大阪府豊中市の人権教育の現状

大阪府豊中市の人権教育の現状

「人権と部落問題」2010年1月号掲載

はじめに

 私の勤務する豊中市は大阪北部に位置し、小学校41校、中学校18校ある人口約38万人の都市です。

 私は豊中教職員組合(全教加盟)の組合役員として、毎年、豊中市の人権教育のあり方について改善を求めて、市教育委員会と話し合う場に参加しています。三年前、市との話し合いの場で、驚くことがありました。

 大阪府下各地で問題になった、部落解放同盟の腐敗・行政への介入の問題を事実を示して批判すると、「部落解放同盟の悪口を言われたら、腹が立つもんもいるんやー」と机をたたいて人権教育企画課の担当者が激昂したのです。その人物は2009年度には、課長となって います。

 豊中では、今秋に大阪府人権教育研究協議会(以下、大人教)の豊能地域での大会が予定されています。すでに昨年度(2009年度)から、その準備に豊中市人権教育研究協議会(以下、市人研)が動きだしています。市教育長は、人権教育についてのある学習会の場で、大人教豊能大会の成功のために、次のような発言(主旨)をしています。

 「大阪府の先生方に縛りをかけるのは、人権教育しかないと思うからです。―中略―やっぱり人権教育というのを立ち上げて、その縛りの中で、教科研究も含めて、生徒指導力の向上も含めて、お互いが発表して、向上していく力をつけないと大阪はダメですよ」(「市人研ニュ ース」2009年度No.5より)

 この間の世論や社会の動きもあり、同和行政・同和教育行政において、豊中市についても表面上は見直しを行ってきています。「同和予算」というものも表面上なくなっています。しかし、一般施策に移行させて、引き続き同和教育や「人権教育」を進めようとしている実態が あります。

 たしかに、以前のような『にんげん』教材を使わなくてはいけないという学校現場での圧力はほとんどなくなっています。「人権教育」として、世界の貧困の問題や平和教育など評価できる実践も発表され、交流されています。しかし、大人教や市人研が引き続き強調しようとしている”特設”ともいえる「部落問題学習」の継続は、豊中の若い教職員に間違った認識を広げることになると考えています。

 ここでは、私の勤務する豊中市の同和行政、同和教育・人権教育の状況を学校教育での実態を中心に報告することにします。

1.「部落差別は、依然として厳しい状況にある」―豊中市行政の基本スタンス

 豊中市には”同和””人権”に関する様々な組織や委員会が残っています。豊中市同和行政推進委員会/豊中市人権啓発推進会議/豊中市同和問題解決推進協議会/同和教育推進委員会…。

 「部落差別がなくなってきたかというと、決してそうではない。人生の大きな節目といわれる就職や結婚にかかわって、同和地区出身者を排除しようとする事象はあとを絶たず、さらには、インターネットなどを利用しての新たな差別事象が発生するなど、依然として厳しい状況にある」

 これは数十年前の文章かと思ってしまいますが、「平成20年4月1日より実施する」とある「豊中市同和行政推進委員会啓発・研修部会設置要領」に書かれているものです。豊中市の部落差別についての基本認識を表しているといってよいものです。

 また、2009年度の同和問題解決推進協議会の会議議事録をみてみますと、会長が「例えば教育教材『にんげん』が来年なくなるが、それに変わる体制をどう作るのかという問題があるなど、大きなひとつの区切りである」と言ったことが話し合われています。

 教育の分野に直接関わっては、「地対財特法」期限切れ後の2005年3月に、市は「豊中市人権教育推進プラン」を策定しました。

 冒頭部分で、大阪府・府教育委員会の「地対財特法失効後の同和行政について」「同和問題の早期解決に向けて」(平成14年10月)の通知を引用し、「同和地区にはなお課題が残されており、差別事象も後を絶たず、平成12年度(2000年度)におこなった同和地区の実態調査においても、同和地区に対する忌避的態度は解消されていないなど、部落差別は解消していないのが現状である」「部落差別が現存する限り、同和問題解決のための施策の推進に努める必要がある」「同和問題を人権問題という本質からとらえ、同和地区出身者を含むさまざまな課題を有する人々に対する人権尊重の視点に立った取組みとして展開されるべきである」と記しています。

 そして、人権教育を推進するとして次のように書いています。

 「豊中市同和教育研究協議会(現豊中市人権教育研究協議会)はこれら豊中の部落問題学習についての研究活動の中心的役割を果たしてきました。大阪府教育委員会は平成14年(2002年)10月の通知において『同和教育推進校のこれまでのノウハウや実績等を今後とも生かしていくことは重要なことであり、中心的な役割を担うことである』と述べています。豊中市においては、平成14年(2002年)4月に人権教育推進モデル校区を設定し市内3中学校区を指定しています。これらモデル校区の人権教育の取組みに学び、それぞれの校区、学校園所での実践に生かしていくことが今後求められています」

 このように、豊中市は学校教育の関係では、任意団体である市人研に対する予算補助を始め、人権教育推進のモデル校区を設定して特別予算を配当し「人権教育」を推進しています。

