再び「差別落書き」問題について

再び「差別落書き」問題について

1983年10月 大阪府部落解放運動連合会 (全解連)

 私たちが発表した「いわゆる『差別落書き』問題について」(=「落書き見解」、6月15付「解放の道」)が大きな反響を呼んでいます。

 ひとつは、「落書き見解」を歓迎、支持する声で、同和地区住民はもとより郵政をはじめ自治体労働者や教育関係者から広く寄せられています。いまひとつは、「見解」の真意や「見解」で示した事実に目をつぶり、よこしまな立場から非難、中傷するというもので、おもに解同一部幹部とそれに迎合する一部の労働組合などからしかけられています。

 「見解」を発表して4ヵ月、「解放新聞」「主張」(9月12日付)に代表される”反論”なども出されている状況をふまえて、ふたたび「差別落書き」についての全解連の立場を明らかにします。
「落書き」は保存・流布するものか?

 解同府連は、ことし(1983年)5月に開いた大会で「落書き事件などが起これば、すぐ消してしまうのではなく、(雨ざらしにしておくことはよくないのでカバーをつけるなどして)大衆的な見学会を組織するなど、日常ふだんに差別に対する怒りを組織することである」との方針を決めました。

 この方針のもと、ことしの四月に大阪市浪速区の栄小学校前で発見された「落書き」を、ベニヤ板でかこい鍵をかけて”保存”しています。そして、「差別落書き事件パネル展」を開催、「周辺地区のパトロールと街宣活動を実施」(大浪橋差別落書事件糾弾闘争本部のビラ)しました。

 解同幹部は、「落書き」を”保存”したり、「見学会」を組織するなど流布・宣伝することでほんとうに差別をなくせると思っているのでしょうか。非常識で人権をふみにじる無法を放置せず、発見したらすみやかに消去できるような体制をつくること、府民がもっている正義感と民主主義、人権意識を高めつちかってゆくことこそ「差別落書き」を根絶する最大の保障です。

 しかも重大なことは、こうした解同の方針に迎合して、一部労組が機関紙などをつかって全解連へのひぼう、中傷をあびせるばかりか、「差別落書き」そのものを流布していることです。

 「大阪総評」(1983年9月11日付)や「自治労大阪」(1983年9月28日付)は、「エスカレートする『差別落書き』」などと大見出しで報道するとともに、「差別落書きの発生状況」をまとめ、府下各地の「差別落書き」多数を日付、場所を明記して原文のまま列挙、打撃的でぶべつにみちた「落書き」を組合員に流布しました。事実にもとづくことが報道の使命とはいえ、こうしたやり方は非常識きわまりないもので、部落差別を拡散・助長することになりかねません。
「糾弾」の事実はないか?

 私たちが先の「見解」で、「落書き」の対象となった施設や場所の設置者や管理者が、「解同」の幹部らにしばしば「糾弾」され、「差別」の「確認」を迫られるとともに無法・不当な要求に屈服させられている実態を重視してきびしく批判したことにたいし、解同の「主張」は、「事実を歪曲」しているなどとあたかも暴力的「糾弾」や無法な要求をしていないかのようにのべています。

泉佐野市役所トイレの落書きで市長を無法な糾弾

 「糾弾会への出席を拒む向江(泉佐野)市長に対し、夜10時ごろ自宅ヘバスにいっぱいの50名の支部員が出席をもとめて闘争を展開し、午後10時40分に、市長を会館にひっぱり出し、差別事件への煮えきらない無責任な態度を怒りをこめて追及していった。深夜2時半までかかる闘争の中で、①差別落書きは泉佐野市に責任があり、加害者は泉佐野市であることをはっきりと認めさせた」(解同樫井支部ニュース、1982年12月20日付)。

 これが暴力、無法でないというのでしょうか。

 「糾弾」のすえ、市長は、市役所地下トイレに書かれた「差別落書き」の”犯人”にしたてられ、「『今後このようなことのおこらないよう反省し、対策をたてて真剣にとりくみたい』と自己批判と決意をのべ」(「解放新聞」大阪版、1983年2月14日付)させられました。この「落書き」の発見者は、解同の事実上の下部組織「泉佐野市役所職員同和問題研究会」の会員、そして「確認」→「糾弾」→「反省」という私たちが指摘したとおりの経過をたどっています。

 また、昨年末に大阪東郵便局でおこった「差別手紙」事件では、数回にわたる「糾弾」のすえ、①「解放研」の育成強化、②部落出身者の雇用促進③勤務解除の追補充、など10項目にわたる要求を認めさせています。(解同飛鳥支部「解放ニュース」、1983年8月1日付)

 こうした一連の事実は、解同の”反論”なるものが無法な「糾弾」をおおいかくす苦しい弁明にすぎないことを証明しています。

 部落差別をはじめとする差別をなくす条件づくりは、他人をはずかしめたり差別することが自らの人権と人格をおかすことになるという社会的環境を府民と手をたずさえてつくり上げること、政治的にも、経済的にも高度な民主主義を達成することです。

 解同一部幹部がさけぶ「差別落書き」にたいする闘争方針は、部落差別の解消に役立つどころか、大きな障害となっています。全解連は、先に示した「見解」の立場で広範な府民のみなさんとともに、今世紀を”部落差別最後の時代”にするために全力をあげるものです。

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