、何が差別かというのは、一義的かつ明確に判断することは難しいことである。民間運動団体が特定の主観的立場から、恣意的にその判断を行うことは、異なった意見を封ずる手段として利用され、結果として、異なった理論や思想を持つ人々の存在さえも許さないという独善的で閉鎖的な状況を招来しかねない」としています。

 これは、「矢田事件」にみられるように、大阪市教組東南支部の組合役員選挙で組合員に訴えた木下浄教諭の「あいさつ」を「差別だ」と断定して以来、数々の蛮行を重ね、人々の思想・信条の自由を侵害してきた「解同」の行為を明確に否定しているものです。

 また、さらに報告書は、「基本的人権の保障を柱とする現憲法下において」は、「確認・糾弾行為については、当然見直されねばならない」としています。

 これは、かりに差別があっても、差別が基本的人権を侵し、民主主義に背くものであることを国民相互の自由で自主的で民主的な批判と自己批判によって、理解しあい、納得しあい、合意することで解決すべきものであり、そのような国民のなかでの民主主義の成長にゆだねる条件を現憲法が持っているとする立場です。

 この立場から、「解同」に差別の「審判権」があるとする考えがきっぱりと否定されています。

 また「糾弾権が存在するとの主張が一部に見られるが」「糾弾権の根拠となる法律がないことは言うまでもな」く、「判例においてもそのような権利は認められていない」と、「糾弾権」そのものが否定されています。

 ところが「糾弾権」を「天賦の人権」などと暴言する「解同」幹部は、これまでにも何かにつけて「差別だ」と決めつけ暴力的な「確認・糾弾」を繰り返してきました。大阪市では、一昨年美津島中学校での「差別」事件にかかわって「確認・糾弾会」が組織されましたが、大阪市教組北大阪支部や教職員、民主勢力のたたかいで、確認会への参加は「教職員の自主的判断」との市教委答弁を引き出しています。

 報告書はこの点について、「確認・糾弾行為は、被害者集団による一種の自力救済的かつ私的裁判的行為であるから、被糾弾者が当然にこれに服すべき義務を有するものではない」、「確認。糾弾」の「場に出るか否かはあくまでも本人の自由意思によるべきことは当然」、「確認・糾弾行為は、被害者集団によって行われるため、被糾弾者の自由意思に基づいて行われるものであっても、勢いの赴くまま、行き過ぎたものとなる可能性がある」、「糾弾会への出席が、民間運動団体の直接の圧力によって余儀なくされる場合もあり、真に自由意思に基づくものかどうか疑わしい場合もあろう」など、大教組や民主勢力がこれまで指摘してきた「解同」の「糾弾」の不当性を詳細に追及しています。

③「解同」の学校教育への介入を許さず

 意見具申は、「解同」が「教育の場に介入し、同和教育にゆがみをもたらしている」と厳しく批判、同和教育の推進に当たっては、教育と運動を区別し、教育の自主性が守られなければならないと指摘しています。

 これはすでに大教組の運動方針などでも明らかにされてきたところであり、政府の一機関でさえこれを見過ごすことはできないことを明確にあらわしています。

 「部落民以外は差別者」などという対立と分断をあおる偏った「解放教育」を、「にんげん」のおしつけや研修会への参加強要などといったかたちで学校教育へ持ち込んだり、解放教育映画「人間の街」を行政機関を使って上映しこれに動員させるなど、「解同」と行政による教育への介入は、とりわけ大阪では目にあまるものがあります。最近でも例えば大東市で、一連の「差別事象」を口実に「解同」が市教委を屈服させて学校教育に介入し、その中で教職員が殴打されるといった事態が生じています。

 また、子どもたちの発達段階を無視して、いたいけな子どもたちにゼッケンをつけさせてビラまきやデモ、同盟休校までさせてきた「解同」の乱暴なやり方についても、意見具申は「児童生徒の発達段階に応じて無理なく行われる」ことが重要であるとして、批判しています。

 「教育は不当な支配に服することなく」と定めた教育基本法*1にも反するこうした介入に対し、報告書は「行政機関は毅然たる姿勢で臨むこと」と反省を迫っています。

④「解同」による同和行政の私物化を許さず、行政は主体性を発揮せよ

 報告書は、「同和教育を口実にして利権を得る、いわゆるえせ同和行為等」が部落問題の解決に逆行していることに言及しています。  解放会館など「公的施設の運営が特定の民間運動団体に独占的に利用されている例」や「解同」に「加入していない同和関係者の施策の適用が結果として排除されるという例」などは大阪では枚挙にいとまがありません。こうした「解同」幹部による同和事業の私物化や、さらに「同和建設協会」業者による入札の独占などといった利権あさりも、府民の怒りをかっています。

 これらはみな民主勢力が一貫して指摘し批判してきたものであり、意見具申でも、その解消のために行政機関が「主体性を保持し、き然として地域改善対策等の適正な執行を行わなければならない」と指摘しています。

今後の同和行政のあり方

①「差別の法規制」=「興信所条例」を否定

 報告書は、差別行為を法律で規制すべきであるとする「解同」の主張について、大阪府の「興信所条例」を名指しであげてこれを批判しています。「興信所条例」は「解同」の強い要求のもとに岸府政が多くの反対を押し切り、八五年三月に制定したもので、こうした差別行為に刑罰を課することは、差別の解消どころか「差別意識の潜在化・固定化につながりかねない」と指摘しています。これは、「差別の法規制」を柱とする「部落解放基本法」制定の策動をもきびしく批判するものです。権力などが行う差別は別として一般の人々のなかでの部落差別行為の解決のみちすじは、法律で罰するのでなく、人々の批判と討論を経て、基本的人権への理解と自覚をつくり上げることこそ本道であり、あくまで民主的に解決されていくべきものです。

②住民の自立を促すことが基本

 意見具申は、これまでの同和行政が同和関係者の自立を軽視してきたことについて触れ、今後は住民の自立を基本にすすめるべきであると指摘。そのため、行きすぎた同和行政を改め、一般行政に移行することを提言しています。

 不公正乱脈の同和行政は、部落住民の自立を遅らせるだけでなく、部落外の人々から「逆差別」との批判をかい、部落内外の国民の融合を阻害するものでしかありません。部落問題の真の解決は、同じ国民として部落民であるかないかがわからなくなり、それを問うこともしなくなる融合が遂げられた時をいいます。同和行政の肥大化・永久化はかえって部落の内と外に垣根をつくるものであり、解決の方向に逆行するものです。

③ 残事業を達成するための時限立法

 法律が制定施行されて以来、同和事業は大きく前進してきましたが、なお幾らかの必要な事業が残されたままになっています。しかし、地対法失効後はこれをやりとげる法的保障はありません。

 意見具申は、新たにこの点について、新規の時限法をつくることを提言しています。これは、真に必要な残事業を達成して一般行政へ移行準備するための五年期限の新しい法律をつくることを提案してきた全解連などの主張を反映したものといえます。また、これは、「解同」のいう「部落解放基本法」のような永続法をきっぱりと否定するものです。

二、報告書・意見具申の弱点と今後の課題

 ところで、部会報告書は以上のような積極面・前進面を持ちつつも、なお幾つかの弱点を残しています。

① 上からの同和教育のおしつけ

 第一に、報告書・意見具申は、同和行政是正の具体化を怠ってきた政府の責任を追及していません。一方で、啓発活動や同和行政の推進に当たっては「国のリーダーシップが重要」とか「国は、積極的な助言、指導を行うべきである」として、上からのおしつけを強化しようとしています。これでは同和教育の徳目化や政府作成の「道徳」の一方的なおしつけをすすめることになり、国民が主体となった真の啓発はのぞめません。

②「公益法人」の設立

 また、「一つの方法」として、「国を始め、都道府県、市町村等が参画した公益法人」を設立し、その法人が調査研究、研修等の事業をすすめるという案を示しています。しかし、大阪で顕著なように、府同和事業促進協議会(府同促)や部落解放研究所など「解同」の息のかかった「公益法人」を乱立して同和行政をすすめてきたことが、今日の不公正乱脈ぶりを助長し、「解同」と行政のゆ着をすすめてきたことは明らかです。「公益法人」設立を促すことは、大阪では、「解同」と行政のゆ着を免罪することに利用される危険性を持っています。

③ 残事業達成め財政的保障が不明確

 また、残された事業を推進するうえで、政府予算による財政的保障が重要です。しかし、軍拡と臨調「行革」路線の強行のもとで、岬その保障が十分に措置されない可能性をはらんでいます。これに対するとりくみが必要となっています。
報告書・意見具申の積極面を活用し、分会・職場での学習・討論を

 一方、地域改善対策特別措置法(地対法)の期限切れを八七年三月にひかえて、「部落解放基本法」制定の策動が「解同」と行政ゆ着のもとですすめられています。これは、部落差別の固定化と同和を口実にした利権あさりの半永久化をねらうものです。

 また、こうした動きと呼応して、大阪府は「基本法」の”教育版”といえる「大阪府同和教育基本計画」なるものを八月二日策定しました。

 「解同」とそれにゆ着した行政を真正面から批判した政府機関の報告書と意見具申が出されたことであせりを感じる「解同」と大阪府・市は、必死の巻き返しをはかろうとしています。こうした動きの中で、報告書の前進面を積極的に活用し、すべての分会・職場から学習と討論をすすめ、同和行政の歪みを正していく運動を発展させることが、いま求められています。

三、地対協報告書・意見具申に逆行する「大阪府同和教育基本計画」

 地対協部会報告書の発表と前後して、大阪府は「府同和教育基本計画」なるものを同対審総会において策定報告しました。

 国民的批判によって、暴力による糾弾は全国的には少なくなっているにもかかわらず、大阪では依然として「確認・糾弾行為」があとを断ちません。これは、大阪では岸府政のもとで行政によるてこ入れが、例えば同和研修や同和加配、「にんげん」おしつけなどといったかたちで続けられているからにほかなりません。

 こうした偏向した同和教育行政は、「同和教育基本方針」や「同和教育具体的施策」をたてにして行われてきたものですが、今回の「基本計画」はこれを受け継ぎ「追加・補充」するもので、昭和六五年度まで継続させることが明記されています。これは地対法期限切れを前に、岸府政が「解同」と一体になって画策したものであることは明らかです。そして、「部落民以外は差別者」などという対立と分断をあおる「部落排外主義」を持ち込むことによって府民・教職員の団結を崩し、分断して管理・支配していく道具にしようとするものにほかなりません。

 「基本計画」は、とりわけ次のような重大な問題を持っています。

① 偏向した「同和教育」おしつけの拡大

 「基本計画」は、これまで「大阪府同和教育基本方針」によって主に義務教育を対象としていたものを、就学前・高校・私学・大学・社会教育と、教育のあらゆる分野にまで偏向した同和教育行政をひろげています。これは、対立と分断をあおる偏向教育で府民の意識を生涯にわたって染め上げようとするものです。

 そして「にんげん」おしつけ強化や、これまで三五人基準であった同和校の学級編制をさらに「原則として三〇~三五人」として加配を強化するなど、一般校の四〇人学級早期完全実施を求める府民の切実な願いには背を向けた反府民的なものとなっています。

