『学びなおしの部落問題』

『学びなおしの部落問題』
 教育により新たな差別を生むことのないように』
    を出版しました

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著者:大阪教育文化センター「部落問題解決と教育」研究会
出版社:部落問題研究所
単行本:A5版 127ページ
定価:1080円(1000円+税)
ISBN-10:4829845244
ISBN-13:978-4829845240
発売日:2018/11/8(奥付の印刷発行は10/20となっていますが)

目 次

1.部落問題とは何か                5
2.部落問題は今どうなっているか          8
3.部落問題の解決とは何か             19
4.部落の歴史 起源を考える            26
5.「部落差別の解消の推進に関する法律」と
  「付帯決議」を活かして最終的解決へ       37
 「部落差別の解消の推進に関する法律」「付帯決議」  39
6.学校教育で大切にしたいこと           55
7.社会科で身分制度はこう扱おう          65
8.教育で「新たな差別を生む」ことはあってはならない  68
9.社会科教科書の改善を              82
10.様々な問題
 (1) インターネット                107
 (2) 結婚差別                   109
 (3)「土地差別」                 111
 (4) 意識調査                   112
11.資料 これまでの判例              113
   矢田事件/吹田二中事件/八鹿高校事件
12.行政資料                    118
「部落差別解消推進法」を受けて学校教育での対応ガイドライン   125
Web人権教育事典 紹介               126

コラム

・部落差別と性差別、民族差別は解決の仕方が違う   25
・部落問題は封建制度の残り物(残滓)         35
・誰が「同和地区の人」か誰も答えられない      36
・部落解放同盟・自由同和会・全国人権連       53
・「部落」「同和地区」ってどこ?          73
・同和教育への国民の批判              80
・全国人権教育研究協議会(全人教)         81
・江戸時代の身分別人口の割合            96
・教科書で学んだことが意識調査に          97

行政の見解など

○現在では、同和対策事業の対象としての地域および住民は存在しません-大阪府府民文化部    7
○対象地域で見られる課題は、必ずしも全てが部落差別の結果と捉えることはできない-大阪府府民文化部    8
○生まれた時から住んでいる人は大阪府8.6% 大阪市7.3%      12
○かつての地域をとりあげてという調査はできない-大阪府教育庁   16
○差別意識は行政、運動体の双方、特別扱いの結果-關大阪市長    23
○(「ムラ」という表現)今後とも、使用しない-大阪府教育庁    69
○「今、被差別部落なんてないよ」という-大阪府教育庁       71
○(「同和」)固有名詞を除き基本的に使用しない-寝屋川市     72
○「同和地区」の存在を前提とした現行の条例、基本方針、推進計画、推進プランはありません-大阪市市民局                    72
○(「立場宣言」)特定の立場に立つ政治運動・社会活動とを明確に区別することは当然-大阪市教育委                        75
○学習経験を積むほど悲観的な意識が広がった-大阪府府民文化部   76

「部落差別解消推進法」を受けて 学校教育での対応ガイドライン

「部落差別解消推進法」を受けて 学校教育での対応ガイドライン

このガイドラインのダウンロードはこちら(PDF A4サイズ1枚)

Ⅰ 「法及び附帯決議」の正確な理解をすすめましょう

1.国会論議で明らかになった法律の内容

・部落差別を定義した条文がありません。

・施策は、相談、教育啓発、実態調査の3つのみ。

・特別対策事業で生じた問題は繰り返しません。

・地域や対象者を特定することはありません。

・運用や配慮事項について示した「附帯決議」があります。

・地域の実情に応じて取り組むとされています。

2.「附帯決議」は判例や過去の審議会文書を踏まえています

 「過去の民間運動団体の行き過ぎた言動等、部落差別の解消を阻害していた要因」「当該教育及び啓発により新たな差別を生むことがないように留意」「その内容、手法等に配慮」など、附帯決議の指摘はこれまでの判例や特別対策当時の審議会意見具申、政府文書にもとづいています。「法」の国会審議では具体的に説明されています。

3.「法」と「附帯決議」は一体のもの

 文科省は「法及び附帯決議」の周知を通知しています。附帯決議を省略すれば法の趣旨を正しく理解することにはなりません。

4.附帯決議の内容について教職員の共通理解を

 「法」をめぐる国会審議においてどんな議論がなされ、附帯決議がまとめられたのか、説明を求めましょう。

 国会論議で示された公式の法解釈や附帯決議についてきちんと共通理解しましょう。

 学校という公共の組織では、私的な理解ではなく公式の解釈で議論することが求められます。

Ⅱ 「対象地域」「同和地区」「被差別部落」は存在しません

 法的に存在しません。実態としてもありません。なくすために人々も行政も努力しました。

「地区住民」「地区出身者」「部落民」などはいません。

 同じ日本人です。この問題の根幹に関わる問題です。同じ日本人を区別することはあってはなりません。

 特別対策の終了後、いっそう市民の交流がすすみました。その詳しいデータは 大阪府府民文化部人権局『旧同和対策事業対象地域の課題について』(H28.1.22)に示されています。

Ⅲ 学校教育で配慮するべき事項

1.「同和地区」「部落」などの言葉を使用しないようにしましょう。
  教科書にある場合は昔の話と教えましょう。

2.賤称語は教えません。

3.「地区」「当事者」「出身者」「社会的立場」などと分離する指導はしてはなりません。

4.歴史学習で賤民身分だけを扱うことはやめましょう。

5.「差別が今もある」「結婚で差別される」と悲惨さを強調する実践はやめましょう。

6.子どもの発言は事件とせず指導の課題ととらえましょう。成長過程の子どもの未熟な言動は、大人の言動と同じ扱いはしません。

7.この問題にかかわるフィールドワークはしません。

8.特定の運動団体からは、講師を呼びません。

Ⅳ 求められる指導

1.誰もが大事な、かけがえのない人間であることを理解させる。

2.生まれたところや住んでいるところは人間の値打ちとは関係ないことを理解させる。

3.友だちとの交流、「みんないっしょやなあ」と共感・連帯を体験させる。

4.情報について自分で調べて本当のことを知る力、個人情報を守る力を身につけさせる。

詳しくは「人権教育事典」を検索してください。
判例や審議会答申、政府文書も紹介しています。

大阪教育文化センター  「部落問題解決と教育」研究会

大阪市天王寺区東高津町7-11 大阪府教育会館403号室 TEL  06-6768-5773

 https://jinken-kyoiku.org/

2017.5.

第43回大阪はぐるま研究集会

第43回大阪はぐるま研究集会 ご案内

主催大阪はぐるま研究会

子どもの心を育む教室と授業づくりをめざして

 この案内のダウンロードはこちら(PDF B5版で4ページ)

1.期日 2017年8月5日(土)・6日(日)

2.会場  エル・おおさか(大阪府立労働センター)Tel 06-6942-0001

        京阪「天満橋」・地下鉄谷町線「天満橋」西へ300m

3.日程
全体会 (第一日午前9:30~12:00 第二日午後1:10~4:40)

 第一日

☆詩の朗読 豊能授業と教材研究会・箕面はぐるま研

1.主催者あいさつ

2.基調提案

      「子どもの認識力を育て、深める授業の創造を!」

大阪はぐるま研究会 事務局長 辻まち子

3.特別報告1 「改訂学習指導要領の重大な問題点と私たちの課題」

大阪教育文化センター 事務局長 山口隆さん

特別報告2 「部落問題解決の到達点と今日的課題」

民主主義と人権を守る府民連合 委員長 谷口正暁さん

第二日

 ☆詩の朗読 豊能授業と教材研究会・箕面はぐるま研 

1.地域サークルからの報告泉南はぐるま研究会

2.模擬授業    「ちいちゃんのかげおくり」(あまんきみこ作)(光村図書3年)

授業者泉南はぐるま研究会佐藤秀一

3.記念講演「物語の力」
 朝日新聞 「声」編集次長 佐々波幸子(さざなみ ゆきこ) さん

分科会   [ ]は担当サークル・担当者
8月5日(土) 午後1:10~4:40  8月6日(日) 午前9:30~12:00

物語文

【りすのわすれもの】(松谷みよ子作)(教育出版1年下)

 りすがわすれものをしたおかげで、後々のりすが命をつないでいけるという心あたたまるお話です。りすのさんたのかわいさと成長に共感しながら参加された皆さんと読み深めていきたいと思います。

[和泉どの子も伸びるサークルたんぽぽ]

【かさごじぞう】(岩崎京子作)(東京書籍教育出版・学校図書・三省堂各2年)

 ふぶきの中、出会った地蔵さまに「おお、きのどくにな。さぞつめたかろうのう」と、自分のてぬぐいまでかぶせるじさまの想像力。極限の貧しさの中でも、お互いを思いやり、あかるく心豊かにお正月を迎えようとするじさまとばさまの言葉と行動に寄り添ってじっくりと読み味わいたいです。

