パンフ『子どもからはじめるインクルーシブ教育』Ⅲ

子どもからはじめる インクルーシブ教育Ⅲ

パンフレット
子どもからはじめる インクルーシブ教育Ⅲ
~ 自分と仲間に自信と誇りを育む ~
■頒価 500円 2025年8月
■全国障害者問題研究会・共同教育研究プロジェクト

「インクルーシブ教育」って?
障害児学級の子どもたちに「障害」のこと教えるの?
自分のことをわかりたいという思いに、どう向き合ったら?
そんな悩みをかかえるあなたへ

 私たちは、2024年8月に「子どもからはじめるインクルーシブ教育―『共同教育』50年の歴史を次世代に―」を、2025年8月に「子どもからはじめるインクルーシブ教育Ⅱ ~障害理解学習で育ちあう子どもたち~」を発行しました。

 それに続く今回のパンフレットには、共同教育分科会の中でも近年の課題となっている、障害のある子どもたちへの「自分理解学習」の実践を集めました。。

 障害児学級に通う子どもたちも、学年を重ねるうちに、「大きくなってきた自分」をとらえるようになります。一方で、「自分の苦手さ」にも気づき始めます。子どもたちから「自分の障害について教えてほしい」という要求が出されることもあります。そんなとき、どのような実践が子どもを励ますことにつながるのでしょうか。

 冊子におさめた3つの実践報告がみなさんのもとに届くことで、子どもたちが自身の苦手さを含めて自分を愛することにつながる実践づくりがひろがることを、願ってやみません。

パンフ『子どもからはじめるインクルーシブ教育』Ⅱ

子どもからはじめる インクルーシブ教育Ⅱ

パンフレット
子どもからはじめる インクルーシブ教育Ⅱ
~障害理解学習で育ちあう子どもたち~
■頒価 400円 2025年8月
■全国障害者問題研究会・共同教育研究プロジェクト

 私たちは、2024年8月に「子どもからはじめるインクルーシブ教育―『共同教育』50年の歴史を次世代に―」を発行しました。
 それに続く今回のパンフレットでは、共同教育分科会の中で深められてきた典型的な障害理解学習の教育実践を集めました。
 障害児学級にも通常の学級にも「基礎集団」としての学びと仲間があってこそ障害理解学習・共同教育ができるのだと考えています。何よりも、どの子も発達することができる発達保障の教育こそが大切なのです。このパンフレットで紹介する小学校の3つの教育実践が、これからの共同教育の実践や障害者権利条約に則ったインクルーシブ教育の実現を生み出すヒントになる事を願ってやみません。

第50回 大阪はぐるま研究集会(8月9日)

第50回 大阪はぐるま研究集会
子どもの心を育む教育と授業づくりをめざして
主催 大阪はぐるま研究会

第50回 大阪はぐるま研究集会1
第50回 大阪はぐるま研究集会2第50回 大阪はぐるま研究集会3第50回 大阪はぐるま研究集会4

1.期日 2025年7月27日(日)
2.会場 金光教 玉水記念館
最寄り駅:地下鉄四ツ橋線「肥後橋」 8番出口 西へ1分

3.日程
 9:00 受付
 9:30 【午前の部】3つの分科会(作品研究)
 12:00 昼食休憩
 13:00 【午後の部】全体会 (詩の朗読・特別講演・記念講演)
 16:30 閉会

午前の部 (9:30~12:00)
 1.分科会 (作品研究)
      低学年「くじらぐも」  北摂はぐるま研究会
      中学年「友情のかべ新聞」 羽曳野はぐるま研究会
      高学年「大造じいさんとガン」 泉南はぐるま研究会
      学級づくり  土佐いく子

午後の部 (13:00~16:30)
 詩の朗読  和泉どの子も伸びるサークル
 結成52周年記念基調報告
   「大阪はぐるま研究会のあゆみ50年をふりかえって」
        人権と社会科研究サークル(DVD視聴)
        北摂はぐるま研究会

報告1 「サークルで大切にしていること」
        北摂はぐるま研究会
報告2 崩壊してゆく公教育に抗い続けた数年間
      ―職場づくりと父母との共同―
        泉南はぐるま研究会

特別報告  世界に広がるデジタル教育の見直し
ー失ってはならない大切なものー
            田中康寛さん 

 

2025年度使用 中学校社会科教科書(歴史・公民)の身分制・部落問題記述の問題点と課題

(タイトル)2025年度使用 中学校社会科教科書(歴史・公民)の身分制・部落問題記述の問題点と課題

 2025年度から使用される中学校社会科の歴史的分野・公民的分野の教科書の身分制・部落問題記述について検討します。大きな課題が残っています。

 中学校社会科の歴史的分野・公民的分野で検定合格したのは歴史で9社、公民で6社です。発行会社名は左記()内の文部科学省「教科書目録」掲載の略称を使用します。

 東京書籍(東書)、教育出版社(教出)、帝国書院(帝国)、山川出版社(山川)、日本文教出版社(日文)、自由社(自由社)、育鵬社(育鵬社)、学び舎(学び舎)、令和書籍(令書)(※ 山川、学び舎、令書は歴史的分野のみ 令書は再提出により、初めて検定合格とされました。)

第1部 公民教科書

1.新たな差別を生む教育啓発

 2020年6月に法務省人権擁護局から『部落差別の実態に係る調査結果報告書』が出されました。「旧同和地区出身者」を前提にしていて大きな問題です。それでも、教育・啓発が新たな差別を生むものとなっていることがわかります。

① 「部落差別(同和問題)を知ったきっかけ」は、「学校の授業で教わった」が最多の44%、 20代以下は70%以上。(報告書 p.117)

② 「部落差別はいまだにある」と答えた人の大部分は、実体験以外でそのような認識を得ている。(同 p.155)

③ 概して、啓発を受けた経験があると答えた人が、啓発を受けた経験がないと答えた人に比して、「気になる」の割合が相対的に高い。(同 p.157)

2.教科書では展望が見えない

(1) 部落問題とは何かが教科書ではわからない

 「部落差別は被差別部落出身者に対する差別」(東書、教出)など各社とも「被差別部落出身者」という言葉を使って説明しています(帝国、日文、育鵬社)。しかし同義語反復です。「被差別部落」とは何か書いていません。資料として同和対策審議会(同対審)答申をあげていますが、答申には「同和地区」とあり「被差別部落」はありません。自由社、育鵬社は「部落差別」の説明がありません。

(2)「被差別部落」を実在と誤解させる

 「被差別部落出身者」と書くことは、「被差別部落」を実在と誤解させます。執筆者は、おそらく実在していると思っているのでしょう。生徒から「被差別部落」はどこですかと聞かれたら、どう答えるのでしょうか。「『先生が知ってるから、先生と一緒に行ってみるか。友達にも声かけて一緒にいこか』というのでよいではないか」という人がいます。(1)

 民主主義と人権を守る府民連合(民権連)(2)は大阪府教育委員会に「生徒から被差別部落はどこですかと聞かれたら、先生はどう答えるのか」と質問、府教委の担当者は「それは昔のことで、今は被差別部落なんてないよといいます」と答えました。当然のことです。