② 誤った教育目標のおしつけ

 「基本計画」は、「差別をしない、差別を許さない実践力」を児童・生徒に身につけさせるなどとしています。しかし、これは偏向した同和教育の目標です。

 なぜならこの課題は一人前の大人、社会人に求められる目標です。しかし、学校教育の中で追求されるべき同和教育の正しい目標は、子どもたちが、基本的人権尊重の認識を身につけることです。つまり、人間同士がお互いに相手の人格を尊重しあうことの大事さをわかるように教育することです。そしてこうした教育の結果、差別したりそれを許すことが誤りであることを自覚できる大人に成長することをめざすものです。

 「基本計画」の同和教育目標は、一人前の大人に求めるべきことを、未熟な子どもたちに要求するものであり、また、この目標を課題としている特定団体の運動に教育を従属させる目標設定です。また、このような目標は、子どもたちが差別することが誤りであることを理解し、納得し、自覚にまで高めるのを助ける教育としての目標でないため、「徳目」をおしつける「同和道徳」ともいうべき、誤った教育活動におちいる危険性をもつものです。

 このような偏向した目標のために、子どもたちの間に、「差別者」と「被差別者」をつくり出し、友情や連帯を破壊することになったり、子どもや教職員を追及し、糾弾することが、数多く起こって、学校らしい自由な雰囲気がそこなわれてきました。これが教育荒廃をひろげる重大な要因の一つになってきたことは言うまでもありません。

③「プロジェクトチーム」の設置

 これまで大阪でしばしば、児童・生徒の落書きや発言を「差別」と決めつけ、その「採用」や「保存」をさせて、それをもとに「確認・糾弾」を行うなどといったやり方で「解同」の不当な教育介入がすすあられてきました。「基本計画」は、これをあらたに「教育にかかわる差別事象プロジェクトチーム」なるものをつくっておしすすめるとしています。これは「解同」や行政の教育介入を合法化するもので、教育基本法や地対協報告書・意見具申に逆行するばかりか、「差別」狩りや「差別」のあらさがしが新たな教育荒廃をもたらすという意味でも、重大な問題をはらんでいるものです。

④ 教職員への統制・抑圧の強化

 「基本計画」は、「教職員の資質の向上」と称して、各分野ごとの「同和教育研修講座」や「校内研修」の「充実」をはかるとしています。これは「教員の資質向上」などといって上から研修を強化し、「もの言わぬ教師づくり」をすすめようとする教育臨調のねらいと軌を一にするものです。今回の「基本計画」策定は、中曽根自民党政治による教育臨調攻撃が、大阪では同和教育を利用しこれをてこにしてすすめられようとしていることを明確にあらわしています。

⑤ 「解同」との一体化の推進

 同和事業の独占的管理をすすめる役割をになってきた財団法人大阪府同和事業促進協議会(府同促)や、「解放教育」をイデオロギー的に補強する役割を果たしてきた部落解放研究所が、大阪における「解同」ゆ着の偏向同和行政をさまざま支えてきた問題点はこれまで何度も指摘されてきた通りです。にもかかわらず「基本計画」は、これらとの「連携」をさらに強めることを明記しています。これは、政府機関でさえ言わざるをえなくなってきた「民間運動団体」とのゆ着、「行政の主体性の欠如」をいっそう推進させようというもので、地対協報告書・意見具申と国民の世論に真っ向から対立するものです。

憲法・教育基本法にそった教育行政を

 「解同」に追随・屈服し、いいなりになって現場の教師を強制配転した「矢田事件」に対し、最高裁は十月十六日、大阪市教委をきびしく断罪する決定を行いました。事件発生以来十七年ぶりの教師側の全面勝訴は、「解同」の無法とこれに追随しながら教職員への統制・支配にこれらを利用してきた大阪市教委に鉄槌を下すものです。

 また「解同」の暴力とたたかった教師を転任処分にするという「吹田二中事件」では、最高裁は十月二十三日、不当処分を容認する決定を行いながらも、「解同」の蛮行を許した吹田市教委の姿勢については批判せざるを得ませんでした。

 「解同」とそれとゆ着した行政による不当な教育介入の排除を強く求める声は、今や政府機関や最高裁においてさえ無視できないものとなってきています。

 大教組はすでに、運動方針などで、教育への不当な介入を批判し、自主的民主的な同和教育を推進することをよびかけています。本来、同和教育とは、①基本的人権の尊重の認識を身につせさせる、②永年の部落差別のもとで生じている教育条件の格差を是正する、という二点に要約されるもので、これは民主教育の目標そのものです。同和教育を民主教育の一部として位置付け、偏向教育目標ときっぱり手を切り、憲法・教育基本法にそった自主的な教育目標をつくることが大切です。そのためにも、「解同」の無法と不公正乱脈の同和行政を一刻も早く改めさせ、自由にものが言える条件づくりを、広範な父母・府民と一つになってすすめていく取り組みが、いま強く求められています。

*1 この文で教育基本法とは1947年制定の教育基本法のことを言う

今後における地域改善対策について(意見具申)

今後における地域改善対策について(意見具申)

昭和61年12月11日
地域改善対策協議会

 

 昭和四十年同和対策審議会答申(以下「同対審答申」という。)が内閣総理大臣に提出されて以来二十一年余の月日が経過した。同対審答申を受けて昭和四十四年に同和対策事業特別措置法(以下「同対法」という。)が十年の限時法として制定施行されて以来、同法の三年間の延長、それに引き続く地域改善対策特別措置法(以下「地対法」という。)の制定施行と、これまで三度にわたり立法措置が講じられ、十八年間に及び地域改善対策が推進されてきた。その成果は、少なからぬものがあったと評価できる。

 そして、その成果に加うるに、この間の社会経済の発展もあり、同和地区の実態を始め、地域改善対策をめぐる現状は、同対審答申が当時前提としたものと比べ、大きく変わってきている。第一に、同和地区の実態が相当改善されたことであり、第二に、同対審答申では全く触れられていない新しい問題が生じていることである。

 今日、同和問題の解決を積極的に図ろうとする同対審答申の精神は受け継ぎつつも、同和問題の現状を踏まえ、同和問題の根本的解決のために、今後、真に必要なものは何かという原点に立ち返った基本的検討を行うべき時期が到来している。本協議会は、このような認識に立って、来年三月末で失効する地対法後の対策の在り方について審議し結論を得るに先立ち、本年一月、基本問題検討部会(以下「部会」という。)を設置し、同和問題解決に向けて、この際、基本的に検討しておかなければならない課題とその解決策及び地域改善対策のこれまでの実績と今後の課題について検討することをゆだねた。部会は、二月以降十三回にわたり精力的に審議を重ねた後、八月五日、本協議会総会に基本問題検討部会報告書(以下「報告書」という。)を提出した。本協議会は、部会から報告書の提出を受けた後、幅広く国民各層の批判を仰ぐため、報告書を公表するとともに報告書の内容を踏まえ、標記の件に関し審議を重ねてきた。報告書が公表されて以降、地方公共団体、民間運動団体、ジャーナリズム、一般国民等から報告書に対する様々な意見が表明された。また、本協議会の場においても、その審議の過程で地方公共団体の地域改善行政担当者の代表や民間で同和問題に取り組んできた有識者等から報告書の内容、地対法失効後の措置等に関し意見聴取を行った。

 本協議会においては、報告書の内容を踏まえ、これらの意見等も参考にしながら鋭意検討を続けてきた結果、この度、今後における地域改善対策について下記のとおり意見を具申することとした。政府におかれては、本協議会の意見を尊重し、同和問題の解決のため、所要の対策を一層強力に推進されるよう要望するものである。

1、地域改善対策の現状に関する基本的認識

 同対審答申を受けて昭和四十四年に同対法が制定施行されて以来、十八年間にわたり地域改善対策が積極的に推進されてきた。ちなみに、昭和四十四年度から昭和六十一年度の間における国の地域改善対策予算額を合計すれば、約二兆六、○○○億円に達する。また、地方公共団体においては、国の負担・補助を受けて実施する事業及び独自に実施する事業に国費を上回る額を投入して対策を実施してきている。

 これらの対策の推進により、同対審答申で指摘された同和地区の劣悪で低位な実態は、大きく改善をみた。生活環境の改善を始めとして、同和地区の生活実態の改善、向上が図られたことにより、現在では、同和地区と一般地域との格差は、平均的にみれば相当程度是正されたといえる。また、心理的差別についても、内外における人権尊重の風潮の高まり、各種の啓発施策及び同和教育の実施、実態面の劣悪さの改善等によりその解消が進んできている。

 同対審答申は、部落差別は、半封建的な身分的差別であり、これを分類すれば、言語や文字や行為を媒介として顕在化する心理的差別と、劣悪な生活環境等同和地区住民の生活実態に具現されている実態的差別に分けることができることを指摘した。

 今日、これらの差別の解消が進んできたことは、同和問題の解決にとって大きな前進であるといえる。

 反面、これまでの行政機関の姿勢や民間運動団体の行動形態等に起因する新しい諸問題は、同和問題に対する根強い批判を生み、同和問題の解決を困難にし、複雑にしている。

 これらの新しい諸問題は、同対審答申では全く触れられていないが、今後における同和問題の解決にとって、大きな障害であり、それらを克服することは同和問題の解決にとって極めて重要な課題である。

2、地域改善対策の今日的課題

(1) 今日的課題

 今日、同和地区における実態面の改善に比べて、心理的な差別の解消は、不十分な状況にある。  同和地区の実態が大幅に改善され、実態の劣悪性が差別的な偏見を生むという一般的な状況がなくなってきているにもかかわらず、差別意識の解消が必ずしも十分進んできていない背景としては、昔ながらの非合理な因習的な差別意識が、現在でも一部に根強く残されていることとともに、今日、差別意識の解消を阻害し、また新たな差別意識を生む様々な新しい要因が存在していることが挙げられる。近代民主主義社会においては、因習的な差別意識は、本来、時の経過とともに薄れゆく性質のものである。実態面の改善や効果的啓発は、その過程を大幅に早めることに貢献する。しかし、新しい要因による新たな意識は、その新しい要因が克服されなければ解消されることは困難である。

 新しい要因の第一は、行政の主体性の欠如である。現在、国及び地方公共団体は、民間運動団体の威圧的な態度に押し切られて、不適切な行政運営を行うという傾向が一部にみられる。このような行政機関としての主体性の欠如が、公平の観点からみて一部に合理性が疑われるような施策を実施してきた背景となってきた。また、周辺地域との一体性や一般対策との均衡を欠いた事業の実施は、新たに、「ねたみ意識」を各地で表面化させている。このような行政機関の姿勢は、国民の強い批判と不信感を招来している。

 第二は、同和関係者の自立、向上の精神のかん養の視点の軽視である。同和問題の解決のためには、同和関係者の自立、向上が達成されなければならないが、これまでの対策においては、同和関係者の自立、向上の精神のかん養という視点が軽視されてきたきらいがある。特に、個人給付的施策の安易な適用や、同和関係者を過度に優遇するような施策の実施は、むしろ同和関係者の自立、向上を阻害する面を持っているとともに、国民に不公平感を招来している。

 第三は、えせ同和行為の横行である。民間運動団体の行き過ぎた行動に由来する同和問題はこわい問題であり、避けた方が良いとの意識の発生は、この問題に対する新たな差別意識を生む要因となっているが、同時に、また、えせ同和行為の横行の背景となっている。えせ同和行為は、何らかの利権を得るため、同和問題を口実にして企業・行政機関等へ不当な圧力をかけるものであり、その行為自体が問題とされ、排除されるべき性格のものであるが、このような行為は、これまでなされてきた啓発の効果を一挙にくつがえし同和関係者や同和問題の解決に真剣に取り組んでいる民間運動団体に対する国民のイメージを損ね、ひいては、同和問題に対する誤った意識を植え付ける大きな原因となっている。行政機関は、えせ同和行為が横行しているという事態を深刻に受け止めるべきである。