[和泉どの子も伸びるサ一クルたんぽぽ〕

【ちいちゃんのかげおくり】(あまんきみこ作)(光村図書3年)
ちいちゃんから大切なものを奪い続けてきた戦争。それは、ちいちゃんの未来までも奪ったのです。ちいちゃんが孤独と空腹にたえながら、家族に会いたい、家族と一緒にいたいという願いを持ち続げた姿を読んでいきます。

[泉南はぐるま研究会]

【世界一美しいぼくの村】(小林豊作)(東京書籍4年)

 今まだ紛争の絶えないアフガニスタンを舞台にしたお話をどのように読み合っていくのがよいのか、また続編を続けて読み、物語を深く味わうための指導案も考えることができればと思います。

[箕面はぐるま研究会]

【大造じいさんとガン】(椋嶋+作〉(光村図書・東京書籍・教育出版・学校図書.三省堂各5年)

 羽曳野はぐるま研では毎回一つの教材をじっくり読み込んで、自由に意児を言い合っています。「大造じいさんとガン」は、残雪との戦いを通して、大造じいさんの残雪に対する見方が変化していく様子を描いています。ぜひ当日も普段の羽曳野はぐるま研のように自由な雰囲気で教材を読めたらいいなと思います。

[羽曳野はぐるま研究会]

【海の命】(立松和平作)(光村図書・東京書籍6年〈東京書籍=海のいのち〉)

 父を失った太一が、与吉じいさにも助けられながら、村一番の漁師へと成長し、幸せな家庭も築くという太一の成長の姿と海に生きる漁師の海に対する思いを読み合います。

[泉南はぐるま研究会]

説明文

8月5日(土)午後1:10~4:408月6日(日)午前9:30~12:00

【ウナギのなぞを追って】(塚本勝巳文)(光村図書4年)

 説明文の学習を確かに、楽しく進めるためには、教材の特質をとらえることが必要です、なぞに包まれていたウナギの生態を明らかにするため、マリアナの海で調査をして卵を産む場所を探していく様子は科学的な読み物としてもおもしろいです。みなさんと一緒に教材研究を深め、二日目は授業の進め方を考えていきましょう。

[箕面はぐるま研究会]

人権と社会科

 そもそも「部落問題」とは、「部落問題の解決」とは、どういうことなのでしょうか?また、部落問題の教科書の記述に問題はないのでしょうか?さらに昨年国会で通過した「部落差別解消法」をどう考えればいいのでしょうか?社会科は、ともに4年生の実践です。瀬川実践は地域の開発を取り上げた報告、志村実践は少人数を生かした総合的な報告です。

 ▼8月5日(土)午後1:10~4:40

 ・「教科書の中の部落問題」[柏木功]

 ・「琵琶湖疎水」[瀬川靖央](京都)

 ▼ 8月6日(日)午前9:30~12:00

 ・「部落差別解消法」と学校教育[柏木功]
 ・「思い出いっぱい1/2成人式」-小さな学校のすてきな4人-[志村誠]

学級づくり

 8月5日(土)午後1:10~4:408月6日(日)午前9:30~12:00

 作文や文学で、子どもいきいき学級作り、具体的な作文の授業も交えて、青年教師が報告します。今日大きな問題になっている「いじめ問題」や保護者との連携、子どもが主人公の集団づくり、そして先生が元気になれる秘訣を語ります。

[細野翔太][土佐いく子]

--佐々波幸子さんご紹介--

 1991年朝日新聞社に入社。子育て、介護、子どもの本などをテーマに取材を重ね、生活面、be、文化庁、読書面担当を経て、4月から読者の投稿を扱う「声」編集次長。子どもの本にまつわる記事を1冊にまとめた『生きてごらん、大丈夫』を昨年出版。

〈佐々波さんからのメッセージ〉

 すぐれた子どもの本は「大きくなるって楽しいことだよ。生きてごらん、大丈夫」と背中を押してくれるもの-『ゲド戦記』を翻訳した清水員砂子さんの言葉です。

  みなさんにも、子どもの頃に読んでもらった絵本や自分で繰り返し読んだ本の中に、支えとなった一冊があるのではないでしょうか。私自身は、友だちと探偵団をつくるきっかけとなった『カッレくんの冒険』が思い浮かびます。引っ込み思案だった私に、前に出て行く力を与えてくれた一冊ともいえそうです。東日本大震災から1カ月後、岩手県大船渡市の保育所で、『はらぺこあおむし』に夢中になる子どもたちに出会いました。本の力を目の当たりにした体験でした。当日は、そうした物語の力や、取材で出会った作家の方々のことばをお伝えできたらと思います。みなさんの「わたしの一冊」を、お持ちいただげたらうれしいです。

参加申し込みについて

1.参加費 3000円(学生及び一日参加は2000円)(当日受付でお納めください。)

2.申し込み ハガキ・Fax・E-mailで「予約申し込み」をしてください。予約受付と同時に折り返し自宅住所に「参加票」をお送りします。会場は定員が決められているので、当日参加の場合、ご希望の分科会に入っていただけないことがあります。資料を確保するためにも、ぜひとも予約申し込みにご協力ください。定員は各分科会とも18名です。

 申し込みの際は、①氏名②郵便番号、自宅住所、電話番号③勤務先④参加希望分科会(第1希望、第2希望)をご記入ください。

3.締め切り 7月29日(土)

4.申込先 〒590-0423 泉南郡熊取町自由が丘2-15-13 辻まち子

E-mail machik0-tSuji@ares.eonet.ne.jp

Tel&Fax 072-453-5214

◇集会ミニ紹介

☆地域サ-クルからの報告

 大阪はぐるま研究会の地域サークルの一つ、「泉南はぐるま研究会」。月に1回、研究会を開き、クラスのこと、子どものこと、学校のこともよく話し合っています。

☆模擬授業

 第10回研究集会から続げている模擬授業です。全体集会参加者が、児童・生徒役になって、授業形式で教材を読み合います。今回は、『ちいちゃんのかげおくり』(光村図書3年あまんきみこ作)を取り上げます。

☆分科会

 参加者全員で話し合い、考え合い、学び合い、その教材について読みを深めていく集団研究の場です。担当サークル・担当者が話題・問題提供いたします。1日目は3時間半、2日目は2時間半と、時間設定に差があります。2日目だけの分科会は時間が少ないですが、ご了承ください。

特別報告1  昨年に続いて、山口隆さんに話していただきます。山口さんは現在、大阪教育文化センターの事務局長としてたいへん活躍されています。

特別報告2 谷口正暁さんは大阪府同和問題解決推進審議会委員であり、大阪市同和問題に関する有識者会議委員でもあります。同和問題の現状と課題について話していただきます。

日本国憲法 第二章 戦争の放棄

第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

「教え子を戦場に送らない」この思いつよくつよく、わたしたちは平和憲法を守ります。

大阪はぐるま研究会

「部落差別の解消の推進に関する法律案」制定に反対する決議 部落問題研究所

「部落差別の解消の推進に関する法律案」制定に反対する決議

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 自民党が中心となって、「部落差別の解消の推進に関する法律案」(以下、「部落差別解消推進法案」)を制定しようとしている。同法案は、「部落差別」の定義もしないままに、「部落差別の実態に係る調査」を行い(第6条)、国・地方公共団体をして「部落差別の解消に関する」施策を講ずることを「責務Jとする(第3条)とし、さらに、国・地方公共団体に部落差別に関する相談体制の充実(第4条)、部落差別解消のために教育・啓発を行なうことを求める(第5条)としている。

 周知のように部落問題対策(同和対策)は、1969年同和対策事業特別措置法制定以来2002年3月まで30年以上にわたり、様々な取組みが実施されてきた。要した経費は国・地方あわせて約16兆円という。この結果、所管省である総務省地域改善対策室は、「特別対策を終了し一般対策に移行する主な理由」として、①これまでの膨大な事業の実施によって同和地区を取り巻く状況は大きく変化、②特別対策をなお続けていくことは、差別解消に必ずしも有効ではない。③人口移動が激しい状況の中で、同和地区・同和関係者に対象を限定した施策を続けることは実務上困難、をあげた(平成13・2001年1月26日「今後の同和行政について」)。

 また、「同和関係特別対策の終了に伴う総務大臣談話」(平成14・2002年3月29日)においても、「園、地方公共団体の長年の取組により、劣悪な生活環境が差別を再生産するような状況は今や大きく改善され、また、差別意識解消に向けた教育や啓発も様々な創意工夫の下に推進されてまいりました」と状況の激変を確認している。部落問題研究所は、創立60周年記念事業として「部落問題解決過程の研究」に取組んできたが、その中で戦後高度経済成長の過程を通して部落問題解決は大きく前進し、それは不可逆な歩みであることを確認してきた。 これらをふまえてみても、総務省の指摘は首肯できるところである。