注 (1) 森実『学び!と人権 <Vol.08>』2022年1月5日 日本文教出版のホームページ掲載のWebマガジン
森氏は日文の歴史、公民教科書の著作者に名を連ねている。

注(2) 民権連は全国人権連加盟の大阪の組織。2022年に終結。『民権連通信』号外2015年2月

(3) 同対審答申は60年前の話

  すべての教科書が同対審答申を紹介していますが答申にもとづいた特別対策は終了しています。答申は60年以上前の状況をもとにした文書です。今日の地域はまったく様相を異にしており、それを現代社会の課題として示すことは大きな誤りです。

(4)「被差別部落出身者」とは誰か、説明できない。

 教科書は「被差別部落出身者」といいますが、そもそも誰がそれに該当するのか、定義がありません。いえ、定義できないのです。

 大阪府教育センターが作成した冊子(1)では「誰が『同和地区の人』なのか、誰も説明できないのです」と書いており、民権連との交渉で府教委の考えだと説明しました。ある意味正直です。

注(1)  『安全で安心な学校づくり人権教育 COMPASS4』96頁 大阪府教育センター 2014年 (『民権連通信』号外2015年2月)

(5) 差別の解消を全く書かず展望示さず

 東書は「部落差別は被差別部落出身者に対する差別のことで、この問題は同和問題ともいいます」と書いたあと、「江戸時代に差別されていた、えた身分、ひにん身分」が明治時代に廃止されても「就職や教育、結婚などの面で差別は続き」、水平社結成、同和対策審議会答申、同和対策事業を説明した後「しかし今もなお差別は解消されておらず(略)部落差別解消推進法が制定されました」と続けます。帝国、教出、日文も似たようなものです。

 今は、先祖がだれであったか、どこに住んでいるかなどで差別する人はいません。心得違いの人はいますが、社会では通用しません。そういう社会になっていることを書いていません。

 日文だけは江戸時代のことを書いていません。日文は歴史教科書で、「明治以後のこの問題を部落差別とよんでいます」と注記しています(p.177)。そのとおりでしょう。公民教科書も明治以後しか書いていません。

(6) 差別を乗り越えた話を暗い話にすりかえ

 帝国のコラムは、差別を克服し祝福されて結婚した手記の、はじめの反対された部分のみ引用し暗い話として描いています。手記原典のタイトルは「山を動かした寛子さん」。「山を動かした」話こそ学びたいところです。

(7) 育鵬社の異様なコラム

 育鵬社はコラムで西光万吉が「高天原を理想とした」と書いて、「西光万吉の理想とする社会は現在、実現したのでしょうか。」と課題にし、神話に導きます。

(8) 教える→意識する 悪魔のサイクル

 内閣府の「人権擁護に関する世論調査」にもとづくグラフを教出、日文が掲載しています。

 「部落差別・同和問題に関し、体験したことや、身の回りで見聞きしたこと」で「交際や結婚を反対されること」は40.4%。実は「見聞きした」は「学校の授業で教わった」ということで、教えた結果がこのグラフです。そしてこのグラフを教科書に掲載し、授業で教えます。新たな差別はこうして作られます。悪魔のサイクルです。

第2部 歴史教科書 依然として特殊化・肥大化がはげしい

中学生に賤民を詳しく教える必要はない

 1974年の中学校歴史教科書に江戸時代の賎民について記述され、その後の改訂で詳しくなりました。そんなことは必要ないのです。大事なことは武士と百姓、町人の身分の別とそれによって暮らしがどうだったのかがわかればよいのではないでしょうか。

 近現代の賎称廃止令(いわゆる「解放令」)、全国水平社の結成についても、中学生に教える必要があるとは思いません。現代の課題で同対審答申を引用し、いまだに部落差別が残存しているかのように書くのは誤りです。

 部落差別解消推進法を理由に「部落差別は存在する」という主張があります。しかし法には「部落差別」の定義はなく、部落差別があることを子どもたちに教え続けよとは書いていません。法の参議院附帯決議は「教育及び啓発により新たな差別を生むことがないように留意しつつ、それが真に部落差別の解消に資するものとなるよう、その内容、手法等に配慮すること」と指摘しています。部落差別が今もあると描き、部落問題を特殊化・肥大化した教科書は「新たな差別を生む」ものです。

1.室町時代の「河原者」

 室町文化で、なぜ「河原者」だけが特別扱い

 東書 旧教科書のコラムは「河原者」の説明に221字、竜安寺石庭に41字。それでもこの改訂で河原者が短くなり、はじめて「枯山水」という言葉が登場しました。コラムに「人権 平和」とつくのもおかしな話でした。2025年度使用版では「人権 平和」は消え、河原者の記述はさらに減りました。それでも、本文の説明は造園者が誰かというものです。「河原者」を京都周辺に限定しました。「井戸掘り」や「庭園造り」をケガレから外しました。

 枯山水より河原者の記述が圧倒する室町文化の記述は、日本史学習としては偏っています。

 しかし同じ東書の高校教科書『日本史探究』では善阿弥を「同朋衆」とし、かれのもとで現場の作業についた人々を「山水河原者」と書いています。この違いをどう説明すればよいのでしょうか。

 教出・日文・育鵬社もコラムで河原者を書いています。帝国は巻頭口絵、本文、コラムで書いています。山川、自由社は記述ありません。学び舎もコラムで書いていますが、「銀閣をつくったひとびと」の中で、庭造りにあたった人を2行で触れているだけです。

帝国は「未来に向けて」というコラムに「人権・多文化」という注釈をつけています。人権を賤民身分に矮小化するものです。「河原者」のコラムでわざわざ「死刑」を取り上げ、図まで添えているのはいかがなものでしょうか。「なお『けがれ』は、近代以降に生まれた不衛生という考え方とは異なります。」と注釈していますが混乱させるだけでしょう。

2.江戸時代の身分制

 「えた」「ひにん」身分の説明について、生業(なりわい)(仕事)と役(負担)の区別がされていない教科書があります。「死んだ牛馬を処理する権利をもち」(教出)は誤りです。権利ではなく役務、義務でした。「牛馬の解体」などで生活した(東書)といいますが、牛馬の解体は毎日あるわけではありません。斃牛馬の処理は役であり、解体や加工はその代償であったという面を見落としてはなりません。以前から従事していた皮革業や雪駄生産などの生業とは区別すべきです。仕事と役の区別をしっかり書いているのは、学び舎だけです。

 前近代には、全国にわたって普遍的、横断的な身分というものは存在しません。あくまで局地的な性格をもっています。帝国も「差別された人々は、地域によってさまざまな呼び名や役割で存在していました」としています。学び舎が「かわた(長吏)」の語を使ったのもよいことだと思いますが注釈のないのは不親切です。