 第四は、同和問題についての自由な意見の潜在化傾向である。同和問題について自由な意見交換ができる環境がないことは、差別意識の解消の促進を妨げている決定的な要因となっている。民間運動団体の行き過ぎた言動が、同和問題に関する自由な意見交換を阻害している大きな要因となっていることは否定できない。いわゆる確認・糾弾行為は、差別の不合理性についての社会的認識を高める効果があったことは否定できないが、被害者集団によって行われるものであり、行き過ぎて、被糾弾者の人権への配慮に欠けたものとなる可能性を本来持っている。また、何が差別かということを民間運動団体が主観点な立場から、悠意的に判断し、抗議行動の可能性をほのめかしつつ、さ細なことにも抗議することは、同和問題の言論について国民に警戒心を植え付け、この問題に対する意見の表明を抑制してしまっている。

 今後、心理的差別の解消を促進し、同和問題に対する国民の理解と協力を得ていくためには、これまで推進された啓発や人権擁護対策に加えて、以上のような諸要因を是正していくことが不可欠である。それ故、行政の主体性の確立、同和関係者の自立、向上の精神のかん養、えせ同和行為の横行の排除、同和問題について自由な意見交換のできる環境づくりは、同和問題解決のために成し遂げるべき極めて重要な今日的課題である。

(2) 今日的課題を達成するための方策

 今日的課題を達成していくためには、行政機関の姿勢や民間運動団体の在り方が極めて重要である。

 行政機関は、その基本姿勢として、常に主体性を保持し、き然として地域改善対策等の適正な執行を行わなければならない。そのためには、行政機関は、今日、改めて民間運動団体との関係について見直すことが必要である。国は、もちろん、率先して断固たる主体性を常に保持すべきであることは言うまでもないが、民間運動団体と身近に接触する機会の多い地方公共団体においては、その対応に腐心している状況もみられるので、そのような地方公共団体の主体性の確立については、国は、積極的な助言、指導を行うべきである。例えば、国が民間運動団体と行政機関との望ましい関係の在り方に関する具体的な基準や行政の主体性を確立するためのチェックポイントを明らかにすること等は有効な手段と考えられる。さらに、同和問題について行政職員の理解を十分深めることは、主体性の確立のためのいわば前提であり、そのための研修等の施策が一層拡充される必要がある。

 同和関係者の自立、向上の精神のかん養は、今後の啓発の重要な目標のひとつとして取り上げられる必要があり、そのための積極的な啓発活動が推進されなければならない。また、同和関係者の自立意欲の向上のための民間運動団体の取り組みに期待するところは大きい。

 えせ同和行為の排除のためには、関係行政機関等の緊密な連携と幅広い取り組みが必要である。企業・行政機関等が、不当な要求は断固として断り、また、不法な行為については、警察当局に通報する等厳格に対処することが必要となるが、そのような望ましい対応の在り方については、行政機関が積極的に啓発活動や行政指導を行うべきである。また、警察当局においても、えせ同和行為排除のための強力な対策を推進する必要がある。

 同和問題について自由な意見交換ができる環境をつくっていくためには、プライバシーの保護に配慮しつつ、行政機関が同和問題に関する情報、資料をできるだけ公開し、国民、ジャーナリズム等に積極的に提供していくことが重要である。また、差別事件は、司法機関や法務局等の人権擁護のための公的機関による中立公正な処理にゆだねることが法定手続きの保障等の基本的人権の尊重を重視する憲法の精神に沿ったものである。また、そうすることが、一見う遠のごとく見えても、結局は同和問題の解決に資することになるのであり、国は、その旨地方公共団体等を指導し、また啓発に努めるべきである。なお、差別事件の公的機関による処理を更に推進するため、人的資源の充実等現在の人権擁護行政の体制が更に強化、拡充されるべきである。

3、地域改善対策事業のこれまでの実績と今後の課題

(1) 地域改善対策事業のこれまでの実績

 地域改善対策事業として、昭和五十七年度から昭和六十年度までの間に、約七、五〇〇億円の国費が投じられた。昭和六十一年度の地域改善対策予算は、約二、一〇〇億円であるので、地対法の有効期間内の国費は、合計約九、六〇〇億円に達することになる。また、地域改善対策事業のうち、生活環境の整備等の物的事業については、地対法の有効期間内の国費は、約八、五〇〇億円に達する。地対法制定当時、同法の有効期間内に実施すべきものとして予定された事業量(国費)は、当時の価格で七、○○○億円程度であるので、量的には、十分、それに見合う国費が投入されてきたことになる。

 これまでの対策の成果として、同和地区の生活環境は、大きく改善されるとともに、教育や就労の面においても、若年層を中心に改善・向上がみられる。

 ちなみに、総務庁が、昨年十一月三十日現在で実施した「昭和六十年度地域啓発等実態把握」(以下「実態把握」という。)の結果によれば、

ア、同和関係者と一般住民との婚姻の増加がみられ、特に、三十歳未満の若年層では約六割が一般住民との婚姻であること。

イ、高校等への進学率が同対審答申当時と比べ飛躍的に向上しており、若年層ほど高等教育修了者の割合が高いこと。

ウ、一人当たりの居住室畳数、専用設備、接道等居住水準や居住環境は、面的事業の推進等により、現在では、全国的な水準とほぼ同様の水準にまで改善されていること。

エ、その他、常用雇用者の増加等がみられること

等が明らかになっている。

 一方、同和地区の生活実態面で、全国水準と比べまだ格差がある主な点としては、

ア、生活保護世帯を含めた住民税非課税世帯の割合が高いこと、

イ、不安就労者や小規模零細企業の割合が高いこと、

ウ、高校等への進学率になお若干の格差がある

こと等である。

 また、意識面においても、学校の授業、広報、研修会等により同和問題を知るに至った人々が四分の一となっており、同和教育や啓発活動の普及をうかがわせる結果となっている。今後とも特別対策が必要かどうかについては、同和地区内外の住民に格段の差が認められ、必要だと答える住民の割合が同和地区外では一割程度であるのに対し、同和地区内では約七割となっている。

 なお、農林水産省が昭和六十一年度に実施した全国同和地区農林漁業実態調査によれば、同和関係農家においては、農業用機械の普及・向上、これに伴う農業従事日数の減少、家畜飼養規模の拡大等に改善が見られた。反面、関係府県における一般農家に比べ、耕地面積は昭和五十年時と同じく三分の二程度と少なく、不安定兼業農業の割合は高く、しかも、農産物販売金額は全体的に低位状態にある等の格差のあること等が明らかになった。

(2) 地域改善対策事業の今後の課題

 地域改善対策が、これまで着実な成果を挙げてきた一方で、今後、達成されるべき課題も残されている。

 今後に残される課題の第一は、差別意識の解消の問題である。差別意識の解消は、現在十分な状況とは言い難く、依然、差別事件の発生がみられる。因習的な差別意識や新たな差別意識の解消を促進することは新たな差別意識を生む要因を取り除くとともに、人権尊重の立場でねばり強く啓発活動を展開し、差別を生み出している心理的土壌を変えていくことによってのみ可能となる。

 啓発活動は、今後における地域改善対策の重点課題であり、その在り方については、昭和五十九年六月の本協議会の意見具申及び本意見具申を十分踏まえた積極的な啓発活動の推進を強く要請するものである。

 なお、今後、啓発活動の推進に当たっては、同和問題の啓発に関する情報等が都道府県、市町村、民間企業、国民の各主体相互の間で迅速に伝達されるよう一層の工夫を行うことが望まれる。そのための一つの方法としては、国を始め、都道府県、市町村等が参画した公益法人を設立し、その法人が情報の迅速な伝達やえせ同和行為その他同和問題に関する相談活動並びに同和問題に関する調査研究及び研修等の事業を実施することが考えられる。

 また、広く国民の人権尊重の精神を高めていくためには、啓発活動の重要な一翼として、学校教育や社会教育の果たすべき役割は、今後とも大きい。なお、同和教育の推進に当たっては、児童生徒の発達段階に応じて無理なく行われるとともに、地域のニーズに即応した効果的な内容、方法で行われることが重要である。

 第二は、地域改善対策事業のうち、住宅地区改良事業等については、一部に事業の取組が遅れている地域がみられ、全国的にみるとその進捗状況に格差がみられることである。これらの物的事業については、地対法施行後新たに事業実施について要望が出されていることや用地取得に関する調整の難航等により当初計画どおりに整備が進んでいないこと等から昭和六十二年度以降の事業量も見込まれている。

 第三は、雇用、産業振興の分野において、これまで、職業の安定や産業の振興のための特別対策が講じられてきたが、実態把握の結果をみても、全国水準と比べれば、依然同和地区における不安定就労者や小規模零細企業の割合が高いことである。

4、今後の地域改善対策の在り方

(1) 行政の役割

 今後の地域改善対策の在り方を原点に立ち返って検討するに際しては、まず、同和問題解決のために果たすべき行政の役割を明確にすることが必要である。

 同和問題の解決のためには、同和関係者の自立、向上を阻害している諸要因の解消がなされなければならないが、そのためには、同和関係者自らその意欲を持ち、自主的な努力を行うことが不可欠である。行政の基本的な役割は、同和関係者の自主的な努力を支援し、その自立を促進することである。今後の地域改善対策の在り方は、この視点から見直さなければならない。同和関係者の自立を促す上からも、国民が人権尊重の視点から、国民的課題として差別意識の解消に取り組むよう国民に対し啓発を行うことは、行政の極めて重要な任務といえる。

 地域改善対策を推進するためには、国と地方公共団体は一致協力してこれにあたる必要がある。その場合、国は、事業実施の方針を明確に示す等指導的役割を果たすことが重要である。

(2) 特別の立法措置の必要性と基本的考え方

 地域改善対策について、これまで、特別の立法措置が講じられてきたのは、昭和五十六年十二月の同和対策協議会(以下「同対協」という。)の意見具申でも述べられているように、同和問題の解決のための施策について国民の代表である立法府の意思の表明を積極的に得ること、国及び地方公共団体の責務を明確化すること、法的裏打ちにより実施されてきた事業の継続性を担保する必要があること等の理由によるものであった。地対法は、地域改善対策事業の実施について、特別の財政措置として、ア、国庫負担・補助率の特例、イ、地方債の特例、ウ、地方債元利償還金の基準財政需要額への算入措置を講じている。

 したがって、地対法が失効すればこのような特別の財政措置がなくなり、事業を実施する地方公共団体の財政負担は増加せざるを得ないことになる。一方、同和地区を有する地方公共団体の中には、財政基盤がぜい弱な自治体もみられることから、事業の推進が困難となる面があることは否定できない。

 今後実施すべき事業については、これまでの対策の成果等を踏まえ、現行事業の原点に立ち返っての見直しを行い決められるべきであるが、今後とも必要な事業を実施していくためには、何らかの財政措置が必要であり、そのためには特別の立法措置が必要であろう。