 このような客観的な事実があるにもかかわらず、自民党などは、新たに「部落差別解消推進法」を制定し、「部落差別の実態」調査を行なうという。そもそも今から20年余り前の全国調査(総務庁「平成5年度同和地区実態把握等調査」)によってみても同和地区住民のうち58.7%が同和関係以外人口、つまり「部落」以外の住民なのである。このような状態で「部落差別の実態」の調査が果たして可能であろうか。新たに法律により「部落差別の実態」調査を実施するということは、「部落」と「部落」外との壁がほとんどなくなった状態になっているのに、新たに壁を築くことであり、2002年3月に「特別法」失効とともに消滅した「同和地区」(部落)を法制上復活させるということであって、しかも同法案が時限法でないことからすれば、半永久的にそれを存続させるという企てに他ならない。

 以上述べたように、部落問題解決過程の到達点に照らしてみても、総務省自身の指摘によっても、「部落差別解消推進法Jを必要とする立法事実は存在せず、その必要は認められないというにとどまらず、部落問題の最終的解決に逆行する立法を看過することは出来ない。

 以上により、部落差別解消推進法制定に反対するものである。

2016年5月29日
公益社団 法人部落問題研究所
2016年度定時総会

部落差別の解消の推進に関する法律案に断固反対する声明 自由法曹団

部落差別の解消の推進に関する法律案に断固反対する声明

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2016年5月19日、自民、公明、民進の3党は、部落差別の解消の推進に関する法律案(以下「本法律案」という。)を衆議院に提出した。同月20日には衆議院法務委員会で趣旨説明がなされ、25日に同委員会で強行可決される見通しである。

 本法律案は、部落問題の解決の障壁となるものであり、基本的人権をまもり民主主義をつよめることを目指す法律家団体である自由法曹団は、この法律案に断固反対する。

部落差別問題については、1982年、同和対策特別措置法が廃止され、その後を継ぐ地域改善対策特別措置法も廃止され、2002年に同和対策事業は終結した。

 これは、部落差別の特徴的な形態である劣悪な住環境等が、各種の同和事業の遂行によって改善傾向にあり、また、職業の自由、居住移転の自由、結婚の自由の侵害という事態も大きく減少するなど、身分的障壁を取り除き、社会的な交流が拡大する方向へと進み、部落解放の客観的条件が大きく成熟したことによるものである。そうだとすれば、着実に解決に向かっている現状においては、本法律案には立法事実がなく、時代錯誤であると言わざるをえない。のみならず、むしろ部落問題による差別、偏見を固定化、永続化し、部落問題の解決のための大きな障壁になり有害である。

 また、本法律案は、えせ同和団体の利権あさりの手がかりとなりうるものであり、過度の糾弾による人権侵害や不公正な行政が行われた負の歴史をふまえていないものと言わざるをえない。

本法律案は、「部落差別の解消を推進し、もって部落差別のない社会を実現することを目的とする。」としているが、部落差別の定義規定がなく、何をもって部落差別とするのかが曖昧なままである。本法律案は、部落差別の解消に国、地方公共団体の責務を定め、相談体制の充実、必要な教育啓発を行う努力義務等を規定しているが、何をもって部落差別とするかが曖昧なままであれば、あまりに広範な施策が実施されることになりかねず、その施策によって施策の対象となる人々とそうでない人々の間に垣根をつくり、ひいては部落差別問題を再燃させることにつながりかねない。

 また、本法律案は、国は、部落差別の解消に関する施策の実施に資するため、地方公共団体の協力を得て、部落差別の実態に係る調査を行うものとしている。しかし、これによって新たな差別を掘り起こすことになり、本法律が恒久法であることを踏まえると、調査を続けることによって、部落差別問題を固定化、永久化することにつながりかねない。本法律案は、「情報化の進展に伴って部落差別に関する状況の変化が生じていること」が立法理由として説明されているが、ネットへの差別的書き込みなどはプロバイダ責任制限法(特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律)に基づき、プロバイダに対して削除請求するなど、既存の法律で対応することが可能である。

以上の理由から自由法曹団は、本法律案に断固として反対する。

2016年5月24日
自由法曹団     
団長 荒井新二

「部落差別」法案は解決に逆行 (2016.5.)

「部落差別」法案は解決に逆行

全国人権連事務局長 新井直樹さんに聞く

 自民党、公明党、民進党は「部落差別解消推進法案」の衆院通過を狙っています。同和(部落)の特別法は、問題解決に障害になるとして、14年前に失効しています。全国部落解放運動連合会を発展的に改組した全国地域人権運動総連合(全国人権連)の新井直樹事務局長に今回の法案の問題点を聞きました。

-現状からみて、法案の問題点は?

 差別被差別という新たな国民対立を生むことになる「差別固定化法案」です。 現状は、法務省の人権侵犯処理でも悪質で深刻な部落差別の実態があるとは言えません。旧「部落」や「部落民」に関するインターネット上の書き込みもありますが、現行法と対抗言論によって対処すべきです。部落を問題にする人がたまにいても、時代錯誤だと説得できる自由な対話こそが大事です。

差別を固定化

 法案のように「差別者」を懲らしめることでは、差別は陰湿化し、固定化してしまいます。結婚も部落内外の婚姻が主流となっています。結婚や就職の問題で自殺したという記事は見たことがありません。問題があれば、市民相互で解決に取り組める時代になったのです。そのため、政府も33年取り組んだ同和対策の特別法を2002年3月末で終結しました。全国の精緻な生活実態調査と国民意識調査を実施・分析し、審議会で各界からの意見聴取もして議論を重ね、万全を期して終了したのです。その経緯を無視する今回のやり方はまったく許されません。政府は、一般対策の名で同和事業予算を組み続け、差別の実態があるかのように国民に誤解を生じさせています。逆差別を生じかねないもので、同和事業こそ即刻廃止すべきです。

同和事業廃止を

-新たな法は解決の障害となるのですね。

 部落問題は民族問題ではなく、旧身分が差別理由として残ったものです。国民融合のなかで、社会から消滅してゆけばよいものです。それなのに、「部落差別の解消」をうたえば、国が「部落」と「部落外」を永久に分け隔てることになります。法案は「差別の実態調査」を国や自治体に求めています。根深く存在しているとの誤った理解を「調査」を通じて国民に広げることになります。人権を侵害し、特定の地域や住民を「部落」と示唆するものです。

 法案では、自治体などは相談体制をつくり教育・啓発をすることになっています。実態や経過を無視して自治体や学校に強制する根拠になり、大きな混乱を生じさせることになります。たとえば、埼玉県で同和行政を終了した自治体があります。こんな法律ができれば、終了がほごになり、「解同」(部落解放同盟)などの要求通りに復活するという混乱が生じます。全国各地の同和行政終了自治体でも、混乱を生むことが考えられます。

 2000年に自民、公明両党などの議員立法で制定された「人権教育・啓発推進法」は、人権問題を差別問題に矮小(わいしょう)化し、解決の実態から乖離(かいり)した「解放教育」や「同和教育」に法的根拠を与えてきました。こんな法こそ廃止すべきです。

-自民党の狙いをどうみますか。

 自民党は差別禁止などという法の名で利権維持をはかる「解同」などの動きを取り込みつつ、自らの国民管理に利用しょうとしています。自民党は国民主権の憲法を、国が人権を管理するものへ改悪することを狙っています。それと軌を一にした動きです。人権問題の深刻さから国民の目をそらし、人権問題はあたかも差別間題がすべてであるかのごとく描くものです。立法事実や「部落差別」の概念すらまともに議論をせずに、制定ありきというのはもってのほかです。憲法改悪、「部落差別永久化法」には、国民諸階層とともに断固反対の運動を広げていきます。

(2016年5月22日「しんぶん赤旗」掲載)

2分でわかる 部落問題と教育 (2016年版)

「2分で分かる部落問題解決と教育」のダウンロードはこちら(A4版1枚)(PDF)

1.部落問題とは

 江戸時代までの日本の社会は身分をもとにする社会でした。明治以後の日本の近代化の中でも、地域社会の中では江戸時代の賤民身分につながりがあるとされた一部の地域が社会的差別を受けていました。
 封建時代の残りものが「部落問題」です。

2.部落問題はどこまで解決したか

 戦後、日本国憲法の成立と民主主義的意識の高まりのもと、1969年から始まった同和対策事業は国地方自治体あわせて15兆円が投入され、高度経済成長とともに地域の状況を一変しました。

 2002年、特別法の失効とともに同和対策事業は終了しました。2016_01_28_2funde

 劣悪な地域の環境は改善され、「部落」と呼ばれた集落の景観もなくなり、周辺地域との分別もできなくなりました。教育や就職・結婚も改善され、居住する人々の入れ替わりも激しく、誰が従来からの居住者か、誰がそうでないかも分からなくなりました。国民の意識も大きく変化し、もはや、日常の暮らしの中に部落問題はありません。