 「えた」という蔑称の身分が江戸時代の初めからあったわけではありません。教出が書くように「支配に都合よく利用されて徐々に強められ」たもので、帝国も「江戸時代中期から…百姓や町人とは別の身分として位置づけられました」と中後期になって身分とされたと正しく書いています。住む場所や職業、服装などの規制は武士、百姓、町人などそれぞれの身分ごとに及んでいました。それが身分社会というものです。賤民身分だけが統制されたというものではありません。

 帝国は室町時代のところでことさらケガレを強調していますが、江戸時代のコラムで「死に関わっていても、医師や僧侶、処刑役に従事した武士などは差別されなかった」と書き、結局「ケガレ」ってなんなのと言うことになります。

 日文は江戸時代後期に「えた」身分のなかに豊かになる者があらわれ、身分制がゆるんだので、差別が強化されたと書いていますが、豊かになるものは百姓、町人にもいます。「えた」を強調する必要はありません。

 自由社、育鵬社、令書は「えた」と「ひにん」の区別や、役と生業の区別もなく不適切です。

3.江戸時代の身分別人口グラフは根拠なし

 どの社も関山直太郎『近世日本の人口構造』を典拠としています。同書は「幕末における身分別の人口構成は、武士六~七%、百姓八○~八五%、町人五~六%、神官僧尼一・五%、エタ・非人一・六%」(p.323)と書いています。この数字で円グラフは描けません。秋田藩を扱う山川以外はどれも適当に作図した根拠のないグラフです。

4.解体新書

 「蘭学事始」をもとに執刀した者の記述の方が多い教科書は異常です。山川や特に学び舎は蘭学の発展に果たした『解体新書』の役割をきちんと書いています。

5.渋染一揆

 すべての小学校6年の教科書(東書、教出、日文)に掲載され、中学校でも東書、教出、帝国、日文がとりあげていますが、特別扱いは疑問です。

 日文だけは摂津河内の国訴とならべ「このように,19世紀のなかばごろから,社会の枠組みをこえて,自由な経済活動や平等な社会を求める動きが盛んになりました」と「世直し一揆」の位置づけをしています。

 山川、自由社、育鵬社、学び舎、令書は記述ありません

6.明治維新 太政官布告

 学び舎が「古い身分の廃止と新しい身分」と小見出しをつけ、「解放令」と書かずに、「『えた』『ひにん』などの呼び方を廃止して、平民としました」としているのは、身分制の改革と賎称廃止の布告内容を正しく伝えるものになっています。

 帝国は、1871年太政官布告について「いわゆる『解放令』」を「いわゆる『解放令』または『賤称廃止令』」と「賤称廃止令」を挿入しました。2021年使用東書に続くものです。

 山川は「称を廃止し」と書いています。教出、日文、育鵬社は「呼び名を廃止」と書いていません。帝国は、明治以後の記述に賤称を使いません。太政官布告を尊重しているように見えます(と評価したいのですが、前述のように帝国の公民教科書では残念)。

 「解放令」をよりどころに差別からの解放への動きがあったことを書いているのは東書、教出、日文。

 日文だけが「明治以降のこの問題を部落差別とよんでいます。」と書いています。これはそのとおりです。「部落問題学習」として江戸時代以前の賤民の学習が一部で流行していますが、それは身分制の学習であって部落問題の学習ではありません。

 単に「身分制度の廃止」とするのは、明治以降の新しい身分制度を無視するもので不適切です。

7.全国水平社

(1) 異常な水平社の特別扱い

 1920年代の社会運動の記述は、水平社だけが特別扱いです。

 東書の場合、本文で労働組合4行、図版2点。農民組合2行のみ。一方、水平社は本文で小見出しと5行、図版2点、側注2点。さらに見開き2ページを使って「『解放令』から水平社へ」というコラムを載せています。

 今回は日文も東書にならったのか見開き2ページを使って「水平社の創立とさまざまな人権運動」を掲載、すさまじい偏向です。

 どの教科書も人口の8割をしめていた農民の状態がわかる資料は極めて少ないか、ありません。

(2) 説明なしの用語「被差別部落」

 東書、帝国、山川、日文、育鵬社、学び舎が、ここでいきなり「被差別部落」という言葉を使っています。山川だけが側注で「江戸時代にえた・ひにんなどと呼ばれ、差別された人々が住まわされたことによって形成された集落」と説明しています。他社は説明がありません。

 東書、教出、育鵬社、自由社、学び舎は「部落差別」という言葉を使っていますが説明がありません。

 令書は「全国水平社による部落解放運動」と一言書くだけで説明はまったくありません。

 帝国は「差別された人々は」と書き、「部落差別」は出てきません。2016年度使用教科書の本文には「みずからの手による部落差別問題の解決をめざして」と書いていましたが、2021年度使用教科書では「みずからの手による平等な社会の実現を目指して」と修正しています(2025年も)。子どもたちにわかりやすい適切な文章となり、評価できるものです。一方、コラムの中で、2021年度使用教科書では「差別されていた人々」と書いていたところを2025年度使用教科書では「被差別部落の人々」と書き換えています。

東書は見開き特設ページで、「解放令」(「賤称廃止令」)、部落改善運動、水平社運動と山田孝野次郎、靴の製造や道具、旧柳原銀行、島崎藤村と『破戒』を掲載しています。

 「江戸時代まで被差別部落の主要産業で、大きな利益をあげていた皮革産業」といいますが、それは特定の地域のことで一般化できる話ではありません。部落改善運動から水平社への説明は専門的な内容です。部落改善運動と水平社運動の違いなど中学生にわかるものではありません。この見開きは、部落解放運動史の一部ではあっても、中学生の歴史学習の一部にふさわしいとはいえません。

(3) 特異な日文の見開き特設ページ 新たな差別を生むもの

 日文は今回見開き特設ページを挿入。内容は水平社運動史ともいうべきもので大人が読んでもむつかしい内容です。賤称語を紹介していることは看過できません。「あえて自らに対して『特殊部落民』を使い、自らに誇りをもって運動に立ち上がることをよびかけました」という説明は差別的でなければ用いてもよいという誤解を招きます。

 民権連の指摘やそれを受け止めた大阪府教委の努力などもあってか、実教の高校教科書から「特殊部落」という言葉は消えました。日文に新登場したことは厳しく批判されるべきでしょう。

水平社宣言を「『日本で初めての人権宣言』といわれる」というのは、誰によっていわれるのか聞いたことがありません。「『人権宣言』とは、いうまでもなくフランス革命の人権宣言を典型とする近代諸国の人民の権利の宣言である。その意味での日本の人権宣言は日本国憲法である。」(1)

注(1) 広川禎秀大阪市立大学名誉教授(『全国水平社創立100周年記念講演会記録集』大阪歴教協他編 2022年)

 学び舎は「全国の特殊部落民団結せよ」と書かれたポスターを掲載しています(東書高校「日本史探究』、実教高校「歴史総合」も)。「特殊部落民」という言葉を教科書に掲載するのは不適切です。

 令書は部落解放運動と言葉だけで説明がありません。

7.戦後 部落解放運動の再建

 東書、教出は「部落解放運動が再建され」、日文は「部落解放全国委員会が再建され」と書いています。「部落解放」は今日では特定の運動団体のものとなっています。「部落解放」の名で「ゆきすぎた言動」があり、新しい差別を生むことになったことを銘記すべきでしょう。