 今後、法的措置を講ずるに当たっては、次の基本的考え方で臨むべきである。

① 今後の地域改善対策は、これまでの行政運営の反省と、現行事業の基本的な見直しの上に立脚したものであることを明確にし、幅広い国民の支持を得るためには、現行地対法の漫然とした延長をとるべきではなく、新規立法とすべきである。

② 地域改善対策は、永続的に講じられるべき性格のものではなく、迅速な事業の実施によって、できる限り早期に目的の達成が図られ、可及的速やかに一般対策へ全面的に移行されるべき性格のものであることを明らかにするため、限時法とすべきである。

③ 新規立法は、地域改善対策として推進すべき事業の円滑な実施を確保するための財政措置を中心に規定すべきである。

④地域改善対策として推進すべき事業の範囲は、現行地域改善対策事業のうち、なお一定期間、継続実施する必要がある事業とし、その具体的内容については、法令で定めるべきである。

⑤新規立法においては、対象地域の指定の要件や手続、同和関係者の定義等を明確にし、厳格な運用を行う必要がある。

 なお、新規立法に規定する物的事業については、法の有効期間内において、計画的な事業実施が図られるべきである。

(3) 地域改善対策事業の見直し

 地域改善対策は、これまで、「いわゆる一般法による施策だけでは解決できない事項や、一定期間内に特定目的を達成する必要がある事項」(昭和五十六年十二月十日、同対協意見具申)について特別の財政措置に裏付けられた特別対策を同和地区や同和関係者に対し講じてきた。それが同和地区の低位で劣悪な実態の早急な改善のためには効果的な手段と考えられたからである。

 一方国民に対する行政施策の公平な適用という原則から考えれば、できる限り一般対策の中で対応することが望ましい。地域改善対策といえども、結局は、国民の租税負担によって賄われることを考えれば、地域改善対策を著しく優遇して、一般対策と不均衡を生ずるようでは、容易に国民的合意は得難く、社会的公平を確保するゆえんでもないからである。

 したがって、現行の地域改善対策事業については、これまでの対策の成果として、同和地区の実態が改善され、一般地域との格差が相当程度是正されてきたこと等にかんがみ、基本的な見直しを行い、真に必要な事業に限定して、特別対策を実施すべきである。

 以上のような観点から、現行の各種事業については、関係省庁において速やかに見直しが行われるべきである。その際、具体的な基準とすべき考え方を示せば、次のとおりである。

① 現行事業は、可能な限り一般対策へ移行することを基本とすること。

② 既に事業目的を達成している事業や事業実施について一般的な二ーズの乏しい事業は廃止すること。

③ 一般対策と比べ過度に優遇した内容となっている事業については、廃止するか是正措置を講ずることにより、一般対策との均衡に十分配慮すること。

④ 個人給付的事業については、原則として廃止し、同和関係者の自立、向上に真に役立つものに限定すること。自立、向上に真に役立つものについても、段階的に一般対策へ移行できるよう検討すること。

⑤ 物的事業については、昭和六十二年度以降具体的な事業計画等が明らかでない事業等については、一般対策へ移行して、所要の事業を実施するか、廃止すること。

⑥ 相談員、指導員の設置等の人的事業についても、一般対策への移行を検討すること。

⑦ 啓発・人権相談事業については、今後とも積極的に推進すること。

 また、雇用、産業振興対策についても、上記の考え方に従い見直しを行うとともに、可能な限り、雇用促進、中小企業振興のための一般対策へ移行する。

 なお、住宅新築資金等貸付制度に関しては、関係省庁において、施策の在り方について様々な観点から見直しが行われる必要がある。

 また、現行地域改善対策事業の見直しについては、その趣旨を関係地方公共団体に対し周知徹底すべきである。

 さらに、地方公共団体が独自に実施している同和関係施策についても、上記の基準に照らして事業の見直しを行うことが適当と考えられるので、その旨、関係各省庁は地方公共団体を指導すべきである。

(4) 地域改善対策の実施の適正化のための具体的措置

 今後の対策の推進について幅広い国民的コンセンサスを得ていくためには、これまでの行政運営において生じてきた問題点を是正し、適正化のための具体的措置が講じられなければならない。この点については、昭和五十六年十二月の同対協の意見具申においても、同対法施行十三年の運用により生じてきた問題点の是正が指摘されたにもかかわらず、地対法施行後においても、この課題の達成は極めて不十分な状況となっていることは誠に遺感である。

 不適切な行政運営の事例としては、個人給付的事業の対象者の資格審査が民間運動団体任せとなっている例や公的施設等の運営が特定の民間運動団体に独占的に利用されている例があること、また、民間運動団体に補助金等を支出していながら、その適正な使用について指導・監査等を十分行っていない例がみられること等が挙げられる。このような問題点を一つ一つ是正していくことが、行政機関と民間運動団体との適切な関係を確立する上で重要である。

 さらに、税の問題や公営住宅等の一部にみられる著しい低家賃の実態は、現在の国民感情を考慮すれば国民の間に不公平感を招来し、新たな差別意識を生む要因のひとつともなっている。国税において、一部にみられるような特別な納税行動については、その是正につき行政機関の適切な指導が望まれる。同和地区の納税者について、一般の納税者と異なった配意をすることは、決して、同和問題の解決という精神に沿ったものとは言えない。また、地方税においては、かなりの地方公共団体で、同和関係者等に対する減免措置が講じられているが、このような措置についてもその内容の見直し、適正化を図ることが望まれる。また、地域改善対策として建設された公営住宅等については、低額所得者向けの施策住宅等の中においても、立地条件、建設年度、住戸規模等からみてもなお、著しく均衡を失した低家賃の実態が一部でみられることは問題であり、適正な家賃とするための指導が行われるべきである。

 同和教育については一般国民の中にかなり批判的意見がみられる。この背景としては、同和教育において、人権尊重の理念が徹底されていないために、一般国民の理解がなかなか進まないこととともに、一部に民間運動団体が教育の場に介入し、同和教育にゆがみをもたらしていることが考えられる。同和教育については、啓発活動の一貫として、今後とも推進していかなければならないが、その前提として、教育と政治・社会運動とを明確に区別し、教育の中立性の確立のための徹底的な指導を行うことが必要である。なお、その指導に当たっては、教育の中立性を確保する方策が明確に示されるべきである。

 また、地域改善行政に対して、行政のチェック機能が十分発揮されてこなかったことが、不適切な運営実態が長く是正されないまま放置されてきた要因となっている。その意味では、地域改善行政は、一般対策とは違った特別な行政分野とされてきた。地域改善行政の適正化を確実なものとしていくためには、行政の監察・監査、会計検査等の機能の活用を積極的に行っていくことも必要となろう。

 さらに、地域改善対策の実施の適正化を推進していく上で、地方公共団体の取組は極めて重要であるので、関係各省庁においては、地方公共団体に対する適切な助言、指導を行っていくべきである。

 

基本問題検討部会報告書

基本問題検討部会報告書

昭和61年8月5日

 地域改善対策協議会基本問題検討部会

I、同和問題の現状に対する基本認識

1、同対審答申における同和問題の認職

 昭和40年8月11日、同和対策審議会(以下「同対審」という。)は、内閣総理大臣の諮問に応じて、同和地区に関する社会的及び経済的諸問題を解決するための基本方策について答申を行った。この答申(以下「同対審答申」という。)は、同和問題の本質や同和地区の実態について認識を示した上で、同和対策の具体案として基本的方針及び具体的方策の提言を行った。すなわち、同対審答申は、同和問題について、「いわゆる同和問題とは、日本社会の歴史的発展の過程において形成された身分階層構造に基づく差別により、日本国民の一部の集団が経済的・社会的・文化的に低位の状態におかれ、現代社会においても、なおいちじるしく基本的人権を侵害され、とくに、近代社会の原理として何人にも保障されている市民的権利と自由を完全に保障されていないという、もっとも深刻にして重大な社会問題である。」と定義し、同和関係者が置かれた経済的・社会的・文化的に低位な状態の早急な改善を行政に促した。答申では、具体的に、人々の観念や意識のうちに潜在し、言語や文字や行為を媒介として顕在化する心理的差別と、劣悪な生活環境等に象徴される同和地区住民の生活実態に具現されている実態的差別とに分類し、相互に因果関係を保つこれら二つの領域の差別の解消を行政施策の課題として指摘した。

 この同対審答申は、その後の国及び地方公共団体の地域改善対策の内容や運営に大きな影響を与えるとともに、この答申で述べられた同和問題に対する認識は、これまで、この問題に対する一般的な認識として受け止められ、論じられてきた。当部会での検討は同対審答申の内容についてその適否を問題にすることを目的とするものではないが、当部会として、同和問題の現状についての基本的な見解を明らかにするに際しては、同対審答申にさかのぼって検討し、関係者はもちろん広く国民の十分な理解を得ることが妥当であり、かつ、今後の地域改善対策の方向を論ずる上でも必要なことであると考え、必要な限りにおいて同対審答申にも言及した。

2、同対審答申と今日の同和問題

 同対審答申が出されて21年が経過しようとしているが、同対審答申が前提とした当時の同和問題や同和地区の状況と現在の状況とでは、かなり様相が異なっている。第一は、同和地区の実態の改善が相当進んでいることである。第二は、同対審答申では全く触れられていない問題が新たに生じてきたことである。

(同和地区の実態等の改善)

 同和地区の生活環境や同和関係者の生活実態は、同対審答申当時と比べ著しく改善されてきた。これは、その後の経済社会の発展に伴う面も多いが、それにもましてこれまで積極的に行政施策が推進されてきた成果と受け止めることができる。同対審答申が出されて以降、昭和四十四年には同和対策事業特別措置法が制定施行され、また、同法の期限切れに伴い、昭和五十七年には現行の地域改善対策特別措置法が制定施行され、これらの法律に基づいて関係施策が実施されてきた。ちなみに、昭和44年度から昭和61年度の間における国の地域改善対策関係予算額を合計すれば約2兆6,OOO億円に達する。また、地方公共団体においては国の補助を受けて実施する事業及び独自に実施する事業に国費を上回る額を投入して施策を実施してきている。昭和59年6月の地域改善対策協議会(以下「地対協」という。)の意見具申において「同和地区住民の社会的経済的地位の向上を阻む諸要因の解消という目標に次第に近づいてきた」と述べているとおり、同和地区と一般地域との格差は、平均的な水準としては、相当程度是正されたといえる。

 また、心理的差別の領域においてもその解消が進みつつある。この背景には、実態面の劣悪さが改善されたことのほか、各種の啓発施策や同和教育の実施が寄与している。

 他方、同和地区の実態や心理的差・別の問題について、今日、まだ、課題が残されていることも事実である。特に、差別意識の解消については、実態面の改善に比べ遅れており、差別事象の発生が依然としてみられることは残念なことである。さらに、生活環境の改善等の事業のうち一部の事業については、地域改善対策特別措置法の有効期間内に当初予定されたものの実施が困難な状況もみられる。

(新たな課題)

 現在の同和問題を巡る状況をみると、同和問題に関する意見の潜在化傾向や行政としての主体性の欠如に起因する行政運営における不適切な事例の存在、あるいは同和問題を口実にして利権を得る、いわゆるえせ同和行為の横行等同対審答申では触れられていない問題がみられる。地対協の意見具申においては、今後、啓発活動の充実が重要であるとの視点から、啓発活動の条件整備として、①同和問題について自由な意見交換のできる環境づくりを行うこと、②行政が確固たる主体性を確保して事に当たるべきこと、③いわゆるえせ同和団体の横行を排除することを提言しているが、これらの課題は、単に効果的な啓発活動を行うために解決されるべき課題であるばかりでなく、これからの同和問題の根本的解決を考えていく上での基本的な課題でもある。