 大阪府教委も「誰が地区の人か、誰も説明できない」「今はもう被差別部落なんてないよという」と説明しています。

 生活困難が集積した地域は特別措置法対象地域の5倍もあることが府の調査で明らかになっています。今日の課題は格差と貧困であり、部落問題はもはや過去の問題です。

3.部落問題の解決とは

 社会や人間関係で、出自を意識しない、そんなこと関係ないわ、という状態になることが部落問題の解決です。まだ誤解や偏見を持つ人がいるにしても、「江戸時代につながる話なんて、そんな昔のことを今更何なの」「何の関係あるの」「そんなことで人をみたらあかんやろ」と周りの人はたしなめます。誤解や偏見は社会として受け入れられることはもうありません。

4.学校が教えるマイナスイメージ

 今日では同和問題を「学校の授業で知った」というのが40代以下では過半数です。その結果、「学習経験を積むほど、『就職差別や結婚差別は将来もなくすことは難しい』という悲観的な意識が広がった」と報告されています(大阪府民意識調査2010年)。

 同和対策事業を終わらせた理由の1つに、行政が特別対策を続ける限り、「あそこは特別」という市民の意識が続くということがあります。学校教育も同じではないでしょうか。「部落問題学習」をする学校では「差別は今もある」というだけで、部落問題は解決に進んできたという希望ある事実を教えていません。

5.憲法と自治の力を子どもたちのものに

 「人は尊重すべきもの」「人は協同して生きるもの」ということを子どもたちが自分で理解していくように工夫しましょう。学校では「部落」や「同和」という言葉を使わないで指導することが大切です。
 よく「将来、部落問題に出会った時のために」教えておかないと、と説明されることがあります。一見、まともに見えますが、逆に言えば、将来、学校では全く扱っていなかった問題に直面した子どもはお手上げになってしまうということでしょうか。いつまでもいつまでも学校で部落問題を教え続けるのでしょうか。「人は尊重すべきもの」「人は協同して生きるもの」という立場で考え行動できる子であれば、さまざまな問題に直面した時に適切に判断できることでしょう。

 大阪府民意識調査(2010年)も「『同和問題は知らない』という人の人権意識が低いわけでもありません。」としています。「人権教育」というなら、憲法と自治の力を子どもたちのものにすることではないでしょうか。

人権総合学習(2000)

人権総合学習

 「人権総合学習」は部落解放同盟を支持し連携する一部の教職員が提唱している「総合学習」。「総合的な学習の時間」などに実践しようというもの。

「『総合的な学習の時間』の批判と創造 わたしたちの教育課程づくり」所収 (大阪教育文化センター・教育課程研究会「総合的な学習の時間」検討プロジェクト発行 2000年)

 今、同和教育研究組織や「解放教育」論者の側から「人権総合学習」がさかんに提唱されています。

 府教委や市教委など教育行政の側からも「人権総合学習」というネーミングをしないものの、「『総合的な学習の時間』への対応を見通した」(府教委)「人権教育」が提唱されています。

 府教委の「人権教育推進プラン」では小学校高学年や中学校での「人権学習プログラム」として6つの「領域」を掲げています(子どもの人権、同和問題、男女平等、障害者、在日外国人・国際理解、様々な人権問題)。大阪市教委の「人権教育指導の手引き」ではll項目を例示しています(同和教育、在日外国人教育、「障害及び障害者問題の理解」についての教育、児童の権利に関する条約、男女平等教育、進路指導、集団育成、国際理解教育、平和教育、「いじめ」の指導、環境教育)。

 官製「人権教育」や「解放教育」論者の言う「人権総合学習」は次のような特徴をもっています。

 第1に、それは「人権」概念を歪めるものです。

 国の人権擁護推進審議会の答申でさえ、「我が国の人権に関する現状については国内外から、国の諸制度や諸施策そのものの在り方に対する人権の視点に対する批判的意見も含めて、公権力と国民との関係や国民相互の関係において様々な人権問題が存在すると指摘されている」と極めて申し訳程度とはいえ、公権力と国民との関係における人権問題について触れています。世界の人権獲得の歴史は、時の権力者との闘いの歴史です。官製「入権教育」は「人権」を国民相互の問題に焦点化させ、公権力や社会的権力と民衆との人権問題を「人権」の視野からそらすものです。それは、「人権」概念の倭小化であると同時に、「人権」を権力支配の道具にするものです。

 第2に、「人権」の名を借りた「心の教育」つまり第二道徳です。

 官製「人権教育」などは、「人権」を差別問題に倭小化するとともに、子どもたちに他人の人権を侵害しないようにという心がけを求めます。そこには、子ども一人一人に人権があり、あなたが権利行使の主体者なんだよというメッセージはありません。

 吉田一郎氏(滋賀大学)は次のように指摘しています。

 心の持ち方を強要する教育は、精神の自由、内心の自由という人権の重要な基本原則に対する無理解を示すものであり、教育論としては観念的に自己改造を求めるものである。それを『責めたてる精神主義』と特徴づけることができる。…まじめで正直な子どもであればあるほど、『善性』に達しきれない自らを責める自虐的、自責的な気持ちをいだくであろう。

 …『善性』と『悪性』の観念的措定の非現実性、欺瞞性を敏感に感じる子供は、教師の前では善なる姿を見せ点数をかせぎ、そうでないところではそれを無視するというように『善』と『悪』を二面的に功利的に使いわけるであろう。(吉田一郎「『人権教育』と観念的道徳教育論」=「部落問題研究」143輯)

 第3に、人権問題の解決を教育に求めるものであり、「教育万能論」「教育決定論」である。

 子どもの持っている可能性を最大限にのばすという教育の営みを放棄し、特定の問題を解決するために教育をその手段におとしめるものです。子どもたちや国民を官製「人権教育」の教育や啓発の対象とする発想は、戦前において国民教化の役割を果たした教育の役割と同じ機能を求めるものです。子どもや国民が人権行使の主体であるという視点はありません。

 第4に、部落問題解決の到達段階を無視し、「同和教育」を「人権教育」の中に流し込みこれからも続けようとするものです。

 一部の学校では、「総合的な学習の時間」について、これまでの「人権・部落問題学習」をそのまま続ければいいのだと主張されています。従来の「にんげん」特設授業を「総合的…時間」としてそのまま続けるというその中に、生活の中に部落問題がなくなった現在の到達点を無視した「同和教育」をそのまま続けようとするものです。

 第5に、教育行政が特定の教育方法を推奨する、しかも「人権」の名において。これではブラックユーモアです。

 「教諭は児童の教育をつかさどる」(学校教育法)と規定されているとおり、教育実践は教員の権限です。「法的拘束力がある」とされている学習指導要領ですら特定の教育方法までは規定していないし、教員の裁量を認めているとしています。  教育委員会が特定の教育方法(型=パターン)を推奨することは前代未聞であり、それが「人権」の名で行われるのは大きな矛盾です。これまでの官製「同和教育」がそのままではやっていけないことから、新しい「型」に飛びついたものでしょう。しかし、そこで教育する内容は子どもたちの実生活の矛盾と切り結ぶものでなく、現実の社会の変革に参加するものでなく、机上の論議で「参加・体験」した気分にさせるだけのものでしかありません。それは、現実の社会にある問題の科学的な解明への努力から目をそらし、心がけの問題に解消するようにたくみにしくまれたものと言えるでしょう。  民主教育の中ですすめられてきた「生活綴方」という教育方法こそ、世界に誇る「参加体験」型教育方法ではないでしょうか。

(柏木 功)

部落問題学習と小学校の社会科教育(1997)

部落問題学習と小学校の社会科教育

 教育課題としての部落問題が解消しているにもかかわらず、大阪では解放教育における「部落問題学習」は依然として行われ、「特別な意識」を育てるものとなっている。

 ここでは、まず解放教育における部落問題学習とは現在どのようなものになっているかを紹介し、次に「小学校で部落問題をあつかわない」社会科教育でめざすものを明らかにしたい。

一、「解放教育」における部落問題学習

 大阪府教委は毎年『同和教育のための資料』を各学校に配布している。その1995年版に6年生の「渋染め一揆」の実践例がある。

 その教材観に「幕藩体制は…『士農工商』と『それよりも低い立場におかれた入々』という身分制度を作ってきた。…農民への厳しい締め付けは幕末になるほど、苛酷なものに発展した。飢饉がそれに輪をかけ、農民(とりわけ被差別部落民)への支配状況は、筆舌に尽くせぬものであった。このような社会状況のもとで、農民や町人の一揆、打ち壊しも増加し、幕府は体制維持のために被差別部落民への締め付けをより苛酷なものにしていった。…」とし、身分制の強調と“貧農史観”にもとづく実践を展開する。“暗く重い江戸時代”である。

 1996年版では「部落解放を担う子どもの育成をはかる教育内容の創造」がある。

 学力向上研究・学習指導形態研究(T・T)など教育活動全体でとりくもう としつつ、そのトップに「部落解放学習」研究をおいている。そのキャッチフレーズは「夢と希望を持てる部落解放学習」である。