 帝国、山川、自由社、育鵬社、学び舎、令書は記述ありません

8.現代の課題

 東書は「部落差別の撤廃など、人権に関する課題もいまだ残されています」としています。

 教出、日文は「国民的課題です」と60年前の同対審答申をそのまま今の課題であるかのように繰り返しています。進歩を語らず未来への展望を語ることができないとしたら、それは子どもたちにふさわしい教科書といえるでしょうか。

 帝国、自由社、育鵬社、学び舎、令書は記述ありません。

9. 教科書記述のさらなる改善を

 賎民身分の社会的差別について、中世の賎民身分がどのようにして、江戸時代に幕府や藩に把握されたのか、そのことによって多様な賎民身分がどのような生活を強いられることとなったのか、中学生にわからせることはたいへん困難なことです。無理をするべきではありません。

 それよりも政治起源説や職業起源説に陥らないようにすることが大切です。

 部落問題の克服・解消が進んでいるのに、それを反映した教科書はありません。そのことこそが教えられるべき内容です。これも歴史ではなく公民的分野の課題です。

 学び舎の教科書は、他の教科書にくらべると、扱う項目も少なく、記述量も多くありません。それでも不要な記述があります。歴史的分野だけの教科書ですから、戦後の部落問題や部落差別の解消について書く必要はありませんが、「部落差別の廃止と人間の尊厳の回復をうたう『水平社宣言』が読み上げられました。」と本文で書き、山田少年の演説と写真や「特殊部落民」とあるポスターを載せるのは、「新たな差別を生む」(参議院法務委附帯決議 2016年12月8日)ことになりかねません。

 まだまだ特殊化・肥大化は続いています。子どもたちにとって、教科書の記述はたいへん重要です。基本的事項についての理解が進むように、簡潔で、わかりやすい記述が求められます。学習指導要領にもない事項を克明に書けという締め付けはないはずです。教科書の記述内容の改善を求めるとともに、「新たな差別を生むことがないように」どう扱うかは慎重に検討し実践しましょう。

(柏木 功/大阪教育文化センター「部落問題解決と教育」研究会代表)

第49回 大阪はぐるま研究集会(7月27日)

第48回 大阪はぐるま研究集会
主催 大阪はぐるま研究会

子どもの心を育む教育と授業づくりをめざして

1.期日 2025年7月27日(日)
2.会場 金光教 玉水記念館
最寄り駅:地下鉄四ツ橋線「肥後橋」 8番出口 西へ1分

玉水記念館

3.日程
 9:00 受付
 9:30 【午前の部】3つの分科会(作品研究)
 12:00 昼食休憩
 13:00 【午後の部】全体会 (詩の朗読・特別講演・記念講演)
 16:30 閉会

午前の部 (9:30~12:00)
 1.分科会 (作品研究)
      低学年 「ずうっとずっと大すきだよ」
      中学年 「三年とうげ」
      高学年 「たずねびと」

午後の部 (13:00~16:30)
 1.開会あいさつ
 2.詩の朗読
 3.特別講演
  「子ども・青年の心の声を聴く」 土佐いく子 さん(なにわ作文の会 和歌山大学講師)
 4.記念講演
   「生命のいとなみの中で教育をとらえ直す」 鈴木 大裕 さん
 プロフィ-ル 鈴木大裕 (すずき・だいゆう)
 教育研究者/土佐町議員。16歳で単身アメリカに留学。そこでの教育に刺激を受け、日本の教育改革を志す。修士号取得後に帰国し、通信教育で教員免許を取得。千葉の公立中で6年半英語を教える。その後、フルブライト奨学生として再渡米し、コロンビア大学大学院博士課程に学ぶ。2016年、研究の成果である『崩壊するアメリカの公教育:日本への警告』(岩波書店)の出版を機に、人口4000人の高知県土佐町に家族で移住。2019年に町議会議員選挙に初出馬してから2期連続トップ当選。議員として教育を通した町おこしを目指しつつ、執筆や講演活動をしている。

 2023年に、高校への不登校が、日本一になってしまった大阪、不登校になった生徒のために作られた学校への誘導も進んでいます。けれども本来なら不登校の生徒を出さないように、それぞれの学校が、不登校がなぜ起こるのか、その原因を探り解決すべきなのに、進んでいるのは、定員割れと公立高校の廃校。この10年でなんと75校が廃校になっています。アメリカ、そして大阪……崩壊する公教育に、私たちは、どう抗えば良いのか? 知るためにもこの機会にぜひ!!
 『崩壊する日本の公教育』(集英社新書)2025年2月、第4刷刊行
『崩壊するアメリカの公教育~日本への警告~』(岩波書店)2025年4月、第14刷刊行

                              〔 〕は担当サークル
詩の朗読 「愛、生命、つながりの詩を」[和泉どの子も伸びる研究会]
(作品研究)
低学年 「ずうっとずっと大すきだよ」(ハンス・ウィルヘルム作・絵)(光村図書)
 一緒に大きくなったぼくとエルフですが、エルフは死んでしまいます。でも、ぼくはいくらか「まし」でした。それはどうしてでしょうか。このお話は、言葉に出して気持ちを伝えることの大切さをかいたお話です。教材分析をすると、きっと誰かに気持ちを伝えたくなるはずです。[北摂はぐるま研究会]

中学年 「三年とうげ」(朝鮮半島民話)(光村図書)
「三年とうげ」は、作品の舞台である朝鮮半島の農村に伝わる民話です。このお話は「三年とうげで転ぶと三年しか生きられない」という言い伝えを信じて病気になってしまったおじいさんが、トリトルという青年の機転によって長生きしたというお話です。全体に流れるリズム、テンポのよさは、語り継がれた昔話や民話の特徴を伝えています。起(物語の舞台設定)・承(おじいさんの登場)・転(事件の発生)・結(解決)という構成になっており、さらに「ところで…」で始まるなぞかけもあり、楽しく読み進めていくことができます。また複合語が多く使われ、情景や心情を読んでいき、物語を読む楽しさを味わいたいと思います。[泉南はぐるま研究会]

高学年 「たずねびと」(朽木祥作)(光村図書)
 羽曳野はぐるま研では、月に一度集まり、毎回教材をじっくりと読み合い、和やかに意見のやり取りをしています。
 「たずねびと」は、小学5年生の主人公綾が、駅の構内のポスターで見つけた同姓同名、さらに年齢も同じ11歳の「楠木アヤ」さんをたずねていく物語です。兄と一緒に、広島の平和記念資料館や原爆供養塔などを訪れる中で変わっていく綾の心情を読み取り、そこから生きていることや平和であることの意義を考えていきたいと思います。[羽曳野はぐるま研究会]