 特に、これまでの地域改善行政を顧みると、行政機関においては、国、地方を問わず、民間運動団体への対応に腐心している状況がみられ、また、民間運動団体間の激しい対立が行政の現場に持ち込まれ、その対応に苦慮するという例がみられる。こうした状況の背景としては、民間運動団体の行動形態自体にも問題があるが、同和問題に対する行政機関の姿勢が特に問題である。行政機関においては、ともすれば事なかれ主義に陥り、民間運動団体との妥協の上に地域改善行政を進めるという傾向がみられる。これは、国民共通の課題であるべき同和問題を国民から遊離したものとするばかりでなく、この問題に対する一般国民の拒絶反応を生む一因ともなっている。行政機関は、改めて自らの立場を十分自覚し、民間運動団体との関係の在り方を見直すべきである。

II 同和問題の解決と行政等の果たすべき役割

1、同和問題解決の基礎条件

 同和問題の解決のためには、同和関係者の自立、向上を阻害している要因の解消がなされねばならない。同和関係者の自立、向上を阻害してきた要因としては、同対審答申以来、劣悪な生活環境等と国民の間に幅広く残った差別意識が挙げられてきた。このうち、同和地区の実態については、大幅に改善をみてきているところであり、実態の劣悪性が差別的な偏見を生むという一般的な状況は、現在ではなくなりつつある。一方、同和地区や同和関係者に対する社会的偏見は、その解消が進みつつあるというものの、現在に至るまでも根強く残されてきた。その背景としては、昔ながらの非合理な偏見の残澤、同和地区内外の交流が余りないこと、運動団体の行き過ぎた活動等からくる同和関係者、同和地区に対する好ましくないイメージの形成等の諸要因があり、これが、因となり果となり相互に作用して、社会的偏見の解消が妨げられてきた。また、地域改善行政における行政の主体性の欠如や、えせ同和行為の横行の問題は、同和問題についての国民の理解を妨げる大きな要因となっている。

 同和関係者の自立、向上を阻害し、また、同和問題の国民的理解を妨げているとみられるこれらの諸要因の解消を促進するということが、同和問題解決の基礎条件である。

2、同和関係者の自立、向上のための努力

 同和関係者の自立、向上のためには、同和関係者自らが自立、向上の意欲を持ち、自主的な努力を行うことが不可欠である。同和関係者の自主的な努力がなければ、自立のための環境条件が整備されたとしても、結局、同和関係者の自立、向上はいつまでたっても達成されないことになる。

 同和関係者の自立、向上のための努力は、同和問題解決のための根本要件であるので、同和関係者の努力を期待するとともに、この点に関する民間運動団体の積極的なとりくみを望むものである。

3、行政の役割

 同和問題解決のために行政が果たすべき基本的な役割は、同和関係者の自主的な努力を支援し、その自立を促すことでなければならない。また、同和関係者の自立を促す上では、国民に対し啓発を行い、差別意識の解消を促進することは極めて重要な任務である。これまで進められてきた地域改善対策事業や地方公共団体が独自に実施してきた関係施策は、その効果が最終的には、同和関係者の自立に寄与するものでなければならないが、ともすれば、行政がこの目標を見失い、一部に、同和関係者に対して、合理性が疑問視される給付や特例が認められてきたことは、今日、十分見直されるべきである。

 このような同和問題解決のために果たすべき行政の役割の根底には、現代福祉国家の理念がある。同和地区の実態の早急な改善のため、地域改善対策事業を実施するという行政の機能は、福祉国家の理念に裏付けられた積極的な行政の作用と解すべきものである。

 また、地域改善対策事業の推進は国と地方公共団体の共同の責務であり、その円滑な実施のためには、国と地方公共団体が一致協力することが不可欠である。その場合、国は、事業運営の方針を明確に示す等指導的役割を果たすことが重要である。

4、国民の協力

 同和問題の解決は、究極的には国民一人一人の自覚に待たなければならないものである。地対協の意見具申でも、あるべからざる差別の解消は我々国民に課された使命であり、同和問題の最終的な解決のためには、すべての国民の理解と協力が絶対不可欠であることが指摘されたところである。国民の間に幅広く残された偏見が、同和関係者の自立、向上を妨げてきたことを考えれば、国民が自らの心から、あるいは周囲の人々の心から、この偏見を取り除くよう努めることは、国民の道義上の責務といえる。

5、民間運動団体に期待される役割

 民間運動団体のこれまでの活動が、同和問題に対する国民の関心を高め、同和問題への行政の積極的な対応を促す要因となってきたという点については、大いに評価されるべきである。  しかし、今日、民間運動団体にも様々な問題点が指摘されるようになった。現在、国民が同和問題に対するイメージや意識を形成する上で、民間運動団体の影響は大きく、民間運動団体が国民に対し誤解や不信感を与えるような行動形態をとり続けていれば、国民が同和問題を正しく理解することは困難となる。のみならず、民間運動団体の行動形態や民間運動団体間の激しい対立抗争が、国民の間に不安と反感を招来し、新たな差別意識を生む一因ともなる。

 民間運動団体については、批判は批判として素直に受け止めるという謙虚な姿勢が切に望まれる。民間運動団体にそういう姿勢がなければ、運動の国民的広がりをかち得ることはできないであろう。

 同和問題の解決のために民間運動団体に期待される役割は決して小さくない。今後においても、民間運動団体の同和関係者に対する影響力の大きさ等を考えれば、同和関係者の自立意欲の向上のための民間運動団体の積極的な活動は極めて重要である。また、同和問題についての国民の理解を深めるため、民間運動団体が国民の納得を得られるような方法で活動を行うことができれば、啓発推進の重要な一翼を担うことができよう。

III、同和問題の解決のための基本的課題

 当部会では、同和問題の現状に対する認識、地対協の意見具申の指摘の内容を踏まえて、同和問題解決に向けての基本的課題としての次の五つの課題を挙げ、これらの課題について問題点を是正し、適正化を図るための具体的方策について検討を行った。

(1) 同和問題について自由な意見交換のできる環境づくり (2) 同和問題に関する広報の在り方 (3) 行政の主体性の確立と行政運営の適正化 (4) えせ同和行為の排除 (5) 同和関係者の自立、向上の精神のかん養とこれまでの行政施策等

1、同和問題について自由な意見交換のできる環境づくり

(1) 自由な意見交換を阻害している要因

 現在、同和問題は、いわばタブー視されている傾向がある。同和問題に関し、様々な意見が自由に公表されにくいという状況にあることは、本問題についての国民的な理解を深める上で、大きな障害となっている。同和問題が、国民の開かれた討論の対象とならない限り、この問題の前進はあり得ない。

 同和問題に関する自由な意見交換を阻害している大きな要因は、民間運動団体の行き過ぎた言動にある。民間運動団体の確認・糾弾という激い行動形態が、国民に同和問題はこわい問題、面倒な問題であるとの意識を植え付け、同和問題に関する国民各層の批判や意見の公表を抑制してしまっている。行政機関においては、同和問題についての広報活動等に対する民間運動団体からの激しい抗議や確認・糾弾等への恐れから、自由な発言や広報活動を行っていないという傾向がみられる。また、新聞社、放送局、出版社等ジャーナリズムについても同様な傾向がみられ、同和問題に関する言論や報道に伴う負担やトラブル等を懸念して、同和問題に関する自由な立場からの批判や掘り下げた報道を行うことを躊躇している状況があるように思われる。

(2) 確認・糾弾行為についての考え方

 確認・糾弾行為は、それが始められた頃の時代環境、すなわち、同和関係者の大多数が悲惨な生活状況に置かれ、厳しい差別の対象とされながら、それを改善するための行政施策が全く不十分な状況の下では、同和関係者の人権に関する自覚や差別の不合理性についての社会的認識を高める役割を果たしたことは否定できないが、基本的人権の保障を柱とする現行憲法下において、同和地区や同和関係者に対する行政施策の充実が図られている現代では、確認・糾弾行為の存在意義については、当然見直されねばならないものであ。幅広い国民の理解を得るためには、民間運動団体の行動形態も、時代環境に即して変わることが求められる。

 確認・糾弾行為は、被害者集団による一種の自力救済的かつ私的裁判的行為であるから、被糾弾者が当然にこれに服すべき義務を有するものではない。この点に関し、糾弾権が存在するとの主張が一部にみられるが、他人に何らかの義務を課する法的な権利として認められるためには、法律に根拠を有するか、判例上確立されたものでなければならない。しかし、糾弾権の根拠となる法律がないことは言うまでもないが、判例においてもそのような権利は認められていない。したがって、確認・糾弾行為に応ずる法的義務はなく、その場に出るか否かはあくまでも本人の自由意思によるべきことは当然である。そして、確認・糾弾行為が被糾弾者の自由意思に基づいて行われた場合でも、それは、社会的に相当と認められる程度にとどめられるべきであり、それを超えるときは、違法な行為であり、私的制裁以外の何物でもない。

 また、確認・糾弾行為は、被害者集団によって行われるため、被糾弾者の自由意思に基づいて行われるものであっても、勢いの赴くまま、行き過ぎたものとなる可能性がある。さらに、糾弾会への出席が、民間運動団体の直接、間接の圧力によって余儀なくされる場合もあり、真に自由意思に基づくものかどうか疑わしい場合もあろう。

 差別行為のうち、侮辱する意図が明らかな場合は別としても、本来的には、何が差別かというのは、一義的かつ明確に判断することは難しいことである。民間運動団体が特定の主観的立場から、恣意的にその判断を行うことは、異なった意見を封ずる手段として利用され、結果として、異なった理論や思想を持つ人々の存在さえも許さないという独善的で閉鎖的な状況を招来しかねないことは、判例の指摘するところでもあり、同和問題の解決にとって著しい阻害要因となる。もとより、差別行為が法益を侵害するものであれば現行刑法上あるいは現行民法上に所要の処罰あるいは救済の規定があるわけであり、また、法務省の人権擁護機関等公的機関も整備されているのであるから、それらの公的制度や機関の中立公正な処理にゆだねるべきである。

(3) 自由な意見交換ができる環境をつくるための方策

 第一に、民間運動団体は、糾弾というような行き過ぎた行為を是正し、社会的に妥当と認められ、国民な納得が得られるような手段で活動を行うべきである。

 第二に、行政機関・企業等は、もちろん、同和問題について正しい理解を持つよう努めるべきことは当然であるが、無原則に民間運動団体の要求に応ずることで問題を解決しようという態度は望ましいものではない。同和問題の理解を深めることと団体の要求に応ずることとは本質的に別個のものであり、団体の不当な圧力に対しては、毅然とした態度で臨むことが望ましい。また、団体の行為が受忍範囲を超え、違法行為に当たると思われる場合には、警察の協力を求めることも必要となろう。

 第三に、行政機関は、同和問題について自由な意見交換のできる環境をつくるため、積極的な努力を行うべきである。具体的には、民間運動団体に対する当事者の対応についてのガイドラインや事例集を作成し、その周知徹底を図ること、国及び地方公共団体の地域改善担当部局その他関係行政機関を活用することによって相談指導体制を確立すること、人権擁護機関の活動を拡充すること等が必要となろう。