2.豊中市人権教育研究協議会(略称「市人研」)

 2002年度より市同和教育研究協議会(略称「市同研」)の組織を改組して、豊中市人権教育研究協議会(略称「市人研」)となっています。規約には「豊中市立学校・園の全教職員でもって会員とする」となっています。どういう位置付けの団体なのか、市教委に質すと「任意の団体」と答えます。しかし、任意団体といいながらも、ほとんどの学校で校務分掌の係や仕事の一つとして、「市人研委員」を選ぶようになっています。委員は毎月1回の会議に出席、職場で市人研や地区(3市・2町)人研の集会などへの参加の呼びかけや各種調査・アンケート集約のまとめ役をおこなっています。

(1) 中学校区人研

 市内18の中学校区に分かれ、毎年秋に、「校区人研」を開催するシステムができています。レポート・報告を各幼・小・中学校に割り当て、職場によっては参加して当然というところもあります。ここ数年のレポートをみてみると、確かに「部落問題学習」を直接取り上げたレポートは、旧同和教育推進校とよばれた校区をかかえた学校以外ではほとんどありません。仲間づくりや学力保障、平和教育、国際理解教育、障害児教育といった内容ものがほとんどです。

 しかし、こうした各校区人研の状況を市人研事務局は2008年度「活動課題」で、次のように述べています。

 ”「昨年度、第3回豊中市同和教育推進委員会で、豊中市内の小中学校において部落問題学習のとりくみが少なくなってきている旨の報告がありました。これは、昨年度だけではなく、ここ数年続いている傾向です。市人研が提起する中学校区別人研(校区人研)でも、部落問題学習にかかわる実践報告があがりにくい実情があります。~中略~

 しかし、特に小中学校において、まったく、部落問題を意図した学習が展開されないならば、わたしたちの身近に存在する部落差別はどうなるのか、現在、あるいは将来的に部落差別、部落問題で揺れる思いを抱える子どもたちはどうなるのか、そういった課題が残ります。」”

 こう指摘し、引き続き市人研は部落問題学習を豊中のすべての小中学校でおこなっていくことを提起しているのです。

(2) 学校への各種調査

 年度末になると、市人研は『にんげん』教材を使った実践をやったか、職場の人権研修・聞き取り等、実地調査の報告書の提出を求めてきます。窓口は職場の市人研委員で、提出しないと何度も市人研事務局から連絡があります。

 市人研の調査・アンケートは、あくまで協力であり任意であることを組合として市教委に確認をしています。

 しかし、組合役員が市人研委員を引き受け、調査に協力しないと学校長がかわりにアンケートを返すといったこともあり、市人研の調査・アンケートは出さないといけないものという状況があるといえます。

 報告書では、「何人参加しているか」が重要になっているようです。これは、「○○○人参加している」ということで、次年度以降の市の「人権教育」予算獲得に大きく影響してくるからです。市の担当課長も、組合の「同和に偏った予算を減らしなさい」の求めに、「○○○人参加している実績がある」という根拠にしています。

(3) 市当局による市人研優遇・黙認の実態

 市教委当局は、こちらが指摘しなければ、自らこれまでおこなってきたことを改善しようとしません。毎年、組合として市人研をめぐる問題点を指摘し改善を求めてきました。

 福岡県同和教育ヤミ専従裁判で、全同教委員長の「研修」名目での派遣は違法との勝利判決が出されています。市教委に、この事実を示して、豊中での市人研事務局メンバーについて毎年質してきました。事務局長や事務局次長は、主に旧同推校の職員が毎年選ばれています。旧同推校は大阪府児童生徒支援加配が複数で配置をされており、加配教員が市人研の事務局の仕事を担っているわけです。

 「専従の人はいません。学校での仕事をちゃんとやっています」というのが市教委からの回答でした。そこで、この間、市教委に市人研事務局長と事務局次長の出張日数・回数を明らかにするように求めました。資料の提示を受けて驚きました(別表資料-サイト掲載準備中)。

 この年、市人研事務局次長は市人研、地区人研、大人研の出張だけで年間100日もの出張があるのが明らかになりました。クラス担任や学校での仕事をまともにやっていれば、こんなに出張ができるはずありません。

 市交渉の場で「これで、学校の仕事ができるのか」という追及にたいして、「学校長が認めているから問題ない」「学校の仕事もやっている」「授業ももってやっている」という回答でした。

 実は「授業をもっている」ということも、ウソだということがわかりました。2008年度に「事務局のメンバーは授業をもっているんですね」と人権教育企画課長に尋ねると、平然と「もっています」と答えました。こちらも正確な情報もつかんで「授業をしていない」ことを明らかにすると、今度は開き直って「(大阪府の)児童生・徒支援加配の人だから授業をもたなくてもいい」と答える始末でした。

 しかし、こうした追及で市教委も校長に対して必要な指導をおこなったようで、〇九年度には事務局職員も授業をもつにいたっています。しかし、まだまだ「地域との連携」の名のもとに、任意団体の市人研の活動にかなりの勤務時間を使っていることが考えられます。