地域サークル
 北摂はぐるま研究会 羽曳野はぐるま研究会 人権と社会科研究サークル 泉南はぐるま研究会 大阪はぐるま研究会

参加申込みについて
1.参加費 2000円(学生は1000円)
2.申し込み当日参加の方、本部受付でお願い致します。
  なお、従来通りハガキ・Fax・Email・電話等での参加申し込みも受け付けます。その場合も本部で受付をお願い致します。
      事前申し込みの際は、①氏名 ②郵便番号、自宅住所・電話番号 ③勤務先 
      締め切り  7月20日(日)
3.申し込み・問い合わせ先
〒 590-0423 泉南郡熊取町自由が丘2-15-13  辻まち子
EーMail machiko-tsuji☆ares.eonet.ne.jp  ☆は@に替えてください。
       Tel&Fax  072-453-5214
4.昼食は各自ご持参ください。
───◇───
☆実践報告・作品研究
参加者全員で話し合い、考え合い、学び合い、その教材について読みを深めて いく集団研究の場です。担当サークル・担当者が話題・問題提供いたします。

日本国憲法 第二章 戦争の放棄
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

「教え子を戦場に送らない」この思いつよくつよく、わたしたちは平和憲法を守ります。
         大阪はぐるま研究会

パンフ『子どもからはじめるインクルーシブ教育』

問い合わせ先:info☆nginet.or.jp
申し込み先:全障研大阪支部 大島悦子  1954.e.rengeso☆gmail.com
    メールは☆を@に替えてください。(迷惑メール防止のため☆で表示)

パンフレット
子どもからはじめるインクルーシブ教育
―『共同教育』50年の歴史を次世代に―」
著:全国障害者問題研究会・共同教育研究プロジェクト
頒価:200円

 「…交流の形態や内容は多様です。なぜならば、子どもの実態、学校の実態、地域の実態は様々だからです。多様な形態・内容であっても、子どもたちが心待ちにする取り組みには共通点があります。
実践を持ち寄り検討し、何を大切にしているのかを学び合い、蓄積してきたのが「交流・共同教育、障害理解学習」分科会です。検討を進める中で、何もかもを「交流」の中に求めていくのではなく、子どもたち自身が活動し実践する場面と、新たな知識を獲得し認識を変革していく学習の場面とに区分してとらえ、それぞれにねらいをもって取り組みを進めていくことの必要にも気づき、実践を発展させてきました。
 ・・・今、学校現場で教育実践を作り上げているみなさんと分科会で培ってきた内容を共有し、新たな実践を提案してほしいと願っています。
・ ・・通常学級に居さえすればインクルーシブ教育だという潮流の下、障害児が求める教育そのものから排除されている状況が全国に広がっています。中でも、2022年4月27日の文部科学省の「特別支援学級及び通級による指導の適切な運用について(通知)」は、教育の場からの排除に拍車をかけています。
 こんな今だからこそ、子どもの願いに耳を傾け、しっかり受け止める教育、仲間の中で育ちあう教育が求められているのではないでしょうか。
 この小冊子が、日々悩み、どこかおかしいぞと思いながら、子どもの発達に心を砕いている先生たちと共に考え合う始まりになることを願っています。」(「序章 パンフレット発行にあたって」より)
 このパンフレットは、「共同教育」パンフの第1弾です。続くパンフの発行にご期待ください。

第48回大阪はぐるま研究集会

子どもの心を育む教育と授業づくりをめざして
1.期日 2024年8月3日(土)
2.会場 金光教玉水記念館
   最寄り駅:地下鉄四ツ橋線「肥後橋」8番出口西へ1分
 記念講演「平和と社会の課題―憲法と教育―」
      石川康宏さん(神戸女学院大学名誉教授)
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ブックレット『部落問題の解決』

ブックレット『部落問題の解決』

データが示す 「部落」? そんなものはない
部落差別解消推進法は特別対策復活の根拠にはならない
府も法務省も  新たな差別を生む「人や地域を特定した調査はしない」

■ 頒価 500円 2024.1.10.発行
 A5版/並製/128ページ
 書店では販売していません。
 申込は 大阪教育文化センターまで
 TEL 06-6768-5773  FAX 06-6768-2527

■専門用語を使わずに、平易な言葉で、部落問題のそもそもを説明。
 部落問題解決の到達点や「部落差別解消推進法」について、行政のデータや資料を豊富に引用。
 本書で示した「そもそも論」や客観的なデータは部落問題の解決に確信が持てるものです。

■本の内容
はじめに
第1部 部落問題とは その解決とは
1.部落問題とは何か
2.部落問題の解決とは何か
3.部落差別は根拠のない差別
  垣根をとりはらうことで解決
4.部落の歴史 起源を考える
第2部 大阪府人権局の調査が明らかにしたもの
1.対象地域の人口減と構成の変化
2.対象地域は多様、ひとくくりにできない
3.課題が集中している地域は対象地域以外にもある
4.対象地域で見られる課題は、必ずしも全てが
  部落差別の結果と捉えることはできない 
5.人や地域を特定した調査はできない
第3部 部落差別解消推進法のトリセツ
1.部落差別解消推進法成立への経緯
2.条文の検討
3.附帯決議は部落差別解消の姿勢を問う試金石
  歴史の到達点はゆるぎない
第4部 「新たな差別」を許さない
1.部落差別解消推進法は
  特別対策復活の根拠にはならない
2.部落問題解決の到達点を踏まえよう
3.新しい差別との闘い
第5部 資料
大阪府人権局『旧同和対策事業対象地域の課題について』
法務省(依命通知)「法務省権調第123号」
部落差別解消推進法・附帯決議

「府外教」「市町村外教」への行政当局の直接関与・協力に対する見解(大教組)

「府外教」「市町村外教」への行政当局の直接関与・協力に対する見解

1992年11月
大阪教職員組合 中央執行委員会

 「連合」府教組など一部団体が行政の庇護を受けて進めてきた「大阪府在日外国人教育研究協議会」(「府外教」)の結成総会が10月17日行われ、各市町村においても「市町村外教」づくりがすすめられようとしています。これらの「府外教」「市町村外教」は、誤った解放教育路線を新たに在日外国人の教育の問題を利用して学校現場におしつけることを狙って進められており、こうした特定の「研究団体」の設立、運営等について府教委や市町村教委が直接関与・協力することは、憲法・教育基本法で保障された教職員の教育・研究の自由を侵害し、一部の潮流に肩入れする教育行政の著しい逸脱です。さらに個人の自由に属する研究団体への参加・不参加までも学校単位での一括加入などで強要しようとしており、新たに結成されようとしている「府外教」「市町村外教」は、既存の「大同教」や「市町村同教」と同様に学問・研究の自由を侵害する憲法・教育基本法違反のおよそ「自主的研究団体」とは言えない重大な問題を持った組織です。

 その第一は、「府外教」や「市町村外教」の結成・運営に行政が直接関与・協力する根拠とされている『在日韓国・朝鮮人問題に関する指導の指針』(「府教委指針」)なるものを、府教委が憲法・教育基本法に違反し、教育の自主性を踏みにじって作成したことの誤りです。