 最後に、同和問題について自由な意見交換ができるという環境は、究極的には、国民一人一人がこの問題を正しく受け止め、差別意識の解消がなされることを通じて形成されるべきものであることはいうまでもない。

2、同和問題に関する広報の在り方

 ジャーナリズ,ムが自由な立場で同和問題に関する意見や批判を公にし、掘り下げた報道を行うことは、同和問題の国民的理解を促進する上で極めて有効である。しかし、ジャーナリズムにおいては、同和問題については触れないことが賢明という固定観念が形成されているように見受けられる。この背景には、民間運動団体の行き過ぎた行動があるとみられるが、一方、行政機関がこれまで同和問題に関する情報や資料を十分提供してこなかったということにも原因があろう。また、ジャーナリズムにこの問題を避けて通ろうとする傾向があることは、ジャーナリズムの使命という観点からすれば、ジャーナリズム自体にも問題がないわけではない。

 今後、行政機関が同和問題に関する議論や情報、資料をできるだけ公開し、ジャーナリズムに提供していくことになれば、ジャーナリズムの固定観念も次第に払拭することができると思われる。まず、同和問題に関する情報が一番集積している行政機関がこれまでの姿勢を改めていくことが重要である。

3、行政の主体性の確立と行政運営の適正化

 行政機関が、確固たる主体性を堅持して、適正な行政運営を行うべきことは、行政一般に当然求められることであるが、特に地域改善行政においては、この姿勢が貫かれなければ、新たな差別感を行政機関自らが創り出すこととなり、同和問題の解決に逆行する結果となる。行政機関の厳然たる姿勢が基本とされねばならない。しかしながら、現在のところ、一部に、行政としての主体性の欠如から、不適切な行政運営の事例がみられることは、はなはだ遺憾である。例えば、民間運動団体に補助金等を支出していながら、その適正な執行について十分な監督を実施していない例があること、個人給付的施策の対象者の資格審査が民間運動団体任せとなっており行政機関が資格審査を十分行っていない例や団体に加入していない同和関係者の施策の適用が結果として排除されるという例があること、公的施設の運営が特定の民間運動団体に独占的に利用されている例がみられること、各種の相談員、指導員の人選が民間運動団体任せになっている例があること等である。また、地域改善行政の運営に不適切な実態がみられながら、従来、国及び地方公共団体の監査、検査の機能が十分発揮されてこなかったということは、それ自体、行政としての主体性の欠如を示すものである。

(1) 行政の主体性の欠如、不適切な行政運営の原因

 行政としての主体性が確立されず、不適切な行政運営の実態がみられる原因としては、まず、行政職員が民間運動団体の威圧的な態度を恐れるとともに、激しい確認・糾弾や暴力行為、脅迫を受けるのではないかという不安を持っていることが考えられる。また、行政職員の間にこれまでの経緯等から「あきらめ主義」や「事なかれ主義」があり、地域改善行政を特別視する傾向があること、同和問題についての行政職員の理解や認識が十分ではないことも原因となっていよう。さらに、「対象地域」、「同和関係者」等地域改善行政における基礎的な概念の定義が必ずしも具体的に明らかにされていないことも、行政機関の主体的な意思決定を困難にしている大きな要因である。

(2) 適正化のための方策

 第一に、行政機関においては、民間運動団体との関係について見直しを行うことが必要である。例えば、民間運動団体と行政との望ましい関係の在り方の基準や行政としての主体性を確立するためのチェックポイントを明らかにすることは、今後の行政運営の適正化にとって有効なものとなろう。

 第二に、地方公共団体における地域改善行政の不適切な運営を是正し、適正化を図っていくためには、国は都道府県に対して、都道府県は市町村に対して適切な助言、指導等を積極的に行っていくことが必要である。

 第三に、「対象地域」、「同和関係者」、「同和団体」という行政運営の基礎的概念を整理し、具体的にその定義を明らかにし、行政運営の明確化に努めるべきである。

 第四に、地域改善行政の運営に当たっては、事業の内容や目標、予算等を広く住民に公開し、開かれた行政運営に努めていくことが必要である。

 このほか、同和問題についての行政職員の理解を十分深めていくべきことや行政の監査、検査の機能を積極的に活用し、内部的なチェックを行っていくこと等も重要である。
4、えせ同和行為の排除

 いわゆるえせ同和団体やえせ同和行為の横行は、今日、重大な社会問題であり、また、同和問題の国民的理解を妨げる大きな要因である。えせ同和行為とは、何らかの利権を得るため同和問題を口実にして企業・行政機関等へ不当な圧力をかける問題行為である。一昨年の地対協意見具申では、えせ同和団体の排除が指摘されたところであるが、えせ同和行為の中には、既存の民間運動団体の構成員によって行われるものもあり、排除の対象としては、それも含めて、えせ同和団体ではなく、えせ同和行為としていくべきである。

 えせ同和行為が横行する原因としては、同和問題はこわい問題であるという意識が企業・行政機関等にあり、不当な要求でも安易に金銭等で解決しようという体質があること等が挙げられる。また、「同和は金になる」という風潮が一部にみられることや地域改善行政におけるあいまいな運用もえせ同和行為横行の背景となっている。えせ同和行為の横行を排除するための具体的方策としては、①企業・行政機関等においては団体からの不当な要求については断固として断り,また、不法行為については、警察当局に通報する等、厳格な対処で臨む姿勢が必要であること、②民間運動団体については、えせ同和行為排除のための自律機能や自浄能力を高めること、③行政機関としては、企業・行政機関等の望ましい対応について積極的な啓発活動を展開すること、また、不法行為に対しては的確な警察措置が採られている現実を明らかにすることも重要である。

5、同和関係者の自立、向上の精神のかん養とこれまでの行政施策等

 同和関係者の自立、向上の精神のかん養が同和問題の解決の基礎条件であることは、既に述べたが、現在の行政施策の内容や運用をみると、必ずしも同和関係者の自立という視点が徹底されていない面がみられるので、このような視点からこれまでの行政施策等を再評価してみる必要がある。

(1) 同和関係者の自立、向上という視点からの行政施策等の評価

 行政施策については、同和関係者の生活水準や生産水準を高め、生活の自立を促すという効果を持った反面、同和関係者の自立意欲を阻害している要素も多分にある。個人給付的施策の安易な適用や一般低所得者対策等と均衡を失するような施策の存在は、結果として、同和関係者の自立意欲を阻害する一因ともなっている。自分が同和関係者であれば、いつまでも特別な施策の対象者になるのだという意識が醸成されれば、同和関係者の自立性の基盤はいつまでたっても形成されないことになる。のみならず、経済的に豊かであるのに同和関係者だからという理由で特別な給付が受けられるということは、新たな差別感を生む要素となるおそれがあることにも十分配慮すべきである。

 こうした観点からみるとき、単に個人給付的施策ばかりでなく、一部にみられる特別な納税行動や税の減免制度、低額所得者向けの施策住宅等の中においても、立地条件、建設年度、住戸規模等からみて、なお、著 しく均衡を失した低家賃の実態があることも問題である。

 また、民間運動団体については、これまでの活動が構成員に誇りを自覚させるというプラスの効果を持った反面、差別又はそれに対する補償を過度に強調することは、同和関係者の自立、向上精神のかん養にとって阻害要因となっている面もある。さらに、民間運動団体がその強硬な態度により、個別施策の実施やその適用を左右してきたことは、結果として、同和関係者の行政への依存体質を強めてきた面もあることを反省されなければならない。

(2) 改善方策

 個人給付的施策については、同和地区の実態の改善が進み、社会福祉等の一般対策も整備されているのであるから、原則として廃止し、一般対策の中で対応する方向で検討すべきであり、なお、例外的に認められるべき個人給付的施策としては、自立の促進に役立つことが明白であるもの等真に必要なものに限定するとともに、対象者の資格の厳正な認定を行う必要がある。さらに必要に応じ所得制限を導入する等により、施策の安易な適用を排除すべきである。その他、税等の関連制度においても同和関係者の自立意欲を阻害する不合理な特例は廃止すべきである。

 一方、同和関係者が自立し易い環境をつくるという点では、もちろん、国民に対し啓発を行い、差別意識の解消を促進することは極めて重要な課題であり、今後とも積極的に推進しなければならない。

IV、地域改善対策事業のこれまでの実績と今後の課題

1、地域改善対策事業のこれまでの実績

(1) 地域改善対策事業の執行状況

 地域改善対策事業のこれまでの実績について、まず、事業の執行額についてみると、昭和五十七年度から昭和六十年度までの間に、地域改善対策事業として、国費だけで約七、五〇〇億円が投じられた。昭和六十一年度の地域改善対策予算は、約二、一〇〇億円であるので、地域改善対策特別措置法の有効期間における事業量(国費)は、合計約九、六〇〇億円に達することになる。地域改善対策事業のうち、生活環境の整備等の物的事業(建設省、厚生省、農林水産省、文部省、自治省)については、昭和五十七年度から昭和六十年度までの執行額(国費)が約六、七〇〇億円、昭和六十一年度の予算額が約一、七〇〇億円であり、同法の有効期間における事業量(国量)は、約八、四〇〇億円となる。地域改善対策特別措置法制定当時同法の有効期間内に実施すべきものとして予定された事業量(国費)は、当時の価格で七、〇〇〇億円程度であったので、量的にみれば、予定された事業量に十分見合う国費が投じられてきたことになる。

(2) 地域改善対策事業のこれまでの主な実績

 地域改善対策事業として、昭和五十七年度から昭和六十一年度の間に約一兆円近い国費が投じられたことにより、同和地区の生活環境や同和関係者の生活実態の改善は着実に進められてきたが、各分野における地域改善対策事業の主な実績をみると次のとおりである。

 (生活環境の改善、社会福祉の増進等のための事業)

 住環境の整備・改善を図るため、住宅地区改良事業、小集落地区改良事業等の面的整備事業が実施され、不良住宅の除去、改良住宅の建設等の総合的な整備が進められてきた。具体的には、住宅地区改良事業等が昭和五十七年度から昭和六十年度の間に住環境の劣悪な四一五地区で実施され、一四七地区で事業が完了しており、さらに、昭和六十一年度においては約一〇〇地区での事業の完了が見込まれている。地域改善対策特別措置法制定以前に実施された事業と合わせると、昭和六十年度までに約八〇〇地区で事業が実施され、約五三〇地区で事業が完了している。また、住宅の建設等も進み、昭和五十七年度から昭和六十年度の間において、公営住宅の建設戸数は四、八九〇戸、持家の取得等のための資金を貸し付ける住宅新築資金等貸付事業の貸付件数は約三三、五〇〇件となっている。さらに、下水道事業、公園事業、街路事業等の実施により、根幹的な公共施設の整備等も進められ、例えば、昭和五十七年度から昭和六十年度の間に下水道事業が三〇六か所、公園事業が一九三か所で実施されている。このほか、同和地区の環境整備を図るため、地方改善施設整備事業が実施され、昭和五十七年度から昭和六十年度までに、例えば、地区道路四、七五八か所、下水排水路一、四一六か所で整備が進められた。昭和五十六年度以前に実施された事業を合わせると地区道路三、二五五か所、下水排水路五、四九〇か所となっている。