 内容はと見ると、その学習は「部落の子どもたちの生き方を励ます学習とならなければいけない。…子どもたちが顔を上げ、瞳を輝かせるような取組みで終わらせなければならない」と従来の「部落解放学習」への反省しきりである。

 ところがすぐ後段に「今なお残存している差別の実態の重さや深刻さの認識にとどまるのではなく」と続き、「部落の果たしてきた『労働と生産のエネルギー』や『生活と文化創造のエネルギー』を学びとり、生命の大切さと人権の尊さを求めて闘い続けてきた人々の力強さやあたたかさにしっかり触れ、誇りと、夢と、希望の持てるような、部落解放学習の実践に努めてきた」とある。

 部落をとりまく環境の大きな変化を無視し、「今なお残存している差別の実態の重さや深刻さの認識」を子どもたちに求め、その結果引き起こされる子どもたちの抱く暗いイメージの克服を(記述がないのでもう一つはっきりしないが)近代・現代の社会問題である部落問題を前近代までさかのぼらせ、かつ、その「生産と文化」に求めるという二重三重の誤りをもつものとなっている。

 今なお子どもたちに「特別な意識と認識」を育てようとしているのである。つまり「誇りと、夢と、希望」などという口あたりの良い言葉で糊塗しようとしているにすぎないのである。

二、社会科のめざすもの

 では、「部落問題をあつかわない」社会科とは、社会科のめざすものとは何かを明らかにしていきたい。

 まず社会科とは何か、ということである。一言で言えば、社会のさまざまなできごとを関連づけて考え、みんなの幸せを追求できるモラルを子どもたちに身につけさせるものである。

 そのために、そして社会科をとおして子どもたちをかしこくするために、小学校社会科学習の中で(1)空間認識・(2)時間認識・(3)原因と結果の関係をとらえる力が必要である。

(1)空間認識を育てる

 空間認識は、子どもたちの「島の思考」から「陸地の思考」へと発展させるために小学校低学年から中学年で意識的に育てるものである。ここでは三年生「校区探険・絵地図づくり」の実践から紹介したい。

「校区探険・絵地図づくり」

 三年生の子どもたちにとって家のまわりや通学路の周囲、そして学校のまわりぐらいが知っている空間だろう。すぐ近くでも交通量の多い道路があれば、それに遮られ目と鼻の先にあるものでも気がついていないものだ。危険がいっぱいの地域でもある。校区といっても子どもたちの知りえている空間は限られている。

 そこで校区全域を“たんけん”することになる。授業時間だけでなく、放課後、家庭の協力も得ながら、グループで行う。

 彼らはかえるに出会えばつきあうなど地域の自然にふれながら、こわいおじいさんに会えばいたずらを叱られ、遊んだことのない小さな公園に目を輝かせながら、プリントに地域のようすを記して行く。

 商店が立ち並んでいる所・マンションの多い所、田畑が川ぞいの土地の低い所に広がっていることなど。

 このように子どもたち(人間)は、歩くスピードで空間を認識するのである。

 そして点から線・面として校区を知っていく。低学年で前後左右・上下をつかみ、三年生で東西南北、四方位を知る。

 教室では模造紙四枚の大きさの絵地図をグループで分担してつくっていくのである。ここで子どもたちは、調査した地域を絵地図に書き表し、立体の世界を平面にうつしかえるという抽象化する力を育んでいく。

 しかしすんなりとは絵地図に仕上がっていかない。

 と言うのは子どもたちの調査はすこぶる“主観的”なもので、ある子にとってグリーンマンションはスカイマンションの「向こう側」にあり、他の子には手前にあるのだ。両方とも事実なのだ。スカイマンションから見れば「向こう側」にあり、グリーンマンションから見れば手前なのだから。見る位置が定まっていないからなのである。そこで話し合いがつかず、もう一度フィールドワークをすることになる。視点を決めるということを学んでいく。

 このようにして、集団で調査し、集団で思考を高めながら、絵地図をつくるという目的に力を合わせていく。

 仕上がった絵地図から校区の中央部東から西にマンションが多くあり、真ん中に商店街、南側に田畑が点在していると校区内の特色をつかみ、住宅の多い校区全体の特色を知っていくのである。

(2) 時間認識

 時間認識は、「昨日・今日・明日」から「過去・現在・未来」へと歴史認識につながるもので中学年から高学年で意図的に育む必要がある。自分の存在しなかった時間があり、今の自分、将来があり、死がある、やはり自分の存在しない時間が続いていく。

 こういう認識は自分自身を相対化し、客観的な思考を伸ばすものである。思春期で「もう一人の自分」を発見する営みをはげますものである。今を、未来を切り開こうとする姿勢を育てていくのである。

 ここでは3年生の「地域のくらしのうつりかわり」(『どの子も伸びる』1991年6月号)の実践から紹介したい。
『竹やぶがつぶされる-地域のくらしのうつりかわり』

 この学習の前半は「戦争のころ」で、お墓しらべ・戦争中のくらしをとりあげ、後半は敗戦から校区にとっての「高度経済成長期」のころで、地域の変貌をとらえさせたいと考えた。地域のくらしの主役として、子どもたちに未来を見つめさせたいと意図した。

 ねらいは、

○くらしのうつりかわりを知らせ、時間認識を育てる。

○人々のくらしのねがいを知り、地域の主人公として未来を見つめる目の素地を育てる。

 指導時間は全20時間で、導入として学校のうつりかわりを5時間、戦争のころ6時間、戦争後のくらし・「高度経済成長期」9時間である。戦争のころ・高度成長期のころ・今の3つの時代を食事・勉強・遊びでくらべて、子どもたちに考えさせようとした。 「戦争のころのくらし-おじいちゃん・おばあちゃんの子どものころのくらし」

 おじいちゃん・おばあちゃんに、戦争のころのくらしのようすをどの子もたずねられるように、冬休みに聞きとりを宿題とした。その“いなか”が全国に広がっているのでじっくり聞きとってきてほしいと考えたのである。

せんそうの話

大樹

 きょうおじいちゃんの家に行きました。おじいちゃんにせんそうのときのことを聞くと、話しにくそうにしていた。

 おぼえているか、おぼえていないか、それともせんそうで悲しいことがあったのかもしれないけど、ぼくのために言ってくれたのかなあと思った。こたえる時も考えながら、いいにくそうにしていた。おじいちゃんはむかしのことだからおぼえていないと、ぼくは思いました。おじいちゃんに

「せんそうのころ、何を食べていたの。」

と聞くと、

「だいこんのはっぱ、まだいっぱいあった。」

と言いました。ぼくはだいこんのはっぱは食べられるかどうかわからないけど、むかしはそんな食べものしかなかったのかなあ、と思いました。

 おじいちゃんに聞き終わると、ほっとしました。なぜと言うと、おぼえていてくれなかったらしゅくだいができないから。おぼえていてくれてよかった。

 大好きなおじいちゃん・おばあちゃんからの聞きとりは、子どもたちにとって印象深いものになったようだ。おじいちゃん・おばあちゃんにとっても我が子には伝えにくいものでも、かわいい孫たちには語れるものだ。授業ではたくさんの子が勢いよく手をあげ発表していた。次にそれぞれの“いなか”のおじいちゃんの戦争にいった体験を、地域のお墓しらべに重ねた。そのフィールドワークのようすを日記から紹介する。

おはかしらべ

美里

 どんどをやったはたけの上の竹やぶにかこまれているおはかをしらべに行った。このクラスにも数人、おじいちゃん・おばあちゃんのおはかがある人がいる。とんがりぼうしがついているおはかは、せんそうでなくなった人たちだ。

 その中には学校の先生だった人もいた。ニューギニアとかルソン島のげきせんでせん死した人たちもいた。先生の話を聞いてかなしくなった。兄弟でせんそうに行ってせん死した人たちのおはかもあった。私はときどき(なんでせんそうなんかするんだろう、人がかなしむだけなのに。)と思った。せん死した人たちはきっと家に帰りたかっただろうな。

 私は次のように赤ペンを入れた。「そうでしょうね。今生きておられれば、あなたたちのやさしいおじいちゃんと同じようにくらしておられるでしょうに。」

 戦争中の食事・勉強・遊びでは戦争にいったことよりいっそう活発に発表する。そのおわりに、

T どんな時代だったか考えてみて。戦争にいったクラスのおじいちゃんを調べましたね。校区のお墓も調べました。戦争中のくらしも調べました。戦争のころのくらしはどんなだろう。

C 今とくらべて貧しい。
C 今ではありえないくらしをしていた。
C 大変。
C 特に爆弾、戦争であぶなかった。
C 食事が少ない。
C 遊びで戦争ごっこがあるから、戦争にいって死にたいみたいだ。

