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第7回大阪大空襲

(B29 100機以上の空襲が「大空襲」とされている)

1945(昭和20)年7月24日10時44分~11時1分(約1時間半)
大阪上空に飛来したB29は119機 高度6000~7000メートル。

 早朝から艦載機やP51が銃爆撃した。B29の目標は6月26日同じく此花区の住友金属桜島工場と大阪陸軍造兵廠(砲兵工廠)(東区(現中央区)と城東区)という2つの軍需工場への精密爆撃であった。住友金属に対しては82機が爆撃。大阪陸軍造兵廠(砲兵工廠)に対しては35機が爆撃。大阪上空の天候が悪く大阪陸軍造兵廠をねらう予定のB29の多くは三重県桑名を爆撃した。この攻撃で住友金属は壊滅した。

主な被災地域

 此花区・城東区・東区(現中央区)・守口市
 被災戸数  893戸
 被災者数  3,503人
 死者      214人
 重軽傷者  329人
 行方不明   79人

第7回大阪大空襲による被災地域赤の地域

黄色の地域はそれまでの空襲で焼かれた地域
「新修大阪市史」第10巻の地図をもとに作成。ただし地形・区域は便宜上、現在の形。

 

7月24日の空襲による国民学校の被害

此花区 半焼 桜島

 

参考にした文献
小山仁示「大阪にも空爆があった」ピースおおさかブックレット
小山仁示「戦争 差別 公害」解放出版社
赤塚康雄「消えたわが母校 なにわの学校物語」柘植書房

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案内人 柏木 功

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