 また、同和地区において生活相談事業や保健衛生事業等の実施の拠点となる隣保館は、昭和五十七年度から昭和六十年度の間に八三館整備され、それ以前に整備されたものと合計すると一、〇二九館となる。隣保館の整備等により、同和関係者の生活上の二ーズに応じた各種の事業が実施され、同和関係者の生活の改善、向上に寄与してきている。このほか、児童の健全育成のため保育所・児童館の整備、妊婦健康診査及び保健衛生に関する知識の普及等の事業は、社会保障施策の充実とあいまって地域の保健・福祉の向上に貢献してきている。

 (産業の振興のための事業)

 農林水産業の振興については、土地基盤等生産基盤の整備や近代化施設の整備等が進められてきた。具体的には、昭和五十七年度から昭和六十年度の間に、かんがい排水による受益面積が約七、五〇〇㎞、農道整備が約一、七五〇㎞となっている。この結果、同和地区における農林水産業の生産性の向上、農林漁業経営の安定化が図られてきた。例えば、土地条件等の制約を克服して、集約的な園芸や畜産、水産養殖等施設型経営への移行や周辺農漁家との連携による協業組織化が進み、地域全体として農漁業に取り組む事例が見られる。

 また、産業の振興については、経済力の培養等を図るため、小規模事業者に対する相談・指導を行う経営改善普及事業、新商品・新技術の開発、人材育成、情報収集等の経営資源の充実策及び事業協同組合等の組織化を推進するとともに、企業経営の近代化・合理化を促進するための高度化資金融資制度等の各事業が、これまで実施されてきた。

 (職業安定のための事業)

 同和関係者の雇用の促進と職業の安定を図るため、職業訓練等就業能力の開発、常用労働者として就職する同和関係者に対する資金の貸付、事業主に対する助成金の支給等の援護措置、就職差別の解消のための事業主に対する指導・啓発等の各事業がこれまで実施されてきた。ちなみに、就職資金の貸付実績は、昭和五十七年度から昭和六十年度の間において、五一、三九〇件となっている。

 (教育の充実のための事業)

 学校教育に関しては、経済的理由によって就学が困難な同和関係者の子弟に対する進学奨励事業の実施等により、同和地区の高校進学率は昭和五十年代に入って、八十七%~八十九%の水準で推移しており、一般地域との格差も四%~七%となっている。高等学校等進学奨励事業の対象者は、昭和五十七年度から昭和六十年度の間で、国公立、私大合わせて延べ約十三万人に達している。また、大学への進学率についても、まだ格差はあるものの、徐々に向上してきている。さらに、教育推進地域の指定等の事業の実施により、地域ぐるみの同和教育の推進やその充実が図られてきた。

 また、社会教育活動の実施により、学習機会の拡大等地域の教育水準の向上に寄与してきて おり、例えば、昭和五十七年度から昭和六十年度の間に約一、〇〇〇か所の集会所において、約三、九〇〇件の集会所指導事業が行われた。

 (人権擁護活動の強化のための事業)

 啓発活動は、その効果がすぐ把握できるという性格のものではなく、本来粘り強く実施されねばならないものであり、また、心理的差別の解消の促進が地域改善行政の重点課題となってきていることから、その充実強化が図られている。啓発活動としては、同和問題に関する講演会、研修会の開催、テレビ、ラジオ、新聞等による啓発、地方公共団体職員に対する指導者養成の研修、同和啓発映画の製作等が行われてきている。また、人権相談事業については、同和地区を有する市町村における特設人権相談所の開設等地道な活動が続けられている。この結果、差別意識の解消はある程度進んできている。

2、同和地区の実態及び同和問題に関する意識の現状

 総務庁は、同和問題に関する同和地区内外住民の意識の状況及び同和関係者の生活実態を把握するため、昭和六十年十一月三十日現在で「昭和六十年度地域啓発等実態把握」(以下「実態把握」という。)を実施した。その中間報告によれば、以下のとおりである。

(同和地区の実態)

 同和地区の生活実態面において、その改善・向上が認められる主な点としては次のようなものがあった。

① 婚姻の状況をみると、「夫婦とも地区の生まれ」の夫婦が同対審答申当時と比べると明らかに減少している(昭和三十八年同和地区精密調査八〇%→実態把握六六%)。特に、若年層ほど一般住民との結婚は増加しており、夫の年齢階層が三十歳未満の夫婦では、「夫婦とも地区生まれ」の割合は三六%となっており、六割強の夫婦は一般住民と結婚している。

② 高校等への進学率は飛躍的に向上してきた(昭和三十八年三〇%↓実態把握八八%(転出者は含まない。))。また、最終学歴をみると、全体では、初等教育修了者の割合は、全国水準と比べて高いが、若年層ほど大学、短大等の高等教育終了者の割合は増えてきている。

③ 同和地区の生活環境は極めて劣悪な状態にあるとされ、道路等が一般に未整備で、火災防止危険等の点からも改善の余地があることが同対審答申でも指摘されたが、住宅の敷地に接している道路(接道)の幅員をみると、現在では、面的事業の推進等により、全国的な水準とほぼ同様の水準にまで改善されている。

④ 住居の状況をみると同対審答申当時は、大都市における一人当り居住室畳数等において全国水準より明らかに劣っている状況がみられたが、その後の推進等により、現在では、全国水準とほぼ格差のない水準まで大幅に改善されている。また、住居の専用設備についても、共同便所はほとんどなくなっており、また、大部分の世帯で専用の浴室を持っている。

⑤ 就労の状況をみると、家族従業者が減少する一方で、常用雇用者が増加する等徐々にではあるが改善されてきており、また、管理的職業等に従事する者の割合が少しずつ増えてきている。

⑥ 産業の状況をみると、全国水 準と比べいまだ事業規模の零細性は強いものの、同和地区における零細企業(従業者一~四人規模)の割合が減少する等徐々にではあるが改善をみている。

 他方、同和地区の生活実態面において、全国水準と比べまだ格差がある点として次のようなものがあった。

① 同和地区における生活保護世帯を含めた住民税非課税世帯の割合は、全国水準と比べて十ポイント程度高い。

② 同和地区においても雇用者の増加という傾向がみられるが、全国水準と比較すると、常用雇用者の割合は少なく、臨時雇用日雇等の不安定就労者の割合が高い傾向にある。また、勤務先の企業規模をみると、一〇〇人未満の小規模企業の割合が高い。

③ 学齢十五歳の者の進学状況(転出者は含まない。)をみると、高校・高専への進学率(九四%)と比べるとなお若干の格差がある。

(同和問題に関する意識)

 同和問題に関する意識の状況について実態把握結果に表われた主な特徴としては次のような事項がある。

① 同和地区外の住民のうち八割を超える住民が同和問題を知っており、そのきっかけとして、四分の一の人々が学校の授業、テレビ・ラジオ、研修会等を挙げており、啓発活動が普及してきていることがうかがえよう。

② 同和地区の起源については、同和地区内住民の七割を超える人々が、また、同和地区外住民の約六割の人々が政治起源説を挙げており、啓発活動の成果がうかがわれる。一方、一割弱の同和地区外住民が人種起源説を挙げており、地域ブロック別にみると、関東、中部においてその割合が高い。

③ 同和地区については、一般にやや好ましくないイメージで受けとられており、特に、閉鎖的であるというイメージが強い。地域ブロック別にみると、閉鎖的というイメージは、関東、中部で強い。

④ 同和地区の人との結婚について、同和地区外住民の約二割の人々が、家族や親せきの意向を優先するとしており、また、親が反対したら結婚しないとする人々が三割を超えている。

⑤ 同和地区の改善について、十年前と比較して、同和地区内住民のほとんどが環境が良くなったとしており、また、五~六割の住民は、生活や仕事の状況が良くなったと評価している。

⑥ 今後とも特別対策が必要かどうかについては、同和地区内外の住民に格段の差が認められ、必要だと答える住民の割合が同和地区外では一割程度であるのに対し、同和地区内では約七割となっている。

⑦ 同和教育の実施について、同和地区外住民の多くが消極的な意識を持っており、現在の同和教育の在り方について十分検討すべき余地のあることが示唆されている。

3、地域改善対策事業の今後の主な課題

 地域改善対策事業は、これまで着実な成果を挙げてきた一方で、今後に残される課題もある。主な課題を整理すれば次のとおりである。なお、今後の事業推進の前提として、IIIで指摘した行政の主体性の確立、同和関係者の自立、向上の精神のかん養という視点からの見直し等の適正化対策が講じられねばならないことは当然である。

① 差別意識の解消は、これからの地域改善行政の重点課題として、一昨年の地対協の意見具申の趣旨を十分踏まえて、その促進のための啓発活動を積極的に講じていく必要がある。その際、配慮すべき事項として、次の諸点について改めて強調しておく。

(ア) 同和地区は閉鎖的であるという一般住民のイメージを解消するため、地域ぐるみの啓発活動の実施等同和地区内外住民の交流を促進し相互の理解を深めるよう努力すること。

(イ) 同和教育については一般住民の批判的な意見も多いが、この背景には、地域によっては民間運動団体が教育の場に介入し、同和教育にゆがみをもたらしていることや同和問題についての住民の理解が十分でないことが考えられる。同和教育の推進に当っては、住民の理解と協力を得るよう努めるとともに、教育と政治・社会運動との関係を明確に区別して、教育の中立性が守られるよう留意し、行政機関は毅然たる姿勢で臨むこと。

(ウ) 地対協の意見具申でも指摘されているとおり、同和問題は国民一人一人が主体的に取り組むことによって解決が可能となるのであるが、行政においては、国民が主体となるための条件の整備を行わなければならないこと。そのためには、国、都道府県、市町村はそれぞれの立場で啓発活動を推進する必要があるが、その場合、国のリーダーシップは重要である。また、地対協の意見具申で指摘された国が行うべき啓発活動についても、より効果的に実施するための工夫が望まれる。国においては、同和問題の啓発に関し、明白な方針を示すとともに、その方針等が都道府県、市町村、さらには民間企業や国民に迅速に伝達されるよう一層の工夫を行う必要がある。そのための一つの方法として、国、都道府県、市町村、民間企業等が参画した公益法人を設立し、その法人が国の啓発の指針等の情報を迅速に普及させるなどにより啓発活動を行うこと、えせ同和行為その他同和問題に関する相談活動及び同和問題に関する調査研究等の事業を実施することが考えられよう。

(エ) 啓発活動の充実のため、大学等の高等教育においても、同和問題を含め人権意識の高揚のための特別の配慮が必要であること。

(オ) 今後、効果的な啓発活動を展開していくためには、啓発内容の質的側面、地域改善対策事業未実施地域における啓発活動の在り方等についての検討が必要となること。

② 地域改善対策事業のうち、住宅地区改良事業、地方改善施設整備事業等については、一部に事業の取り組みが遅れている地域がある等全国的にみるとその進捗状況に格差がみられる。また、これらの物的事業については、(ア)当初予定されたもののほかに、地域改善対策特別措置法施行後新たに追加的な事業実施についての要望が出されていること、(イ)用地費等の値上がり、事業計画の変更等により事業量が増加していること、(ウ) 用地取得に関して地元の調整が難航している等の理由により、当初計画どおりに整備が進んでいないこと等から昭和六十二年度以降に持ち越される事業量が見込まれている。昭和六十二年度以降の事業量については、現在、事業所管省庁において精査しているところであり、現時点では、確定できる段階にはないが、真に必要な事業については、地域改善対策特別措置法失効後においても実施していく必要がある。なお、就労、産業の分野について、同和関係者の自立意欲の向上等の観点からの施策の見直しを行った上で、同和関係者の自助努力を前提としつつ、同和地区における産業の振興、職業の安定を図る必要があると考える。 