T 戦争て何だろう。

C 殺し合い。
C 死にいくため。
C 戦争で貧しいから、生きるの大変。

 子どもたちは今の生活とくらべて考え、戦争のころをまとめた。戦争とは殺し合いで、命・もっとも基本的な人権が奪われていたということをである。

「戦争後のくらし-お父さん・お母さんの子どものころのくらし」

 戦争中のくらしと同様に子どもたちに聞きとらせた、今度はお父さん・お母さんだ。その出身地は北は北海道、南は鹿児島に広がっているので、まず「生まれた場所しらべ」、ついでなぜ大阪に来たのか、そしてどうして校区にうつり住むようになったのかを、今の校区のくらしへと絞りこむように学習していった。

 どうして大阪にいるのか考えた。

C お父さんは広島から引っこしてきた。

T お父さんは、お母さんと結婚してここに来たの?
C だからね。お母さんがね、大阪にいてね、飲みに行ってね。その時に会ってね。それでなんとか…。お父さんが広島にいてて、こっちに会社を見つけて、それで出会った。会社の社長さんの家でくらしていた。

T ふうん。そうなの。他にどうですか。
C ちょうど仕事をするところが、大阪やから。
C 大阪に働きにきた。
C 大阪の大学に入りたかった。

T 大学が終わったら、いなかに帰ったら。どうして大阪に住んでいるんだろうね。
C いろいろめんどくさいから。(親の所に帰りたいよ)
C 鶴間君は、なぜ大阪なの? 前は名古屋だったのに。
C 転勤。(おれも転勤)(転勤)

 そして、子どもたちが親から聞きとった「大阪に住んでいるわけ」を発表。

 わたしの家のお父さんは、岡山の方であんまりいい仕事がないから、大阪の仕事をさがして、住んでいた。お母さんはそのまま校区だから、はじめから大阪に住んでいます。 (ひとみ)

 …ぼくはお母さんにどうして大阪に住んでいるか聞いた。そしたら「ちょうど仕事する所が大阪やから。」とか言った。ぼくは大阪は空気はひでえけど、とてもべんりなものがあるから、大阪に住んでてよかった。(大智)

 お母さんとお父さんは福井県から大阪に引っこしてきた。

 なぜ引っこしてきたかわけを言うと、お父さんの仕事が大阪だかち引っこしてきた。今日は、お父さんが盛岡からかえってくる日だ。お父さんは盛岡にいるときはコートをきながら、こたつに入っていた。わたしはこういうふうに思った。(そんなに盛岡はさむいのかな。)と思いました。お父さんはかえってきたら、ねてしまいました。(ゆか)

 一番のわけは仕事らしいということがわかった。しかし子どもの発言や発表からストンとおちていたわけではなく、どうやらそうらしいという程度である。三年生の子どもたちの発達段階では、これが限界で無理なようだ。(この次に実践した時には仕事との関係は追求しなかった。)よりよいくらしを求めて大阪へ、ということで十分だと考えられた。

 つづいて「お父さん・お母さんの子どものころのくらし」にうつり、子どもたちがとりわけ集中したのが遊びだ。

 お母さんの子どものころ

果南

 …家にはテレビがないので、外であそんでいた。外ではたんていごっこ、かんけり、ゴムとび、石けり、宝島などをしていた。…おふろはまきをわって、もやして、おんどをちょうせつする。お手伝いもよくしたという。お母さんが生まれた時、お父さんがくりの木をうえた。小学生になるころには、家の屋根より高くなっていた。お母さんは犬をかっていた。体が大きいのに「まめ」という名前だ。こわがりやでかみなりや花火の音がこわくて、「キューキュー」と鳴いている。にわとりもかっていた。だからお母さんは今でも鳥肉が食べられない。やぎもかっていた。草もいっぱい食べた。台風の時雨戸をしめて、われないようにガラス戸をおさえる。てい電の時はろうそくですごした。

かんそう

 わたしは、動物たちと近くにいられるので、うらやましい。マンションなので動物はかえない。わたしはまきをわってみたい。どんな手ごたえがするのだろう。

 このような発表のたびに、子どもたちは好奇心と羨望の思いで聞き入っていた。

 この後、「市の人口の変化とクラスの友だちの家が今のところにうつってきた年」「校区にうつってきたわけ」「北山田小学校区の一〇年」「吹田市の人口の変化と校区」とつづき、実践の最後に「お父さん・お母さんの子どものころとあなたたちのくらしでちがうこと」を考えた。子どもたちの多くは遊びにふれ、考えていた。

 竹とんぼ・竹馬・お手玉などの遊びと今のファミコンやミニ四くと全ぜんちがう遊びをやっている。遊びなんかは電池・電気などを使っていないけど、今は電気・電池を使っている遊びが多い。(聖子)

 食べ物が今とくらべてしゅるいが少ない。魚のにものなどが多かったようだから、今の子どもにくらべてカルシウムが多い。たん生日にケーキではなくてバナナやカレーライスが多かった。家も木造で、道は土や石がまじっていた…。(靖史)

 …むかしは野原や空き地・川などがあった。今ではそれをどんどんこわし、家やマンションをつくる。遊ぶところが少なくなる。いやだ。ぼくはうっといと思う。なぜこわすんだろう。いやだ。(遙)

 ちがうもの-遊びや食べ物や着るものとか、林や空き地とかがあって家も少ない。思ったこと-お父さん・お母さんの子どものころは、わたしたちのくらしがいいと思っただろうけど、わたしは今よりむかしの方がいいと思います(絵里)

 「今よりむかしの方がいい」と思うのは、今の遊び・勉強をくらべて考えているのだ。

 思ったこと

祐二

 つくしをとった。竹やぶも万ぱくのところもつぶされるだろうな。ぼくは竹やぶがなくなる前から思った。ぼくはつぶされてから、(やっぱり。)と思った。それからカラスも竹やぶがなくなって、ゴルフのところの竹やぶしかのこっていない。だけどカラスははいりきれなくて、学校にもばいきている。これいじょう竹やぶをこわすと、学校をうめるまで、カラスがくるかもしれない。ほかにも竹やぶにへび・虫・ほかの鳥もすんでいるかもしれないのに、どんどんこわす。ガレージやビルのために、いっしょうけんめいなん年もかけてのびた竹がかわいそう。

 子どもたちは「今」を生きる存在である。地域はなくてはならないものだ。お父さん・お母さんの子どものころとの遊び・くらしのちがいから、子どもたちは今の遊びの貧しさを知り、遊び場の少なさ・緑の少なさなどに、今後の地域の「開発」の進展にともなっていっそう目をむけていくだろう。”今とちがう昔がある”ということをしっかりつかんだだろうから。

 そして子どもたちの遊びたい、のんびりしたいというねがいを大事にしたいと思う。というのは、子どもの自主性を育む、ひいては主権者意識を育てることの大切さがよく言われる。しかし、そのもとになる子どもたちのねがい・要求は大事にされているのだろうか。日常のねがい・要求が実現されていくつみかさねにもっと目をむけていきたいと思う。社会科学習の中でも子どもたちのねがい・要求を育んでいきたいと思う。知りたい、調べたい、ともだちといっしょにというねがい・要求を。

(3) 原因と結果の関係をとらえる力

 原因と結果の関係をとらえる力は、どの学年でもそれぞれの段階で育てられなければならないが、やはり論理的な思考が芽生える中学年以降が大切であろう。小学校でどの程度までという吟味も忘れてはならない。ややもすると発達段階を無視して教え込む、その結果「徳目」におちいる実践になってしまう例が見られるからだ。

 ここでは4年生の「地域の開発」の実践(『どの子も伸びる』1992年3月号)から紹介したい。

『何のため?だれのため? -ため池と人々のくらし』

 これは、地域に点在するため池の歴史を学び、ため池に託したくらしのねがい、埋めたてられていくため池の現状をつかみ、くらしの主役として地域の未来を考えてほしいとねがった実践である。

 この単元は開発教材とよばれている。現代の開発は、とりわけ高度経済成長期のそれは、自然破壊・環境破壊と同義語である場合が多い。地域に住む人々の現在・未来のくらしを展望するのにふさわしい教材を用意しなければ、主権者としての資質・能力を育てることはむずかしいと考えている。

 そこで地域の問題は、現代日本のかかえる問題と重なるという視点から、過去・現在・未来へ連なる歴史認識・社会認識を育てるものにしたいと構想した。

 ため池をとりあげたのは、

① 子どもの日常の生活で目にふれるため池を扱うことによって、子どもたちの興味・関心を高めることができると考えたからだ。

 そして② 子どもたちのなじみ深い公園は自治会所有のため池の一部を埋め立てたもので、その他の埋め立て部分は駐車場・自治会施設・住宅となっており、現在の開発の典型的表現となっている。そこから過去のため池と人々のくらしを学習することによって、

 ③ 地域(ため池)のこれからを考えることができると構成した。

ねらいは、

○ ため池には、くらしを豊かにしようとした地域の人々のねがいがあったことを知る。 ○ 現在のため池のようすを知り、くらしを豊かにするために地域の開発に関心をもつ。