 本来、教育活動の条件整備について直接責任を負う教育行政が、教育内容に関わって「指針」なるものを出し、特定の教育内容のおしつけへ、現場の教育活動を制約するなどと言うことは、憲法・教育基本法から大きく逸脱した偏向教育のおしつけであり、断じて許されません。

 第二は、その「指針」の内容や「府外教」「市町村外教」が推進しようとしている、新たな「同化」と「排外主義」をおしつける誤った教育論です。

(1)  在日外国人児童生徒の母国語をはじめとする民族教育は、その民族自身の手によって行われることが基本です。圏本人教師が行うべき民族教育は、日本人児童生徒に対し、日本の歴史と現実に対する児童生徒の科学的認識を育て、民族の遺産や民…豊主義の伝統についての正しい認識に基づいた民族的な自覚を高めることにあります。そして日本の学校に学ぶ外国人児童生徒の教育については、日本と諸外国の児童生徒の連帯を育てる中で、外国人としての民族的自覚を高めるよう援助することにあります。日本人教師が、外国人児童生徒の民族的自覚や誇りそのものを育てたり、教えたりすることはできません。もしそれを無理に行おうとするならば、外国人児童生徒の民族主権を侵害し、日本人の立場からの外国観・外国人観を強要し、結果として「同化」を強いるものとなるからです。

 しかし「指針」は、「在日韓国・朝鮮人の問題については、日本と朝鮮半島をめぐる近代以降の歴史的経緯や社会的背景の下で生み出されてきた偏見や差別が、……在日韓国朝鮮人児童生徒にとっても自らの誇りや自覚を身につけることが困難な状況を生み出してきだ」とし、民族主権に関わる民族教育の問題を、「偏見と差別」の問題に、日本国内の差別問題一般に解消し、「差別をしない。差別を許さない」「偏見や差別をなくすように努める」といった、心購え、道徳主義の教育にすり替えてしまい、日本人教師にもできるかのようにして強要しようとしています。在日外国人に対する民族問題には、在留外国人としていかに生きるかという、在留外国人としての主権、民族主権が十分保障されないために、日本人と同じ様に生きていかねばならない「同化」という問題と、職業選択や社会保障など実際生活上における差別扱いという二つの側面がありますが、「指針」は、いかにも在日外国人の「誇りや自覚」を大切に扱うように装いながら、結局は、他民族の子弟の教育問題を日本の国内問題にすり替え、民族問題の中心的課題である民族主権の尊重を塗り消しています。民族の将来の主権者を育てるという民族教育の課題は、差別の問題が解決したとしても解消されません。

 「府外教」の設立文書や各「市町村外教」方針等では、この誤りがさらにあからさまなものとなっています。一連の文書では、「共に生きる」ということが、「民族文化の尊重」「違いの認め合い」などの言葉と共に、繰り返し強調されていますが、民族主権を尊重する文言はどこにもみられません。在日外国人は、他の主権国家の公民であり、日本において、日本人と「共に生きて」いくか、祖国と共に生きていくか、また他国で生きていくことを望むかは、在日外国人自身が自主的に決定すべきことです。もし仮に在日外国人自身が「共に生きて」いくことを望んだ場合にも、在日外国人としての民族主権が尊重され、相互の自主性を堅持した、自立した連帯の立場で、共に生きていくことを追求すべきであります。
 とりわけ日本政府が、朝鮮民族自身による民族教育を敵視する政策を継続してきている状況の下で、民族学校がほとんど保障されず、日本人学校へ通学することが余儀無くされている在日朝鮮人子弟に対して、「差別されるもの」という烙印をおしつけながら、「共に生きる」ことを一方的におしつける、そうした教育を日本人教師に公教育として強要することは断じて許されません。

 それは、在日外国人の民族主権を抑圧するこうした日本政府の政策の下で、民族主権の尊重を第一義的なものとせず、曖昧にしたままで、在日外国人に対し「共に生きる」ことを追ることは、「民族文化の尊重」「違いの認め合い」をいくら強調しても、「同化」の強要にしかなり得ないからです。このことは、次の加藤紘一官房長官の発言にも端的に示されています。

 「在日外国人の方々も同化する努力を長い間続けているので、不信感は急速に薄れつつあると思う」(「朝日」92.6.10付)。

 これまでは、在日朝鮮人の民族的団結自体を治安の対象としてきた日本の「行政」が、「安心して」人もお金もだし、「日の丸・君が代」の執拗なおしつけとも矛盾せずに在日朝鮮人の「民族文化の尊重」を平然と主張できる根拠はここにあります。

(2)  憲法。教育基本法の理念と原則、さらには子どもの権利条約の立場に立った民族教育は、何よりも日本人児童・生徒及び在日外国人子弟が、民族としての自立とそれぞれの民族間の平和と連帯を育てる教育を保障するものでなくてはなりません。

 しかし、「指針」や「府外教」設立文書等は、「日本の社会・学校教育が在日韓国・朝鮮人やその子どもたちを抑圧している現実…」と日本人全体を加害者とする日本人加害者論の立場に立ち、日本人=「差別する者」、朝鮮人(外国人)=「差別される者」という特定の考え方から・日本人児童・生徒に対しては、「他民族に接している日本人の子どものいびつな意識やゆがめられた朝鮮(人)認識を正す教育の重要性が」と差別意識の自己批判と懺悔を迫り、朝鮮人児童・生徒には「自覚」を持たせるための「本名宣言」を迫るという排外的な民族主義をことさらに煽るものとなっています。もし、こうした教育がこのまま進められるならば、「差別と闘う」という名のもとに「差別さがし」が進められ、子どもどうしが対立させられることになります。実際に、いくつかの地域では、成長過程にある子どもの未熟な発言をとらえた「差別事件」化が意図的に引き起こされつつあります。

 このように「指針」等の立場に立った「誇りや自覚」とは、「差別されるものとしての自覚」や「差別に負けず、闘い続ける決意」という情念のみを煽る、育ててはならない排外的なものであり、平和と国際連帯につながる民族的な誇りや自覚とはまったく無縁なものです。

 さらに問題が、差別問題のみに一元化されることによって、日本帝国主義と日本人民の区別が意図的に塗り潰されてしまい、在日朝鮮人の民族的権利を侵害し、民族的自立を妨げて来た真の原因・元凶があいまい化され、隠蔽されてしまっています。在日朝鮮人の民族的自立を破壊・妨害してきた真の元凶は、戦前においては、日本の軍国主義、天皇制支配層が、帝国主義的侵略を推進するため、他民族抑圧政策をとり、日本人民の民主主義・侵略戦争反対の運動を萌芽のうちに徹底的に蹂躙し、さらに国民を侵略戦争に駆り立てるために民族排外主義を注入拡大していったことにあります。そして戦後も日米安保条約と米日韓癒着体制の中で、米極東政策への従属の下に、その意図は変形しつつ継承され、日本政府の朝鮮政策は、一貫して「韓国軍事政権」への援助と南北の分断の継承・固定化への援助であり、そうした政策推進のために在日朝鮮人の民族的自立に対する一貫した妨害と、様々な法的規制による抑圧が行われてきたのです。「指針」等は、こうした朝鮮民族に苦難をもたらした真の原因と日本政府の責任を意図的に隠蔽し、欠落させるため、問題の根本的な解決へ向けての展望を閉ざし、悲壮な排外主義を煽るのみで、結局は在日朝鮮人子弟を民族ニヒリズムに追い込んで行く犯罪的なものです。