 市人研の事務所は、学校施設の一部を利用しています。この間、全くの無料貸与で、その後光熱費などを支払うようにさせてきました。しかし、市人研の予算・決算書には出てこない電話・FAX、インターネットプロバイダ使用など・不明朗な会計が見られます・豊中市からの補助金198万円(平成20年度)の中の決算書には、こうした予算・決算が書かれていないのです。

 「補助金の範囲でやっていることで、議会でも何も問題にならなかったから、そんな細かいことは知らない」(人権教育企画課長)という態度です。

 また、豊中市として、これまた大人教や地区人研に対し「負担金」という名目で、それぞれ25万円ずつ支出しています。任意団体に対して、行政が公金を支出する根拠があるのでしょうか。

 自浄作用が働かない市教育委員会なので、事実をもとに問題点を、今後も指摘して改善を求めていきます。

3.特定の学校から「人権」を発信・発表させる―「人権教育推進モデル校区事業予算」

 2002年度から8年間にわたって「人権教育モデル校区事業」というものが実施されてきました。

 指定を受けた3中学校区(小学校7、中学校3校、合計10校)に対して、8年間で約3800万円を超えるお金が使われてきました。1校当たり平均380万円が配当されたことになります。2つの中学校区は、いわゆる旧同推校です。「人権」について発信や発表をしてもらうということでの特定の学校にだけの特別配当です。

 昨年度(2009年度)、この予算が具体的に何に使われているのかの資料の提示を求めました。この特別予算で支出されたものの一覧を明らかにさせました。

 そのお金の使われ方を見て、驚きました。

 模造紙・画用紙・印刷機インクなどの消耗品購入や図書・書籍として紙芝居『したきりすずめ』『おだんごころころ』や「科学アルバム」、各種図鑑(花火・昆虫)の購入などをしているのです。さらに各学校予算が削られなかなか購入できないビデオカメラ・拡大機・太鼓バチといった備品も購入されていたのです。

 学校の予算が大幅に削減されて、どこの学校も必要なものが買えない状況があります。机やイスもささくれだって必要数を学校から要望提出しても、毎年それよりも少ない数しか入ってこないという状況が続いています。その一方でこの「人権モデル校区」予算を使って、特別の学校にだけ、潤沢に消耗品や備品の購入ができるようにしているのです。

 さらに、資料から、外部講師への謝礼金や業者学力テスト費用への支出とともに、全同教・大人研など参加費、旅費が保障されていることがわかりました。

 かつては、市内のどの学校でも数年に1回、管外の出張(遠方への研究会参加)が認められていました。しかし、大阪府の旅費削減の影響が大きく、この十年間ほど、管外出張できる旅費が確保できないために、多くの職場で管外出張が難しくなっています。それどころか市内の出張や運動会ダンス実技関係の出張でも制限されいます。しかし、特定の学校にだけ、この特別予算を使って、遠方で開かれる全同教大会や大人研大会の旅費や参加費を確保しているわけです。

 さらに、ある学校では部落解放同盟の『解放新聞』(全国版・大阪版)を購読していることもわかりました。

 こうした予算の使い方は問題があり、一部の学校にだけ予算化するのはやめるように組合として毎年求めています。市教委は「人権教育について、発信・発表してもらっているので、これぐらいのことは当然、問題ない」とあらためようという姿勢がみられません。

4.最後に

 10年ほど前、豊中の教育が一部新聞にとりあげられて「たたかれた」ことがあります。通知表の二段階評価、オール「B」、評価の指導要録、さらに時間割に「国語」がない「日本語」となっている学校がある、という相次ぐ報道がされました。

 (実は、この学校の時間割には「道徳」の時間がなくて、そのかわり「にんげん」となっていたのですが、これは報道されませんでした)。

 当時、全教豊中教組にも、この新聞社の記者から取材があって、豊中の教育におけるこうした問題の根本に、大同教(当時)、市同研(当時)の運動の教育への持ち込みがあることを指摘したことがあります。しかし、そのことは取り上げられず、市教組(日教組)と全教など教職員組合に問題があるという報道がなされました。豊中市・教育委員会が同研団体・市教組(日教組)と一体となってすすめていたことを、豊中の教職員の問題にすりかえたわけです。

 そして、今もこれまでの同和行政、同和教育への反省をせず、市は同研団体(市人研)と一体となって、「人権」教育をすすめようとしています。2010年度の市予算には、「人権モデル事業」に322万円が引き続き組まれています。しかし、市人研の部落問題学習がすすまないことへの心配や、また、「人権モデル校区」に指定された学校から、短期で他校異動の希望が毎年出てくるなど、矛盾も広がっています。

 私は組合役員をしている関係で、いろんな職場の若い教職員と話をする機会があります。「多くの研修があるけれど、人権についての研修は参加しなければいけないという雰囲気がある。」と不自由さを感じている若い人がいます。豊中での歪んだ、特別視された人権教育が改善されていくように引き続き求めていくことが必要だと考えています。

(豊中市立学校教員)