V、今後の地域改善行政を考える上での基本的問題点

1、今後の地域改善行政に対する基本的考え方

 地域改善対策特別措置法失効後においても真に必要な施策は実施されるべきであると考えるが、今後の対策の推進に当たっては、次の前提条件が実現されねばならない。

① これまでの地域改善行政の反省に立脚し、行政の主体性の確立や同和関係者の自立、向上の精神のかん養という視点からの見直し等適正化のための措置が十分講じられること。

② 現行の施策については、言わば既得権益化することなく、同和地区の実態の改善に応じた施策の見直しが行われ、今後の施策の内容が真に必要なものに限定されること。  また、事業の推進については、国民の理解と協力を得ることが絶対不可欠であるが、この前提条件が実現されなければ、国民の理解と協力を得ることは到底できないであろう。  地域改善対策特別措置法の失効後の措置の在り方については、法的措置の要否も含めて、いずれ、地域改善対策協議会において審議され、同協議会としての結論が出される予定であるが、当部会では、その審議の参考に供するため、地域改善対策特別措置法が失効した場合の影響について言及しておく。

(法失効の影響)

 地域改善対策特別措置法失効後の昭和六十二年度以降において、これまでのような特別措置を講ずることなく、現在の地域改善対策事業のうち所要の事業を実施していくことになれば、その実施は次のような方法によることになる。

① 一般対策を有する事業については、一般対策の事業として実施する。 ② 地域改善対策固有の事業であって、一般対策がない事業については、予算措置として実施する。

 地域改善対策特別措置法失効後このような形で事業を実施することになった場合、同法失効の制度的な影響は、次のように整理される。

① 地域改善対策特別措置法は、地域改善対策事業の実施について、特別の財政措置として、(ア)国庫負担・補助率のかさ上げ、(イ)地方債の特例(事業費のうち国庫負担・補助を除く部分に対する起債の充当率が一〇〇%であること。)、(ウ)地方債元利償還金(自治大臣が指定するものに限る。)の八割の地方交付税基準財政需要額への算入措置を講じているが、同法が失効した場合、この特例の財政措置がなくなることになる。

② 具体的には、(ア)一般対策として法律に基づく国庫負担・補助がある事業(一般対策と国庫負担・補助率が同じ地域改善対策事業は除く。)については国庫負担・補助率が一般対策の国庫負担・補助率に戻ること(例・保育所整備事業2/3→1/2、造林事業2/3→3/10、消防施設等整備事業2/3→1/3)、(イ)地方債の起債が一般の事業債の枠及び充当率に戻ること(例・住宅地区改良事業八五%(充当率)、簡易水道事業九〇%(充当率)、農業基盤整備事業(起債なし)、(ウ)地方交付税算入措置がなくなることである。また、本来、予算措置に基づく事業については、補助率等が各年度の予算で決められることになる(例・地方改善施設設備整備事業、集会所施設・設備整備事業)。

 地域改善対策特別措置法が失効し、現行の特別な財政措置がない下で事業を実施することになれば、事業を実施する地方公共団体の財政負担は増加せざるを得ないことになる。

 一方、同和地区を有する地方公共団体の中には、財政基盤がぜい弱な自治体もみられることから、事業の推進が困難となる面があることは否定できない。

2、地域改善対策と一般対策との関係

 現行の地域改善対策事業は、地域改善対策特別措置法施行令第一条において、四四号にわたって規定され、事業の実施について特別の財政措置が講じられているが、これは、同法立案の指針となった同和対策協議会の昭和五十六年十二月十日の意見具申にも述べられているとおり、「いわゆる一般法による施策だけでは解決できない事項や、一定期間内に特定目的を達成する必要がある事項」として定められたものである。このように、同和地区について特別対策が講じられているのは、同和関係者が国民の間に幅広く残る差別的な偏見のゆえに、生活の様々な分野でその向上が阻まれてきたという問題の特殊性にかんがみ、その早急な改善に努めるための効果的な手段として、各分野の施策をまとめ、特別な措置を講ずるというやり方をとっているものである。

 一方、同和地区の実態については、これまでの事業の推進等により、相当改善をみているところであるので、仮に、今後特別対策を一定期間継続するとした場合、いかなる施策を特別対策として実施し、いかなる施策を一般対策として実施するか、そして両者の関係については、次のような考え方で臨むべきである。

① 国民に対する行政施策の公平な適用という原則に照らせば、できる限り、一般対策の中で対応するということを基本とし、特別対策として実施すべき施策は、真に必要なものに限定すべきであり、従来からそのような方針で進められてきたところである。同和地区の実態の改善状況からみても、これまでの方針を変える理由はなく、現行の地域改善対策事業の範囲を広げることがあってはならない。

② 地域改善対策事業といえども結局は国民の租税負担によって賄われることになるのであるから、地域改善対策を著しく優遇して、一般対策と不均衡を生ずるようでは、容易に国民的合意を得難く、社会的公平を確保するゆえんでもない。したがって、現行の地域改善対策事業を厳格に見直し、現状においては、一般対策に移行した方が適当なものは移し、もはや必要性がなくなったものは廃止すべきであり、地域改善対策と一般対策との均衡に十分配慮すべきである。

③ 個人給付的施策については、新たな不公平感を生む要素ともなり得るので、原則として、一般の福祉対策等の中で対応すべきである。特に、地方公共団体は独自に各種の個人給付的施策を実施しているが、これらの施策の中には、その合理性が疑問視されるものがあり、見直しを行うべきである。また、その見直しに当たっては、国の適切な助言、指導が必要となろう。

3、いわゆる地区指定の事実上の解除の実施

 仮に、今後何らかの特別の法的措置がとられることになった場合においても、事業が終了し事業を実施する必要性がなくなった同和地区については、住民の合意に基づき、事実上の問題として、いわゆる地区指定を解除することは、差別意識の解消を促進する観点からも望ましい。その場合においては、いわゆる地区指定も法律上の指定とし、解除も法的に明白に行うこととすることも検討に値しよう。

4、差別行為の法規制問題

 差別事象の発生が依然としてみられることから、現在の啓発活動、人権擁護機関の活動及び現刑法の名誉殿損等の処罰規定には限界があるとして、悪質な差別行為について新たな法規制を導入すべきだとの主張が一部にみられる。

 また、大阪府においては、昭和六十年三月、「大阪府部落差別事象に係る調査等の規制等に関する条例」が制定されたが、この条例では、興信所等の行う同和地区出身者か否か等に関する身元調査活動について興信所等の自主規制や行政処分を前提としつつも、行政処分に違反した悪質な業者に対しては、最終的に刑罰を課する内容となっている。  差別行為は、もちろん不当であり、悪質な差別行為を新たな法律で規制しようという考え方も心情論としては理解できないわけではないが、政策論、法律論としては、次のような問題点があり、差別行為に対する新たな法規制の導入には賛成し難い。

① 差別を根絶するためには、差別を生み出している心理的土壌を改めていくことが必要である。これは、啓発によって可能となるのであって、刑罰によって達成されるものではないのみならず、刑罰を課することは差別意識の潜在化、固定化につながりかねない。

② 仮に立法するにしても、量刑は、罰金等軽度なものにならざるを得ず、差別行為に対する抑止力としては疑問がある。

③ 告訴、起訴等によって、差別者が刑事手続の対象となれば、司法権尊重の立場等から、その間、人権擁護機関として啓発は抑制せざるを得ず、また、不起訴に終った場合あるいは刑の執行が終った場合は、免責感あるいは瞳罪済みの感覚を与え、有効な啓発の実施が困難となる。

④ 結婚や就職に際しての差別行為を処罰することについては、憲法上保障されている婚姻、営業等の自由との整合性が確保されねばならない。結婚差別については、それを直接処罰することは、相手方に対して意に反する婚姻を強制することにもなりかねず、憲法に抵触する疑いも強いと考えられる。また、就職差別を直接処罰することについては、現行労働法体系は、企業に対して採用時における契約の自由を認めており、求職者の採否は、企業がその者の全人格を総合的に判断して決めるものなので、採用拒否が同和関係者に対する差別だけによるものと断定して法を適用することは、極めて困難と考えられる。

⑤ 差別投書、落書き、差別発言等は、現刑法の名誉殿損で十分対処することができる。対処することができないもの、例えば、特定の者を対象としない単なる悪罵、放言までを一般的に規制する合理的理由はない。特に悪質なものを規制するとしても、その線引きを明確にすることは著しく困難である。

⑥ 立法上必要とされる「部落」、「同和地区」、「差別」等の用語については、行政法規において定義することは可能であると考えられるが、刑事法規に必要とされる厳密な定義を行うことは難しく、明確な構成要件を組み立てることは極めて困難である。

5、同対審答申の今日的意義

 昭和四十一年の同対審答申は、同和問題の解決に向けての基本的な考え方を明確にするとともに、同和地区に関して講ずべき総合的な方策をはじめて示したものであり、その後の同和問題に対する国及び地方公共団体の積極的な対応を促したことについては、十分評価されるべきものである。反面、この答申を現在においても絶対視して、その一言一句にこだわる硬直的な傾向がみられる。

 同和問題の現状や同和地区の実態は、本報告書で述べたように、同対審答申当時とは、かなり異なったものとなっており、この答申については、改めて二十年余という時の光に照らしてその意義を認識していく必要がある。

 今日、同対審答申を尊重するというのは、そこに書かれた言葉をそのまま現在においても実現しようということではない。同対審答申の根本にある同和問題の解決のために、国、地方公共団体、国民が積極的に努力しなければならないという精神をしっかり受け止めた上で、答申の具体的な内容については、同和問題や同和地区の現実の動きに即して、その妥当性を見直し、現実の動きに即した行政を展開することこそが真に同対審答申を尊重するということである。

 そこに、同対審答申の今日的意義がある。

(付論)

 確認・糾弾行為及び差別行為の法規制問題に関する討議において、部会の委員間で異なった意見が出されたので付記する。

 民間運動団体の行き過ぎた確認・糾弾行為には、弊害があるという点においては、部会全委員の一致した見解であったが、確認・糾弾行為を抑制するための方策に関しては、意見が分かれた。

(多数意見)

 多数意見は、本報告書本文の記述のとおりであるが、その要点を再述すれば次のとおりである。

 差別事件の処理は、現行の人権擁護機関、司法機関等の公的機関による中立公正な処理にゆだねられるべきであり、民間運動団体は糾弾というような行き過ぎた行為を是正すべきである。また、差別行為をなくすことは、差別意識の解消を促進するための啓発の充実によって達成すべきであり、特別な立法による差別行為に対する規制は適当ではない。

(少数意見)

① 民間運動団体の行き過ぎた行為を抑制するため、現行の制度や機関のほかに、民間運動団体の確認・糾弾行為に代わり得る、差別事件に関する公的な調停制度や機関を設置すべきであり、また、法規制についても、さらに検討すべきであるという意見が一人の委員から出された。

② 確認・糾弾行為の廃絶を図るためには、同和関係者あるいは、同和関係者集団に対する侮辱を処罰する特別侮辱罪及び就職差別についての救済命令制度を創設すべきであるという意見が一人の委員から出された。