 第三は、教育・研究の自由を侵害し、教育を運動に従属させる、府教委や市町村教委の「府外教」「市町村外教」への直接関与、協力の誤りです。

 「指針」等が前述のような排外主義で貫かれたものとなる根源は、「同和問題・在日外国人問題・障害者問題・男女平等の問題に関する教育を充実させ、差別をしない、差別を許さない……」と、在日外国人問題を、同和問題、障害者問題の間に挟んで、同様の性質のものとして扱う「指針」の記述にも見られるように、「解同」理論である被差別統一戦線の立場に立ち、民族主権の尊重に関わる在日外国人の問題を、同和問題や障害者問題と混同し、同列視していることにあります。部落問題の解決は、平等・融合をめざすものであるのに対して、在日外国人問題は、外国人としての区別を明確にし、その権利を保障することが基本となります。

 しかし「指針」や「府外教」設立文書等では、その出発点が「解同」の運動にあるため、被差別統一戦線という特定の運動の課題を教育と研究に直接的に持ち込む、教育と運動を混同した根本的な誤りがあります。このことは設立の経緯から見て一層明らかです。

 「大阪の在日外国人教育は、部落解放をめざす課題を機軸に据え、反差別・人権の教育課題を追求してきた『同和』教育運動と分かちがたく結びあって発展し……その教育要求は、部落解放大阪府民共闘会議に集約され、『大阪府在日韓国・朝鮮人問題に関する指導の指針』の成果を生み……結成を宣言します。」(「府外教」結成総会アピール)

 このように、「府外教」や「市町村外教」は、特定の一運動団体にすぎない「解放共闘」(部落解放同盟、「連合」府教組など)の要求によって設立されたものであるだけでなく、「矢田問題」をはじめ「吹田二串事件」など、不法不当な教育介入、暴力的糾弾を推進した「解放共闘」の、教育の基本と条理を逸脱した運動を「発展」と位置付け、それをさらに推進しようとするものです。

 また、「大同教」や「市町村同教」が、その集会への割り当て動員などを要求し、行政と管理職が一体となってこれへの参加を強要したり、研究発表のために副読本”にんげん”の実践が強要されるなど、職場の分断と管理統制を強化する一つの手段として、大きく利用されている実態からも、こうした特定の誤った運動を教育と研究に直接的に持ち込み教育を運動に従属させる「大同教」や「市町村同教」、そして「府外教」「市町村外教」の反動的な狙いと一切の学校教育への介入を断じて許すことはできません。

 第四に、府教委や市町村教委が、行政の基本立ち返った施策をきちんと進めることの重要性です。今、行政がとりくまなければならないことは、一部特定の運動に従属したこうた憲法・教育基本法違反の教育内容への介入ではありません。

 急速に増加しつつある外国人労働者の流入との子弟に対する教育保障のための条件整備を、在日朝鮮人子弟に対する教育保障と合わせ、日本政府も批准している国際人権規約や子どもの権利条約の立場に立って緊急に進めることです。とりわけ、長年にわたって継続されてきている在日朝鮮人に対する民族的抑圧政策の転換を日本政府にも要望し、その子弟に対する民族教育が朝鮮人教師によって行われるよう保障することが重要です。

 国際人権規約A規約(79年日本加入)は第二条で「締約国は、この規約に規定する権利」が、人権や性や「国民的出自」による「いかなる差別もなしに行使されることを保障する」と「約束」し、第十三条(a)項で「初等教育は義務的」で「すべてのものに対して無償のもの」とするとしています。続いて(b)項には「中等教育」の項もありますが、この項は高校義務化だとして、日本政府は不当にも批准していません。しかし、これらの規約を受け入れることで、日本政府は、外国人の子弟に義務。無償の小中学校教育を権利として保障すると約束しているわけです。さらに子どもの権利条約では、より明確に一切の差別なしに(第二条)、「初等教育」(無償)と「中等教育」(無償の導入、財政援助)の「機会」を保障する(第二十八条)としています。とりわけ子どもの権利条約第二十九条(c)項は、「子どもの親、子ども自身の文化的アイデンティティー、言語及び価値の尊重、子どもが居住している国及び子どもの出身国の国民的価値の尊重、ならびに自己の文明と異なる文明の尊重を発展させること」と明示しており、在日外国人子弟の「教育を受ける権利」に加え、出身国それぞれの「文化的アイデンティティー、言語、価値」を「大切にするもの」への教育、すなわち民族主権を尊重した民族教育の保障は、国際的な責務だといえます。例えば、一人でもブラジルの子が入学してきたなら、ポルトガル語の学習を励まし、課程内外でその学習を保障し、そのためポルトガル語を使える教師、助手、ボランティアを採用することや出身国の新聞や出版物を入手し、自由に文通・往来することを保障したり、二国間交渉を急ぎ、たとえば日本・ブラジル政府の協定でポルトガル語や文化の学習に必要な出版物、ポルトガル語の教師(ブラジル人を含む)を配置することなど適切な措置を取る必要があります。

 こうした教育を保障するため、実態を良く把握しつつ、日本政府や文部省にも要請し、条件整備を進めていくことこそが、今、行政に求められています。しかし、大阪府教委は、教育内容に介入する憲法。教育基本法違反の「指針」によって問題の本質を日本国内の差別間題にすり替え、現場教職員に責任を転嫁するだけでなく、「すべての諸人民間、民族的、国民的、…ならびに先住民族との相互理解、平和、寛容、性の平等及び友好の精神」を作り出していくことを明示した子どもの権利条約にも反して、民族主義的な排外主義を煽り、同化を強要する「府外教」「市町村外教」に直接関与・協力しようとしているわけです。

 第五は、「府外教」や「市町村外教」が財政面や参加形態・運営などから見て、特定の任意団体であるにも関わらず、行政への依存が極めて強く、官制団体のようにふるまいつつ、特定の運動を教育と研究におしつける、その学校介入を推進する機関となっている問題です。それぞれの「市町村外教」の会則では、「この会は、…市立幼稚園および養護学校、小中学校等をもって構成する。」や「本会は、…市立学校園の教職員でもって構成する。」などとし、すべての教職員を構成員とするような装いをとり、その財政も「この会の経費は…市よりの助成金等をもって当てる。」や「本会の経費は、補助金をもって当てる。」と行政丸がかえのものから、「経費は、会員校の会費等を持って当てる。」などとして各学校に自動的に「会員校」として学校長あてに文書を出しているものまであり、あくまでも個人の自由に属する研究団体への参加・不参加を、行政が加担をして学校単位などでの一括加入のような装いを取らせることは、憲法。教育基本法で保障された教職員の学問。研究の自由をファッショ的に侵害する、憲法違反のとんでもない暴挙です。