 指導計画は全13時間で、昔の吹田市と校区のため池を調べ、たくさんのため池があったことを知る。(2時間)

なぜたくさんあったのか考え、校区のため池を調べる。(5時間)

ため池をつくる苦労とそのねがいを考える。(4時間)

今の吹田市と校区のため池を調べ、たくさん埋め立てられていることを知り、これからのため池のあり方を考える。(2時間)

ため池をしらべる-”何のため”

s1 まず校区のため池の数をプリントに色をぬりながら調べ、市全体でどの位あったかを予想。三千から四千あったと知らせると驚く。再び予想。「なぜ、こんなにたくさんのため池があったのか」(資料1)を考え、その証拠を見つけるためにクラスごとにフィールドワーク。(降水量の少ないことは後で学習する。)

 調査で子どもたちは「池の中に十字かみたいなくいがあった。そしてそのまわりに水の流れる場所があった。くいはきっと水のせんだろう。」(佑奈)だから田に入れる水をためるためだと。池の南東にも水門があり、用水路が続いている。たどっていくと、何枚も田があり水を引いている。

 その先に野田さんの田がある。野田さんの田は用水路より高い所にあり、子どもたちはその田の上に「池がある」のを見つける。そこにも“十字架”があり、樋がありうわびもある。池の下に田、その下に池・田と土地の高低を利用して、水を無駄にしないしくみを見つけたのである(資料2)。

s2 教室で証拠から何のために池があったのか確かめた。

s3 「田」「田」「田んぼの水」「田んぼの水」と口々に子どもたち。ことばでそのわけをはっきりさせたくて「その証拠を言って」「まわりの池の
近くに田んぼがあったし、そこに水門があって、田んぼにつながっていた」…というわけで、子どもたちみんなが、田んぼに使う水をためるために池があるということがしっかりとわかったのである。樋・うわびなどの説明をした。十字架を抜くと、池の底から(池の水を残さないで)水が流れ出す、支えている土も水の勢いで流れてしまう(資料3)。

 野田さんの二つの池と四つの田とのしくみを大きくしたものが山田地域全体にある(資料4)。

s4ため池の歴史-“だれのため”

 ため池は“だれのため”のものか、池の歴史を学習。その資料として使ったものが古文書や民話。今とはちがうさむらいの世の中を考えた。

ため池がつくられた

 今からおよそ三〇〇年前(さむらいの世の中)に、岸部でため池をつくったという記録があります。村人たちは、自分たちでお金を出したり、借りたりしたのですが。

「わたしたち(村人)は、『池のそこにしずんでしまう田や畑の年ぐはおさめますから、ため池をつくらせてください』と、との様にたのみました。ゆるしをもらい、たくさんのお金を借りて、ため池をつくりました。でも、借りたお金を返すことができません。少しでもお金を返したいので、池になってなくなった田や畑の年ぐをまけてください。」

※年ぐ…との様にはらうぜい金

 どんなねがいでつくられたのか考え、そして水不足がなくなったのか予想、「池の水を使っている田んぼの広さ(資料5)で調べた。

s5 池の水を使っていた田は斜線部分で、ほぼ一〇倍の広さであることをつかみ、深くほれないので、あまり水をためられないことがわかった。子どもたち全員が「水不足は少しなくなった」。そこで水争いの民話『殿池のがたろ』の読み聞かせ、ため息や「ああ、おもしろかった」と子どもたち。よくわかったようだ。

 さむらいの時代について、米は主食・人口のほとんどは農民・年ぐは米ではらう・一揆などについて説明した。一揆の民話『身代わり入牢』は社会のしくみにかかわる内容で、子どもたちにはむずかしかったようだ。
ため池の変身を考える

-“何のため”“だれのため”

s6 「ため池の変身」(資料6)を使って、クラスの半数以上が住むマンションから二、三分の所にある引谷池、よく遊びに行く引谷公園を取り上げた。

 引谷池の埋め立てられる前と後をくらべさせ、色をぬらせた。公園は緑・住宅は黄色・駐車場は赤という色分けで。その色分けにしたがって、校区とその周辺の池のようすにも色をぬっていく。

 そして、「今この地域に住んでいるわたしたちのくらしをより豊かにするために、ため池をどんな姿に変身させたらよいでしょう」とたずねた。

全部変身(全部埋め立て)13人・一部変身(一部埋め立て)8人・変身させない(埋め立てない)12人となった。

全部変身

ため池をうめたてて、空き地や遊び場をつくってほしい。北グランドをつぶされて野球をする広場がなくなったから。(亮)

公園。万博みたいな緑の多い所でお金を出さなくても入れる公園、ため池をうめる。(聖子)

一部変身

ため池は半分おいといて、遊び場がへってるからはらっぱや公園とかにしてほしい。(佑奈)

ため池をちょっとうめる。みんなが幸せになる店、このへんになくて遠くにある店(デパート)。残ったため池はそのままにしておく。(ひとみ)

変身させない

王子池はこのままでいい。これ以上マンションがたったら、池が全部なくなってしまうから。(勇)

べつに変身させたくない!だけど今の池はとってもごみとかういていたり、にごったりしてきたない。だからもっと生きものたちがいっぱいすめて、きれいな池にしてほしい。(彩花)

 次時は今までの学習での知識・思考をクラスの友だちとの話し合いをとおして、いかに選択して自分の考えにまとめるかがねらいとなる。「全部変身・一部変身・変身させない」に分けて、グループにした。グループの中で一人ひとりの意見を出しあって話し合い、グループとしての意見をまとめた。

T 班の考えがまとまっていない班は、発表する人が自分の考えでおぎなったり、他の人がつけたしたりしてください。はい、発表して。

典子 田んぼを埋め立ててまでつくったため池だから、あまり埋め立てたくない。これ以上自然破壊すると空気が汚れるから、遊び場がへるから埋め立てないでほしい。

聖子 全部埋め立てたら田や畑に水をおくれないし、田畑がなくなったら食物がなくなるし、埋め立てなかったらみんなで楽しめる場所がないし、半分にへらしたらと思います。自然のあるみんなが楽しいものをつくればいい。

祥吾 どうせ一個ぐらい埋め立てるなら、老人総合センターや公園とか役にたつものをつくった方がいいから。水をきれいにして、生き物を育てればいいと思う。

(埋め立てない、そのままがいい)

(池はそのままでいい。王子池をつぶすな。)

晋典 これ以上マンションはいらん。魚たちが死んでしまう。それだし、昔の人が牢に入る思いでつくったからつぶすな。

(全部埋めたいところだ)(おそろしいよ)(何が)

香帆 山田は緑が少ないから、埋め立てて、お年寄りから子どもまで楽しく遊べる公園、緑のたくさんある公園をつくればいい。だって緑がたくさんある所といえば、万博しかないから。

憲司 半分は農民、ため池をつくった農民に関係のある博物館をつくればいい。

武 自然破壊されているから、自然の多い広場をいっぱいつくって遊べばいい。

T さあ、みんな。発表を聞いてどう思ったかな?

(やっぱりおれたちの意見)

T 全部変身、一部変身、変身させないとあるんだけど、みんなが同じことを言っていることがあるんだけどねえ。

C 広場や公園、遊び場。

C 自然…。

 話し合いは続くが、最後に一人ひとり考えてどれにするか挙手させた。その数が板書に記されている(資料7)。結局、一部変身が29人と多数になった。

s7 共通している「これ以上マンションはいらない」と「緑・自然、遊び場・広場」がほしいというねがい、安易な開発に否定的というところでまとめられると思う。

 この授業の後、学習全体をふりかえっての感想文を子どもたちに書かせた。そこでも多くは一部変身であった。

ため池と人々の苦労

絵里

 私が最初わかったことは、ため池をつくる苦労です。昔は今みたいに機械がないから、農民たちもすごく苦労して、やめたくなったかもしれないのに、それでも年ぐをはらうためにあきらめないでため池を作ったから、(すごいな。)と思いました。今まで、ずっと昔の人たちが作ったため池で水を引いて、お米を作っていたなんて、まるでため池やたあ池を作った人々にありがたみを感じました。

 でも人々が苦労して作ったため池をつぶして、建物とか作ってしまうと、人々の苦労が水のあわになってしまうけど、その建物とかが役に立つんなら、その作った昔の人々の苦労も水のあわにならなくてすむと思いました。

 この実践で地域の主役の一人としてため池の未来を考えた。子どもたちの多く(85%)はマンションに住んでいる。竹やぶ・田んぼをつぶしてできたものだ。学校もである。

 でも今を大切にする視点、そこから過去をふり返り、未来を見つめることを学んでいったのではないかと思う。

 それは昔の人々も地域のくらしを豊かにとねがってつくりかえたのであるし、埋め立てる場合も今の地域の人々の生活を向上させるためのものであるはずだ。昔も今もそして未来も。そして子どもたちの当然の権利としての遊び場・空間の要求がある。地域はみんなのものという視点、主権者意識を育てたと考えている。
人間が社会をつくる