 とりわけ「府外教」等は、その設立のための事務局が、「連合」府教組内に設けられるという、明らかに一部特定団体の排外的な運動を推進する「研究団体」であり、その結成・運営に行政が加担することは、断じて許すことができません。

 今、各学校現場では、政府・文部省の反動的な教育行政のもと、低学力、生活の崩れをはじめ、増え続ける登校拒否や非行、いじめ、問題行動など大変な教育困難に直面しています。とりわけ小学校では、反動教育そのものをおしつける新学習指導要領が本格実施となり、「もうこのままではやっていけない」限界にまで追い詰められつつあります。また府教委による選別と競争を煽る高校多様化、入試制度改悪等により、その矛盾はより一層激化されつつあります。

 こうした下で、在日外国人子弟に対する教育保障をしっかりと進めていくためには、日本の教育そのものを憲法・教育基本法の精神に基づき、すべての子どもたちに確かな学力と生きる力を保障する教育へと前進させて行く、そうしたとりくみと結び合わせていかなければなりません。

 これまで大阪の教育運動は、すでに「矢田問題」をはじめ、同和教育と部落解放運動をめぐって、教育の自主性と教師の尊厳に関わる重大な事態を体験しながら、優れた教育実践を生み出してきました。とりわけ民族教育と関わっては、大教組教研「民族教育」分科会、「平和と国際速帯」分科会等で発表されたレポートをはじめ、数多くのすぐれた実践があり、「在日朝鮮人問題は民族問題であるという視点から、民族的自立の尊重と民族的権利保障の問題に真正面からとりくんだ」実践や「侵略と他民族抑圧の政策、それに対する抵抗と友好・連帯のたたかいなど、歴史に対する秤学的認識を深め、そこから課題をくみとり、未来を展望する力を養おうとした」実践や「朝鮮人生徒をとりまく日本人生徒集団の民主的成長が、朝鮮人生徒の民族的自覚を支え・それがまた日本人生徒集団の成長を
促すという関係を作りだし、道徳教育としてではなく、民主的な生徒集団の形成を軸として、在日朝鮮人生徒の民族的成長を『援助』していった」実践など、日本の学校での民族教育の推進と一体のものとしてとりくまれてきた、在日外国人教育にかかわる原則的な視点も確認されてきています。

 こうしたすぐれた実践は、何よりも憲法。教育基本法に示されるがごとく、いかなる不当な圧力にも屈することなく、学問・研究の自由と教育の自主性を守り、民主主義を貫くことによってこそ切り開かれたものです。
 大教組中央執行委員会は、こうした民主教育の前進に逆行し、障害となる誤った「指針」を府教委が白紙撤回し、「府外教」「市町村外教」そして「大同教」「市町村同教」への行政当局の直接関与・協力に断固反対するとともに、教職員の教育・研究の自由を守り、自主的な教育・研究と実践が保障されるよう奮闘することをあらためて表明するものです。

以上

第47回 大阪はぐるま研究集会

第47回 大阪はぐるま研究集会

主催 大阪はぐるま研究会

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子どもの心を育む教育と授業づくりをめざして

1.期日 2023年7月29日(土)

2.会場 金光教 玉水記念館
              最寄り駅:地下鉄四ツ橋線「肥後橋」8番出口 西へ1分

3.日 程
 9:00 受付
 9:30 【午前の部】
    詩の朗読
    実践報告『ちいちゃんのかげおくり』
    模擬授業『ごんぎつね』
 12:20~13:30 昼食
 13:30 【午後の部】
    作品研究『やまなし』

    記念講演『生きる力とは ~大切にしてきたこと、大切にしたいこと~』

 16:10 閉会
 
山本 健慈 さん 和歌山大学名誉教授(元学長)山本 健慈 さん
市原 亨子 さん 熊取アトム保育園元園長

山本健慈さん プロフィール
 1948年山口県に生まれる。和歌山大学長や国立大学協会専務理事を務め現在学校法人大阪観光大学(大阪府熊取町)の理事長。熊取町の無認可保育所の法人化や図書館の設立・運営にも関わってきた。

詩の朗読 

人間っていいなあ… 生きていくっていいなあ…と、ふと、立ちどまって思える詩を何編か、朗読で紹介します[和泉どの子も伸びる研究会]

授業報告 【ちいちゃんのけげおくり】(あまん きみこ 作)(光村図書3年)

 ロシアによるウクライナへの侵略を機に日本では、軍拡が推し進められようとしています。こんな時代だからこそ、どこにでもいる小さな女の子「ちいちゃん」が、戦争によって幸せな暮らしを奪い取られていく悲しさと悔しさを学級のみんなでじっくりと読み取りたいと思い、取り組んだ実践報告です。
                      [北摂はぐるま研究会]

模擬授業 【ごんぎつね】(新美 南吉 作)(教育出版4年・東京書籍4年・光村図書・学校図書4年・三省堂4年)

 まとめ読みをします。主題のひとりぼっちのさびしさに耐えかねて、いたずらせずにはいられなかったごんの、ひとりぼっちの兵十に対するひたむきなやさしさと、そのやさしさが打ち殺されなければ通じなかった誤解のおそろしさ・かなしさを読みあいたいです。 [泉南はぐるま研究会]

作品研究 【やまなし】(宮沢 賢治 作)(光村図書6年)

 「やまなし」は、谷川の底でのかにの兄弟親子のやりとりが語られます。五月と十二月、それぞれの世界の読み取りや、二枚の青い幻灯の対比などを通して、宮沢賢治の世界に浸れる時間にしたいです。そして教材研究を通して、授業では何を大切に読み合うかも考えて生きたいと思います。
                   [羽曳野はぐるま研究会]

地域サークル
北摂はぐるま研究会
羽曳野はぐるま研究会
和泉どの子も伸びるサークル
泉南はぐるま研究会
人権と社会科研究サークル

[地図]

玉水記念館

参加申込みについて

1.参加費 2000円(学生は1000円)
2.申し込み 当日参加の方、本部受付でお願い致します。
   なお、従来通りハガキ・Fax・Email・電話等での参加申し込みも受け付けます。その場合も本部で受付をお願い致します。
 事前申し込みの際は、①氏名、②郵便番号、自宅住所・電話番号、③勤務先、を明記してください。
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締め切り 7月24日(月)

3.申し込み・問い合わせ先

〒 590-0423 泉南郡熊取町自由が丘2-15-13  辻まち子
  E-mail machiko-tsuji☆ares.eonet.ne.jp ☆は@に替えてください。
  Tel&Fax  072-453-5214

4.緊急事態宣言の場合は、中止とさせていただきます。
5.昼食は各自ご持参ください。

◇☆授業報告・模擬授業・作品研究
 参加者全員で話し合い、考え合い、学び合い、その教材について読みを深めていく集団研究の場です。担当サークル・担当者が話題・問題提供いたします。

日本国憲法
第二章 戦争の放棄

第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 ② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

「教え子を戦場に送らない」この思いつよくつよく、わたしたちは平和憲法を守ります。

大阪はぐるま研究会