 空間認識・時間認識・原因と結果の関係をとらえる力、このような力を育てていくことによって、社会には自然の世界と人間が意図的につくった世界とがあって、その大部分は人間が意図的につくったものであることがわかるようになるのである。

 つまり社会を合理的にみんなの幸せを追求できるものにできる、可能であるということを子どもたちの認識とモラルにすることができるのである。

 6年生になって、歴史学習、くらしとむすびつけての憲法学習を学び、”人々のくらしを高めようとするねがいによって、社会は発展してきているのだ”という小学校社会科のめざすものが完結するのである。その際、どの学年でも見える世界を手がかりに、見えない世界にわたらせることに意をつくす、具体的な思考から抽象的思考へという原則が大事にされなければならないのは当然である。

 紙面の関係で、小学校の各領域でのねらいにふれることができなくなってしまった。

 ひとつだけ簡単にふれておきたい。それは、各領域でのねらいの中でとりわけ、近世をどうとらえるのかが問題になっていることである。

 私たち「どの子も伸びる研究会」では、九六年二月に機関誌で『人権と民主主義の教育実践』の特集をくみ、その中の一つ、人権認識と社会科と題して、和歌山のすぐれた実践をかこんで子どもたちに与えるべき江戸時代像を追求した。

 「江戸時代を身分、身分制の学習にしない。その前提に農民の生産への努力、民衆のくらしを高めようとするねがいが社会を発展させたという時代のイメージをつかませる必要がある」と論議がすすんでいる(『どの子も伸びる』1996年2月臨時号)。

 そして社会科嫌いにふれて、どう社会科を魅力的にしていくかについても簡単に述べておきたい。

 そもそも子どもと教育をとりまく現状において、子どもの要求・ねがいが育まれていないために、くらし・社会へのねがいは育ちにくくなっているのではないか。その上に大人にとって今の社会の分析がむずかしいので、“今を生きる”子どもたちにとって、何のために社会科を学ぶのかという動機づけが大事になっていると考えている。
おわりに

 『どの子も伸びる』1984年3月号に「小学校社会科の部落問題学習」として、故・南部吉嗣氏(大阪歴教協委員長)は次のように述べている。

 「大阪で言えば、今だに副読本『にんげん』が府下全部の小中学校に無償配布され、その使用が強制されている。

 その『にんげん』に強調されていることは、

1、部落を特殊化し、その実態を停滞的に見て、進歩発展の姿をとりあげない。

2、部落の人々と他の人々を区別して、一般民衆を差別者としか見ないこと(部落排外主義)。

3、子どもの認識のすじ道を無視して、早くから部落の知識をつめ込むこと。

4、日本の歴史の中に正しく部落を位置づけないで、部落の歴史だけを特殊化して強調して教えようとしていること。

5、誤った解放理論を持ち込み、解放同盟の運動の論理で教育現場を支配しようとしていること。」

 それから、十数年たっている今、小学校の「部落問題学習」をおわらせ、「特別な意識と認識」は克服されなければならない。

出典:部落問題研究 第140輯(1997年8月)/部落問題研究所・刊

(個人名は仮名にしてあります。)

部落問題と人権認識について

部落問題と人権認識について

どの子も伸びる研究会 めざすもの

i 部落問題をめぐる運動と行政と教育

 部落問題とは、封建的身分制の遺制として残存してきた「未解放部落」(被差別部落・同和地区)にかかわる差別・人権侵害の問題です。

 戦前の水平社の運動は、戦時体制の進行のなかで消滅してしまいますが、戦後、新たに部落解放委員会から部落解放同盟へと再出発した運動は、勤務評定反対、安保闘争、三井三池闘争など大衆とともに闘う方向性を持ち、部落問題に対する関心を喚起し、政府の同和行政の取り組みを促しました。

 政府・自民党はこれらの運動の広がりを未然に防ぐため、逆に同和対策の積極化をはかり革新抑止策として政治支配に利用します。一つは対策の実施に「国民運動」の形を取らせること、二つは同和対策予算(補助金と特別交付金)をてこに部落解放同盟の指導部主流を補助金行政の道へと誘導することでした。指導部主流による批判者排除が始まり、組織は分裂します。こうして行政と一体になった解放運動(物取り主義)が開始します。合わせて、この時の指導部の行政主敵・報復主義的傾向は、地方自治体財政を破綻させることも辞さないかたちでエスカレートしました。

 当時の学校現場では、解放教育を主張する人々が猛烈に市の教委員会や校長を糾弾していたかと思うと、しばらくしたら、解放会館の館長や市の教育委員会に入るという現象に現れました。最近表面化した芦原病院や飛鳥会の不正問題などもこのような構造から生まれたものです。

 他方、正常化連から発展した全国部落解放運動連合会は窓口一本化の是正など行政の歪みをただす一方、ゆきすぎた糾弾闘争を批判し、住民自身による地域変革・融合の道を対置して運動をすすめました。

 「部落問題」をめぐっては、解放教育論の立場からは、「部落民宣言」が最高の社会的立場の自覚とされ、差別を固定的なものとする指導がなされました。地区子ども会、地区学習会、狭山学習、同盟休校など当時「解放の戦士」をつくるとまで言われました。大阪府も、そうした意図のもとに作成された解放読本「にんげん」を配布し、各市での同和教育研究会も同じような方針をとりました。

 言うまでもなく、解放教育論の誤りは、部落問題を別格化・特殊化し、ありもしない虚構「部落民」を強要し、教育を運動の道具にした点にありま す。

 解放教育論に対峙する教育論は、同和対策事業以前に行われた自主的民主的同和教育の継承と文部省の反動・融和政策に対する批判、合わせて部落問題の別格化・特殊化を廃し、部落問題の解消過程に沿う実践提起となりました。

 後に「どの子も伸びる研究会」に発展する「同授研」は、その時々においてそれらの方向性を示す「めざすもの」を公にする一方、生活綴り方による生活認識と文学による人間認識と社会科による社会認識の重要性を指摘し、人権認識を高める実践の探究を広げていきました。

 部落問題が進学・就学・結婚・居住などでも解消しつつあるなかで、矢田事件を始めとする数々の解放同盟による暴力的糾弾の誤りも裁判の結果を通じて明らかにされ、利権あさりも社会的批判を浴びるようになりました。同和を冠する法律も終わりをつげ、同和問題は人権教育・啓発推進の課題とされるに至りました。

 部落問題は歴史の一部として、自由と平等、生存権獲得の歴史として記述される以外は、特別な行政、運動、教育はかえって特別な意識を生み出すのではないかという段階にさしかかりました。

 「すべての子どもたちを主権者に育てる」取り組みの一層の前進が期待されるに至りました。

ii 人権認識は社会認識を前提にするもの

 人権とは「人間が生まれながらに持っている、他から侵されたり、そこなったりすることのできない「自由・平等などの権利」と言えます。

 とすれば、今の世界はどうでしょうか。世界人口の二〇%は貧困から抜け出せず、戦争や政治的弾圧がいたるところで起こり、言論の自由も危うい状態です。日本の社会も格差社会に移行しつつあります。人権の価値や内容はその地域や時において変動すると言えるでしょう。したがって、「世界人権宣言」や「児童の権利に関する条約」(子どもの権利条約)など国際的に合意された「普遍的な人権」もそれぞれに異なる地域や時に相応しく具体化ざれて豊かなものになるでしょう。

 とすれば、人権認識とは社会認識を前提にするもの、もう少し丁寧に言えば、抽象概念をともなう「人権」についての認識は、社会認識を構成する歴史的認識や現実認識など社会についての認識と互いに関連しあって深められていくと言えるでしょう。人権認識は、「ほんとうのことを暮らしに根ざして」を軸に形作っていくべきだと思います。また、現実の人権保障レベルが人権意識を規定することも直視し、レベルを向上させ、人権を日常レベルで感得させることも大切と言えるでしょう。

 ところで、政府が言う「人権教育・人権啓発」の「人権」とは、このような社会認識とかかわるものではなく、同和対策の延長線上に位置つく「差別意識」の解消を内容とするものです。人権擁護推進審議会が一九九九年に出した答申でも、要するに、さまざまな人権問題のうち、「人権尊重の理念に関する国民相互の理解」を対象とすると書いていることからもわかります。例えば、そのもとで実践化される「人権教育」は、「人権」概念を倭小化したものにならざるをえません。「参加型体験学習」や「人権総合学習」なるものが、実生活から遊離し、道徳と一体のものになっていることもここに起因していると思われます。

 本来の人権は、国民相互の間にある問題だけでなく、公権力や企業などとの間に生起する諸問題もふくめてとらえなければなりません。それらは、やはり社会認識のレベルと密接に関係しています。

月刊誌「どの子も伸びる」掲載